宇宙船地球号2021 R2

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第36話 022 日本支部東京区新市街地下閉鎖病棟A3階

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 着替えを終えた俺は、我を取り戻した絵麻にコルトパイソンを渡し、その場にいるメンバーと共に階段を駆け上がった。
 そのまま四階へと向かおうとしたが、階段の踊り場付近で大量の同種に出くわしてしまい、圧迫される形で三階の通路の途中にあった部屋へと飛び込むことになった。
 
「どこから彼らはやってきたのかしら?」
 青い左目を薄く光らせ絵麻が訊いた。

 いつも通りの口調で先ほどの思考停止状態が嘘のようだった。ただその時の記憶は、元に戻った今も飛んでしまっているようだ。

「ダクトだよ、絵麻」
 そう俺が言ったタイミングで、通路前からうめき声が聞こえてきた。

 天井から発砲音が聞こえてくる。
 おそらく先に四階へ行ったと思われる八神か、元々そこにいるのであろう早野が同種の群れに向け放ったものであるはずだ。

「でも、おかしいです。同種がダクトから現れるなんて……」
 美雪が声を震わせて言う。
 確かに彼女の述べた通り、この付近の同種は少し異常に思えた。
「……ああ、今までそんなところから出現する同種は俺も見たことがない」
 首を横に振りながら、同調の声を漏らした。
「お、おい。なんだこれ?」
 洋平が怯えた物言いをする。

 振り返ると、視線の先に手術台が映った。
 その上には獣の死骸のようなものが拘束された状態で放置されていた。
 元々何の動物だったのかわからないくらいその身体は損壊しているので、動き出す気配はない。
「何か実験された形跡があるわ」
 吐き気がするくらい気味の悪い死骸に顔を近づけながら、芹香が言った。

 医療関係の大学教授という職業を生業にしているだけあってか、平然とした顔をしている。一方の俺は腐臭漂うその死骸からすぐさま目を背けた。

 そのタイミングで、ドサリ、と音が鳴った。
 音の正体である落ちたダクトと時を同じくして同種四体が上から現れた。

 腰からランボー・ナイフを抜き出し、その内一体の喉元をついた。
 いつもであればそれで終わるのだが、その同種はまだ俺を襲おうと身体を動かしてきた。
 よく見てみれば、目に何かしらの意思のようなものが感じられた。
 俺はその生存本能を根本から断ち切るべく、それの首を狩り取った。

 次に部屋のドアが開いた。
 新たな同種だ。それも群れをなしている。
 そのすべてがダクトを通ってきたとは到底思えない。昨日時間をかけて築いたバリケードが突破されたということなのだろう。

 絵麻と俺は同種が間口に入ってこようとする段階で、一体一体確実に殺害していった。
 どの同種も先ほどの同種と同じで、死ぬ間際に最後のあがきのようなものを見せた。

「どうする? 圭介。通路を突っ切るか?」
 ダクトから落ちてきた先ほどの同種残り三体を討伐した洋平が、俺の元に駆け寄りながら訊いてきた。
「ああ。八神さんと合流しよう」
 俺はそう答えると、ドアの間口から通路へと躍り出た。

 決して広くはないその通路は、同種で溢れかえっていた。
 そして、その数はまだ増え続けているようだ。ただ不幸中の幸いと言ってはなんだが、ダクトから落ちてくる、もしくは階段からあがってくる同種はいるが、上の階から降りてくる同種はあまりいなかった。
 後者は八神たちの方へと集中しているのだと思われる。

 俺がそのような概算をしている最中、絵麻がコルトパイソンの銃口から、発砲音を鳴り響かせた。階段付近にいる同種数体が連なって後ろへと吹き飛んだ。

「洋平と圭介は後ろ。芹香先生は真ん中。私と美雪は階段の同種を可能な限り殲滅」
 射撃を終えるや否や、背後へと駆け寄って絵麻が言う。
 弾が放たれたばかりのコルトパイソンの銃口からは、煙が立ち上っていた。

 頷くこともなく俺は後ろを振り返り、ネイルガンで同種の進行を食い止めている洋平の隣へと並んだ。
 洋平が撃ち漏らした同種を迷うこともなく切り捨てる。
 間髪を入れず、背中にアサルトライフルとコルトパイソンの音が鳴り響く。
 同種たちの血しぶきが数滴、俺の頭へと降りかかる。

 絵麻と美雪の甘く刹那を感じさせる薄い吐息が俺の鼓膜を刺激する。さらに芹香の悲鳴が小さく聞こえてきた。
 それを聞いた俺は、踵を一歩分後へとやった。洋平も同じような感じで引き下がる。
 芹香の悲鳴、絵麻と美雪の呼吸が目的地へと進む度に、俺と洋平もまた一歩、また一歩、背後へと後ずさった。

 ようやく階段にたどり着いた。
 八神たちの攻撃によるものだろうか、上の階段の踊り場には同種が群れをなしているがそれ以上増える気配はなかった。
 だが、その逆に下の階段からは蛆虫のように同種たちが湧き出てくる。

 ここで芹香を中心とし絵麻と美雪、洋平と俺の位置を転換させた。
 階段を駆け上がってくる同種は絵麻と美雪が、それぞれコルトパイソン、アサルトライフルで対処する。上の階の踊り場の同種は俺と洋平が殲滅するという計画だ。

 背中で発砲音が連続する。銃を乱射しているのかと疑うほどの間隔だった。絵麻と美雪のおかげで、うめき声は次々と消え去っていくが、またうめき声が次に聞こえてくる。

 俺と洋平が前方の同種を一掃しなければ、押し切られることは確実だ。
 そう考えた俺は、まず手始めに目の前にいる同種を切り捨てようとした。
 だが、その同種は俺の一撃をかわし飛び跳ねたかと思うと、不自然に身体を曲げる。その勢いのまま俺の首をへし折ろうと腕を振り回してきた。

「圭介、任せろ」
 洋平はそう言うと、同種の額に釘で穴をあけた。
「おい、洋平。なんだ、あの同種。今ジャンプしたぞ」
 起こった事のありのままを述べた。

 これ以上そのことについて考えると、困惑は深まるばかりで冷静さを失いそうだ。
 今の俺たちに手を休める暇はない。
 俺はそこで思考を停止することにした。

 気を取り直し、視線の先にいる同種の群れを切り続けた。
 個体差があるのか、その他の同種は先ほどのような行動をする気配はない。

 小骨が喉元に引っかかるようで気持ちが悪いが、同種の殲滅を優先し、洋平、芹香、絵麻、美雪と共にそのまま階段を一歩一歩上がっていった。
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