宇宙船地球号2021 R2

文字の大きさ
上 下
35 / 99

第35話 021 日本支部東京区新市街地下閉鎖病棟A2階

しおりを挟む
 非常口の誘導灯の緑の灯りがついているのに気がついた。
 一瞬ですべての光が消えたので完全に暗闇になったと思い焦ったが、視界が悪いながらもどうやら少しは通路の様子をうかがうことはできそうだ。

「け、圭介。あれ見て」
 絵麻がか細い声で呼びかけてくる。
 不安のせいか、同時に俺のTシャツの袖を引っ張ってきた。顔は暗くて良く見えないが、その気配から通路の先を気にしているように思えた。

 通路の先へと再び顔を移した。
 目を凝らして良く見てみると、天井の一部がガタガタと音を立てて揺れていた。
 少し遠くの方の出来事で、直近で身の危険を感じるわけではないが、何か嫌な予感はする。
 もちろんダクトが自然発生的に振動しているだけというわけではないはずだが、原因は今のところ不明だ。だが、その小さな揺れは地震を起因としているものではないことだけは確かだ。

 ダクトが通路へと落ちた。
 どさりという音が鳴ったかと思うと、三体と三体、計六体の同種が廊下へと降り立つ。
 階段はその彼らの近くだ。
 その状態で上には行けない。
 要は、助けを呼びに行くことはできないということだ。
 かといって、今は叫び声をあげることもできない。
 六体は俺たちとは逆方向を向いており、まだ俺たちの存在に気がついている素振りを見せていないからだ。

 絵麻の腕を引っ張り、足音を立てないよう気をつけながら前にあった部屋へと入った。
 あわよくば部屋の窓から外へ逃げようとしたが、残念ながらその部屋は四方壁に囲まれていた。

 絵麻と共にすぐドアの死角へと身を隠した。
 いざという時に奥にいて逃げ場を失うより、死角から虚をついて逃げ出した方が、同種の場合攻撃をできる可能性が高くなるような気がしたからだ。

 コツ、コツ、とハイヒールの音が俺たちの部屋の近くへと響いてくる。

 俺は同種たちが上の階へ行くことを願った。
 武器を持った八神たちであれば軽く彼らを捻り潰してくれるだろうし、八神たちのいる部屋の鍵も施錠しているから奇襲を受けようもない。なので、まず彼らの勝ちは揺るがない。

 だが、現況の俺たちは違う。
 絵麻は暗闇のせいか身体をガタガタと震わせるだけで、心ここにあらずといった感じだ。
 このことから、今回は彼女の体術に期待できそうにもない。
 また、ランボー・ファーストブラッド・ナイフがない俺はただの人だ。
 同種に力でかなうはずもない。

 まあ、これはただの杞憂に終わることだろう。
 俺たちが同種に認識されていない以上、身体の匂いは人数差からあちらの方が匂うはずだ。ここに来るはずはない。
 身体から血だって出てないし大きな音も発生させていない。
 奴らが俺たちを見つける可能性はゼロだ。

 だが、やはりそれはただの願望だった。
 ハイヒールの音は部屋の前でとまり無情にもそのドアは開いた。
 部屋の奥まで伸びる人型の陰が俺と絵麻の身体を覆う。
 そして、それを見た俺が絵麻の手を握りしめ部屋の外へと駆け出そうとした矢先のことだった。

 明るい懐中電灯の光が俺の顔を照らした。
 目の前が一瞬にして見えなくなった。
 突如として雷のような光を一点に浴びたせいで、視界に大きな斑点がいくつかできてしまったのだ。
 なぜ俺が先ほど人影を見ることができたのか、その理由がこの時初めて理解できた。

「あれ? 圭介君?」
 芹香の声が聞こえた。
 すぐさま、
「芹香先生」
 と声をかけて、芹香に懐中電灯のスイッチを切らせる。

 唖然としている彼女とふらふらしている絵麻をドアの死角へと座らせてから、俺自身もその死角へと身体をやった。
 目をゴシゴシとこする。
 これでようやく、ぼやけていた視界がはっきりとした。

