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第30話 018 日本支部東京区新市街地下研究施設(1)
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端末にあったマル印のターゲットは、俺が東北ユーラシア支部DMZ税関で使用した、元は右京宅メゾネットにあったノートパソコンに取り付けられた発信機であるそうだ。なぜそのような物が必要なのかというと、麗の言葉を借りて言えば、のっぴきならない重要な情報がそのノートパソコンには入っており、盗難を防止するためであるとのことだった。
そんな重大な情報が入っている割にセキュリティ対策がまったくされていなかったのは彼女の性格によるものだろうかと俺は訝った。
「そういえば、この中にあった写真と資料をたまたまのぞいてしまったんだけど、写真にさっきの地下49階の水族館みたいな風景が映っていたような気がする」
そう言いながら、ノートパソコンを麗に手渡した。
このノートパソコンにはそれ以外にもその他数枚妙な写真や資料があり、それらはいずれも俺が知らないものだった。
「そうね、あの部屋そっくり。その他にもあの逆さになった新市街の写真もあるのよ」
ノートパソコンを自らの風呂敷にしまいながら、麗が言う。
パスワードロックをかける素振りも見せないところから推察すると、彼女はかなりずぼらな性格をしているのかもしれない。その証拠に俺が重要であるはずの情報を見てしまったにもかかわらず気に留める様子もなかった。
「でも、さっきの場所が地下49階というのも妙ですよね。ここは48階ということになるのかもしれませんが……そんなもの訊いたことがありません」
と、美雪が言う。
彼女の言葉に俺を含めた全員が頷いた。
俺が宇宙船地球号に乗り込んでからというもの、俺たちがいる場所――このような深い階層の地下があるなど聞いたことがなかった。
「麗さん、そういえば気になることがあるのだけれど、アナウンスで、あいつら、と言っていたわよね。それは同種のことを表しているのかしら? その後に銃声が聞こえたのだけれど、あの音は何? その同種をあなたが撃ったの?」
絵麻が複数の質問を重ねる。
「いや、人間ね。東北ユーラシア支部警備隊ではないと思う。黄色の制服を着ていたわ。彼らは人種もばらばらで、どこの支部所属かもわからなかった。腕のワッペンのマークはどこかで見たことがあるような気はするのだけれど」
首を横に振りながら、麗はそう答えた。
「その誰かわからない人間が、麗、おまえを撃ったのか?」
と今度は、八神が訊いた。
「八神には教えない」
麗は顔を横に向けて即答した。
八神がいつものポーカーフェースを崩し、若干腹立たし気な表情を見せる。だが、もう一度彼女にそれを尋ねるつもりはなさそうだ。これでは話が進まないので、俺が八神の代わりにその質問をした。
「圭介、そうよ。その人間が撃ったの。もう少しで死ぬところだったわ」
少し遠い目をして麗はそう答えた。
「麗。もしかして潜入してたの? 芽衣が昔観たスパイ映画とかみたいに」
なぜか麗と呼び捨てして、芽衣が訊いた。
「そうね、芽衣。コールドスリープから目覚めたばかりのお姉さんはね、前任者が残した情報から東北ユーラシア支部中枢に怪しい動きがあることがわかって、支部の上級公務員関係者に成り済まして潜り込んでいたの。すっごく危ないのよ、お姉さんのお仕事は。すぐ終わっちゃったけどれどね」
機密事項と思われる情報を麗はペラペラと喋った。
そして、潜入活動なんてこんなに目立つ人にできるのか、と俺が思った時だった。
集合室のドアがガチャリと開く音がした。
芹香だった。
気がつかなかったが、いつの間にか席を外していたようだ。
「だから、麗ちゃん。家にいなかったんだ」
間口に足を踏み入れながら彼女は言う。
