宇宙船地球号2021 R2

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第71話 039 南欧連合支部北部イタリア管理区域ミラノドリームピースランド・難民キャンプ(2)

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 その後、システムでどのように同種を制御しているのか尋ねたが、スタッフは、保護申請の受付スタッフでは詳しくわからないと言い、やんわりと説明が難しいことを示唆するような言葉を並べた。
 これを聞いた俺は彼女に問い詰めても仕方がないと感じて、この場ではそのまま口を閉じることにした。

 どうやら完全に保護下に来れたようだし、後でそれはおいおいと詳しい誰かに聞くことにしよう。
 長い戦闘の疲れもあったため、それが懸命な判断だとその時は思った。

「その人たちが移動した後、次にそのホテルに滞在するのは我々で、その後我々も居住区で保護対象となる理解でよろしいでしょうか」
 芹香がスタッフに尋ねた。
 普段とは違い年相応の大人びた物言いだった。
「はい、ご理解の通りです。ですが、お客様の場合、ホテルへの宿泊についてはそう時間はかかりません。前回の方たちはすでにモノレールで居住区に旅立たれました。後は園内、そしてホテルの清掃を待つのみです」
 そう説明してから、彼女はまたにこりと笑う。

 彼女の話には先ほどからモノレールという言葉が何度か出てきている。
 確かに俺たちが探し求めていたあのモノレールは、緊急時における安全地帯までの搬送方法として使われているとしても不思議ではない。
 だが、スタッフの言うモノレールが、レジスタンス軍アジトで知ったモノレールと同等のものであるかは未だ不明だ。
 それをスタッフに確認しようと口を開きかけたが、すぐに諦めた。それをどのように確認して良いものかわからないからだ。
 モノレールの存在自体は今までの経緯と辻褄が合っていることもあってか、他の皆もそれについて尋ねようとはしなかった。

 次にスタッフはテーブルの上に大きなバッグを置いた。そして、それを俺たちの手前へと差し出してくる。
 どういう意味なのかと戸惑っている俺に向けるかのようにスタッフは口を開く。
「見たところ、お客様とお連れの方々は銃器を携帯されております。このバッグにそれを詰めてください。もちろん銃器だけではなく武器になるようなものはすべてその中に入れるようお願い申し上げます」
 丁寧な口調でバッグの用途を伝えてきた。

 スタッフのこの言葉を聞いた八神がすぐに怪訝そうな目つきでスタッフを睨みつける。
 彼がそのまま何か文句をつけるかと思ったのだが、
「銃器を? 何でバッグに?」
 早野がいの一番に口を開き、その理由を問い質そうとした。
「……園内はスタッフやお客様の安全のため、危険物の持ち込みは原則禁止されております。入場の際手荷物チェックがございますので、武器を詰めたバッグをそこにいる手荷物チェック係員にお渡しください」
 とスタッフは説明し終わるや否や、掌を俺たちの後方へと返す。
 彼女の手は当然かのように難民キャンプの方角へと向いていた。
 それを目にした早野が絶句しながら、その場で立ち尽くす。彼の様子を見かねた麗と芽衣に背中や腰を押され、簡易テントの中からトボトボと出ていった。
 
 数分後、俺たちはスタッフに指定された難民キャンプの大型テントにいた。
 今現在、キャッ、キャッとした声が俺の周りを取り囲んでいる。
 声の主はもちろん子供たちで、中に入るなりベッドを見つけその中心へと飛び込んだ又佐に続き姫や芽衣も参戦し、年相応の遊びを始めたのだ。
 又佐と姫は芽衣と大差ない遊び方をしている。時代設定は変われど、子供の興味を引くものいつの時も変わらないのかもしれない。
 そう思いながら、俺は又佐たちのはしゃぐ様子に目を細めた。

 ベッドは俺たちの人数分以上用意されており、ここで寝泊まりするのはおそらく俺たちだけではなさそうだった。これから鑑みると、他に人が現れる可能性がある。その場合、又佐たちを即刻注意しなければならないだろう。
 だが、今は幼い身に受けたであろう多大なストレスの解消のため放置しておくことにした。
 大人組は皆俺と同意見だったのか、何も小言を吐くことなく、付近にあった簡易の椅子へとそれぞれ腰を落ち着けた。

 テントへ向かう途中大友と沙織に会ったが、ホテル宿泊の順番が回ってきたとのことで、美雪や絵麻と挨拶程度の会話をするのみだった。
 イタリア語ができない彼らにとって、俺たちとの会話は重要かもしれないが、この過酷な環境下では休息を優先することは極自然なことのように思えた。
 結局、最後に園内で再会することを約束をし、大友たちはそのまま柵の近くにある手荷物チェックのレーンへと向かって行った。
 気になってレーンの方角を見てみると、その付近にも行列ができていた。
 行列に並んでいる人々も、一刻も早く環境のより良い場所で身体を休めたいのだろう。

 さらに大友たちとの別れの際、行列の先に彼らとは大友たちとは違う別の日本人のカップルを見かけた。
 ひとりは刑馬や洋平と同じくらいかそれ以上の身長の男。もうひとりの女はすらりとした体型で髪の後ろに簪を指していた。
 そのカップルを日本人と判断した理由は、男の方は山伏のような恰好をしており、一方の女は黒い艶やかな着物を身につけ髪が黒髪だったことがあった。
 そのふたりの姿から、彼らが日本かぶれの外人――ここでは俺たちが外人にあたるので、そう表現するのは変かもしれないが、そのような者ではないことは明らかだった。
 また、彼らの周辺にいる人々がはぼ全員高身長だったこともあり、その奇抜な出で立ちにしては特に目立ってはいなかった。

 さらによく見てみれば、その二人の傍らには小さな老人の姿があった。
 老人は上が白、下が黒の柔道着のようなものを着ていた。
 そう考えると先程の男女はカップルではなく、老人と孫二人といった構成の家族なのかもしれない。
 俺はその時そう思った。

 彼らを目にした俺はすぐに、もしかすると刑馬と姫の逸れた仲間かもしれないと思い姫たちに声をかけた。

「姫、刑馬さん。あそこにいるあの人たちなんだけど、見覚えはあるか?」
 彼らがいる方角を親指で示した。
「あの人たちとはどやつじゃ?」
 姫が確認してきた。
 刑馬もそちらへと身体を向けたが、首を捻るのみだった。
 背の高い人々が彼らの周囲には多かったので、人ごみに紛れてしまい判別がつきにくいのかもしれない。
 そう考えた俺は、
「ほら、あの人たちだよ」
 と再び呼びかけ、より詳細に説明しようと顔をそちらへとやった。
 だが、その時には既に彼らの姿は跡形もなく消えていた。

 疲れからくる見間違いだったかもしれないと思った俺は、何でもないと述べきょとんとしている姫たちとの会話を早々に打ち切った。
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