「圭介君、どうしたの?」
 芹香はきょとんとして訊いてきた。

 急いで理由を説明すると、彼女の顔色は一気に蒼白となった。
 次になぜ彼女がここにいるか訊いてみると、絵麻がいないのに気がついたからここまで探しに来たと彼女は答えた。

 そうこうしている内に林檎を握りつぶすような足音が聞こえてきた。
 今度こそ間違いなく同種だ。
 走り出していないことを考えると、芹香も彼らに視認されている可能性はない。

 だが、運動神経ゼロの芹香と真っ白な灰になっている絵麻を連れて、どのようにしてここから脱出すれば良いのだろうか。
 俺は図らずも頭を抱え込んだ。

「圭介君。はい、これ」そう言って、悩んでいる俺に芹香がコルトパイソンを手渡してきた。「もう、不用心だよ、圭介君も絵麻ちゃんも。武器も持たず仲良くお手洗いに行くなんて」
「いや、そういうわけでは……」
 と返しながら、俺はコルトパイソンをチェックした。

 初めて触るが安全装置らしきものはなく、引き金を引けばすぐに撃てそうだ。
 弾は六発。敵は六体。計算するまでもなく差し引きゼロだ。

 その次の瞬間にドアが開いた。
 同種が芹香にそのまま襲い掛かろうとする。
 芹香と絵麻の悲鳴があがる。

 だが、すでに引き金に指を置いていた俺は冷静だった。
 そのままスッと立ち上がり、同種の額にコルトパイソンをひりつけた。
「これだったら、絶対当たる」
 と、言う。
 一呼吸の間もなく人差し指を引いた。

 開いたドアから飛び出した俺はそのままの勢いで通路へと躍り出た。
 残りは五体だ。
 銃声が聞こえたせいか、同種たちはこちらに一斉に走り出してきた。

 後五発しかない。
 要は、一発も仕留め損なう余裕はないということだ。

 絵麻の手を引いて後から駆け付けた芹香を、二人とも正面にある手洗いに押し込め、俺自らもその中へと入った。

 手洗いの間口の広さを計算する。
 このタイミングで照明が復旧した。
 明るい光が俺たちを照らす。
 と、同時にうめき声が間近に聞こえてきた。

 その声の主である一体目が中へと侵入を試みようとするが、俺はまたコルトパイソンをそいつの額にひりつけ撃ち抜いた。

 次は二体同時に襲い掛かってくる。
 図体の大きいその二体は、同時に入ってきたせいか間口に身体が挟まり身動きが取れない状態になった。
 それを見た俺は、ゆっくりと近づいて、ひとりずつ外さないよう額へコルトパイソンの銃口をひりつけ弾を放った。

 そのすぐ後、倒れ込んだその二体の上をさらにもう二体が乗り越えようとしてきた。だが、先の二体の死体につまづいて動きが極端に鈍くなった。

 リボルバーを回す。弾の位置を確かめる。
 俺はこれも一体ずつ頭を撃ち抜いた。

 そして、最後の一体が間口の前へ現れた。
 すでにリボルバーを回し終わり、額に照準を合わせていた。まさに引き金を引く直前だった。

 だが、先にアサルトライフルの弾が放たれた。
 その一体は、その弾に身体ごと横へと吹き飛ばされ間口の前から消え去った。

 八神が現れる。
「圭介、着替えろ。この病棟は囲まれた。逃げ道はあの橋しかない。逃げるぞ」
 と指示を送ってきたかと思うと、すぐにこの場から立ち去っていった。

 次に彼にかわるかのように、美雪と洋平が、三人分の荷物をそれぞれ腕に抱えながら間口に姿を見せた。
しおりを挟む

処理中です...