「でも、麗ちゃん。八神君も。この研究施設何かおかしいんだよ。設備は研究用のものばかりなんだけれど、資料も一切なければパソコン一台さえ見つからないの。でも、何かをモニターする施設であることは間違いないと思う」
椅子に腰を下ろした後、そう続けた。
「そもそもここは日本支部の施設なのかねえ。さっぱりわからない」
それを聞いた麗が天井を見上げながら述べた。
次の瞬間、麗さんの言う通りね、と絵麻が同調の声をあげる。
「地下49階、逆さまになった東京区新市街、そして、この研究施設……それだけではないわね。そもそもあの同種はいつからいたのか――いつ、どこで発生したのか。私たちには何もわからないの。そう、私たちにはあまりにも情報がない」
と、言った。
「絵麻の言う通りだ。それにしても、いったい俺たちがコールドスリープに入ってから何があったんだろうか。たった十年でこんなに変わるものなのか。いや、芽衣が目覚める前だから、もう少し短い期間かもしれないが……」
絵麻の困惑の台詞に感化された俺は、図らずも自分の疑問をそのまま吐露してしまった。
「そうだな、圭介。俺もそう思うよ。確かに地球であれば、十年という時間は長い。劇的に変わることもあるだろう。だが、ここは宇宙船だ。変化したくても、ほとんど何も変化がないはず。なのにもかかわらず、たった十年で環境が変わりすぎている」
洋平が腕を組みながら言う。
「圭介君、洋平君。そうですね。宇宙船地球号の全容は非公開だから私たちに知らされていない情報もあると思いますが、ここまでの変わりようはおかしいです」
と、美雪が同調する。
「私のノートパソコンの情報にも、その辺のことは一切書かれてないわ。それについての、変な写真はいっぱいあるけれど……それにしてもお腹が空いたわね。そういや、喉も乾いてきた。おい、早野。パンと水持ってきて」
俺たちとの会話を切るかのように、麗が早野に指示を送った。
「了解です。レヴィ・ジェット・リー」
と言って敬礼を終えてから、早野は部屋の入り口付近に置いた保存食の入ったバッグへと駆けだしていった。
どうやら、先ほどの戦いを通していつの間にか彼らの間には子弟関係ができあがっていたようだ。
その後食事を取りながら全員で話し合ったが結局のところ何も進展せず、今日はそのままシャワーを浴びて、男女それぞれ別の部屋で床につくことになった。
そんな重大な情報が入っている割にセキュリティ対策がまったくされていなかったのは彼女の性格によるものだろうかと俺は訝った。
「そういえば、この中にあった写真と資料をたまたまのぞいてしまったんだけど、写真にさっきの地下49階の水族館みたいな風景が映っていたような気がする」
そう言いながら、ノートパソコンを麗に手渡した。
このノートパソコンにはそれ以外にもその他数枚妙な写真や資料があり、それらはいずれも俺が知らないものだった。
「そうね、あの部屋そっくり。その他にもあの逆さになった新市街の写真もあるのよ」
ノートパソコンを自らの風呂敷にしまいながら、麗が言う。
パスワードロックをかける素振りも見せないところから推察すると、彼女はかなりずぼらな性格をしているのかもしれない。その証拠に俺が重要であるはずの情報を見てしまったにもかかわらず気に留める様子もなかった。
「でも、さっきの場所が地下49階というのも妙ですよね。ここは48階ということになるのかもしれませんが……そんなもの訊いたことがありません」
と、美雪が言う。
彼女の言葉に俺を含めた全員が頷いた。
俺が宇宙船地球号に乗り込んでからというもの、俺たちがいる場所――このような深い階層の地下があるなど聞いたことがなかった。
「麗さん、そういえば気になることがあるのだけれど、アナウンスで、あいつら、と言っていたわよね。それは同種のことを表しているのかしら? その後に銃声が聞こえたのだけれど、あの音は何? その同種をあなたが撃ったの?」
絵麻が複数の質問を重ねる。
「いや、人間ね。東北ユーラシア支部警備隊ではないと思う。黄色の制服を着ていたわ。彼らは人種もばらばらで、どこの支部所属かもわからなかった。腕のワッペンのマークはどこかで見たことがあるような気はするのだけれど」
首を横に振りながら、麗はそう答えた。
「その誰かわからない人間が、麗、おまえを撃ったのか?」
と今度は、八神が訊いた。
「八神には教えない」
麗は顔を横に向けて即答した。
八神がいつものポーカーフェースを崩し、若干腹立たし気な表情を見せる。だが、もう一度彼女にそれを尋ねるつもりはなさそうだ。これでは話が進まないので、俺が八神の代わりにその質問をした。
「圭介、そうよ。その人間が撃ったの。もう少しで死ぬところだったわ」
少し遠い目をして麗はそう答えた。
「麗。もしかして潜入してたの? 芽衣が昔観たスパイ映画とかみたいに」
なぜか麗と呼び捨てして、芽衣が訊いた。
「そうね、芽衣。コールドスリープから目覚めたばかりのお姉さんはね、前任者が残した情報から東北ユーラシア支部中枢に怪しい動きがあることがわかって、支部の上級公務員関係者に成り済まして潜り込んでいたの。すっごく危ないのよ、お姉さんのお仕事は。すぐ終わっちゃったけどれどね」
機密事項と思われる情報を麗はペラペラと喋った。
そして、潜入活動なんてこんなに目立つ人にできるのか、と俺が思った時だった。
集合室のドアがガチャリと開く音がした。
芹香だった。
気がつかなかったが、いつの間にか席を外していたようだ。
「だから、麗ちゃん。家にいなかったんだ」
間口に足を踏み入れながら彼女は言う。
「でも、麗ちゃん。八神君も。この研究施設何かおかしいんだよ。設備は研究用のものばかりなんだけれど、資料も一切なければパソコン一台さえ見つからないの。でも、何かをモニターする施設であることは間違いないと思う」
椅子に腰を下ろした後、そう続けた。
「そもそもここは日本支部の施設なのかねえ。さっぱりわからない」
それを聞いた麗が天井を見上げながら述べた。
次の瞬間、麗さんの言う通りね、と絵麻が同調の声をあげる。
「地下49階、逆さまになった東京区新市街、そして、この研究施設……それだけではないわね。そもそもあの同種はいつからいたのか――いつ、どこで発生したのか。私たちには何もわからないの。そう、私たちにはあまりにも情報がない」
と、言った。
「絵麻の言う通りだ。それにしても、いったい俺たちがコールドスリープに入ってから何があったんだろうか。たった十年でこんなに変わるものなのか。いや、芽衣が目覚める前だから、もう少し短い期間かもしれないが……」
絵麻の困惑の台詞に感化された俺は、図らずも自分の疑問をそのまま吐露してしまった。
「そうだな、圭介。俺もそう思うよ。確かに地球であれば、十年という時間は長い。劇的に変わることもあるだろう。だが、ここは宇宙船だ。変化したくても、ほとんど何も変化がないはず。なのにもかかわらず、たった十年で環境が変わりすぎている」
洋平が腕を組みながら言う。
「圭介君、洋平君。そうですね。宇宙船地球号の全容は非公開だから私たちに知らされていない情報もあると思いますが、ここまでの変わりようはおかしいです」
と、美雪が同調する。
「私のノートパソコンの情報にも、その辺のことは一切書かれてないわ。それについての、変な写真はいっぱいあるけれど……それにしてもお腹が空いたわね。そういや、喉も乾いてきた。おい、早野。パンと水持ってきて」
俺たちとの会話を切るかのように、麗が早野に指示を送った。
「了解です。レヴィ・ジェット・リー」
と言って敬礼を終えてから、早野は部屋の入り口付近に置いた保存食の入ったバッグへと駆けだしていった。
どうやら、先ほどの戦いを通していつの間にか彼らの間には子弟関係ができあがっていたようだ。
その後食事を取りながら全員で話し合ったが結局のところ何も進展せず、今日はそのままシャワーを浴びて、男女それぞれ別の部屋で床につくことになった。
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