独立不羈の幻術士

ムルコラカ

文字の大きさ
20 / 68
第一章

第十九話 総長の気遣い

しおりを挟む
「済まなかったね、こんな見苦しいところに巻き込んで。君達とは鉢合わせしないようにと思っていたんだが」

 所長室の部屋の扉が閉まってからしばらく間を空けて、ウィンガートさんが苦笑い混じりに言った。

「いえ……」

 曖昧に頷きながら、私はユリウス大主教が消えた扉から努めて意識を離した。ちょっとでも気を抜くと、心にもたげてきたドス黒い感情を視線に乗せて表に出してしまいそうだ。防音性能の高い重厚なこの部屋の扉でも、あっさり突き抜けそうな程に強い怒りがむくむくと身体の内側から湧き上がってくる。

「シッスル、落ち着いて」

 私の内心に気付いているのだろう、シェーナがそっと強張った私の手を握ってくれた。彼女から伝わる温かさが、自身に謂れのない中傷を受けた悔しさ、師匠をコケにされた悔しさを僅かながら緩和してくれる。

「ありがとう、シェーナ」

「ううん、私も同じ気持ちだから。サレナさんを貶めるようなことを言われたら我慢ならないよ。相手が大主教だということも忘れて、もう少しで殴りかかるところだった」

 おどけた感じに小首を傾げながら、ちろっと舌を出すシェーナ。

「《スキル》を使って?」

「うん、《スキル》を使って」

「あはは、シェーナが本気を出したら死んじゃうよ」

「だから一生懸命耐えたのよ、偉いでしょ?」

 そう言ってシェーナはそっと片目をつぶって見せる。本当にありがたい気遣いだった。

 ごほん、という咳払いが聴こえて正面に顔を戻す。私達の視線の先では、ウィンガートさんが苦笑いを一層深めていた。

「ユリウスさんの言ったことはどうか気にしないでほしい。あの人は昔から有名な反魔術士派だけど、実際に表立って君達魔術士を迫害したことは無いよ。他の大多数が、現状を良しとしているからね。件の幽幻の魔女……シッスルくんのお師匠であるバーンスピア殿だって、わざわざ相手にしようとは思わないだろう」

 確かに、これまで師匠からあの大主教の名前を聴いたことは無い。大層な肩書を持っているとはいえ、悪態をつくだけの相手なら端から問題にならないということか。そこまで思い至って、私の溜飲もようやく下がった。

「さて、変な流れになっちゃったけど、二人共改めて今回はご苦労さま。どうか気を落とさず……というのは難しいかも知れないけど、上手く切り替えて今後に活かしてもらいたいと僕は思ってるよ」

 苦笑いからいつもの微笑みに戻ったウィンガートさんが労いの言葉を口にする。

「ありがたきお心遣い、痛み入ります。騎士団員の端くれとして、必ずやあのオーガを見つけ出して討ち果たし、首都の脅威を取り除くとお約束致します」

「……私も、シェーナと同じ気持ちです。私の所為で死んでしまった、デイアンさんの為にも」

 シェーナに追従して口に出した言葉だが、言ってみるとすとんと腑に落ちた感じがした。

 そうだ、終わってしまったことを悔やんでばかりいても仕方無い。次にどうするかが、一番大事なのだ。どうやって今度の失敗を償うか。ミレーネさんに詫びる一番の方法は何か。

 デイアンさんの仇を討つこと。それが今の私が成すべき役目、果たすべき目標なんだ。

 私は急に、自分の中に芯のようなものが出来た気がした。大主教の暴言を浴びたのは不幸だったけど、此処に出向いた甲斐はあったと思う。

 現金なものだと自分でも思うが、呼び出したウィンガートさんに感謝の念を抱きつつ私は改めて頭を下げた。

「《鈴の矢》のリーダーについては本当に残念だった。しかし、彼の行いは立派で称賛されるべきものだ。その功績を鑑みて、《鈴の矢》には弔慰金の他に特別手当も出してはどうかと、ユリウスさんが姿を見せるまで此処のギルド長に掛け合っていたところなんだ」

 ウィンガートさんが部屋の奥に堂々と鎮座している大きな机を振り返る。その上で怖怖と縮こまっていた例の中年男性が、ハッとしたように背筋を伸ばした。

「総長閣下のお言葉は至極ご尤もだと自分も思うのであります! ……しかしながら、特に【魔痕まこん】等を持ち帰ってきたでもなく、オーガも取り逃がした上に自身が戦死されたという結果だけでは、ギルドとしても中々他への示しが付けにくく……!」

 薄くなった頭皮に吹き出る冷や汗を、震える手でポケットから取り出した水玉刺繍入りのハンカチでせっせと拭き取りつつ、その中年のギルド長はおずおずと言う。物腰こそへりくだりながらも、どうにか話を拒絶しようとしているのが明らかだ。

 繰り返すが、【魔痕】というのは斃した魔物が主に落とす小さな結晶のことだ。冒険者達はこの【魔痕】を集めてギルドに提出することで、魔物討伐に関する報酬等を計量されて受け取れる仕組みになっている。

「弔慰金については無論騎士団の方で工面します。しかし《鈴の矢》は長きに渡って数々の【依頼クエスト】に励み、このギルドを通してアヌルーンの街に貢献してきたパーティです。ましてや今回は【任務ミッション】に従事した上でのあえない殉職。もし彼らが居てくれなければオーガの発見は更に遅れ、事態はより悪い方向に転がっていたかも知れない。現状の被害を最小限に食い止めたというだけでも、《鈴の矢》が果たした責務は決して小さくありません。無論行政府にも掛け合うつもりですが、彼らの献身に対して相応しい恩賞をギルド側からも贈ることは、主神ロノクスの御意志に沿う尊い行いでしょう」

 ウィンガートさんが、この国で信仰されている神様の名前を出した。主神ロノクス。《かぎりの神》、または《秘園ひえんの主》とも呼ばれる存在だ。秘園はともかく、なぜ“限り”などと呼ばれているのか昔は不思議に思っていたが、私達のような寿命を持つ全ての生き物達の神様だから、という説明を受けて納得した覚えがある。

「それはもう、“お限り様”もデイアンくんの魂を安んじられることをお望みでございましょう、ええ。ですが、こうした物事には相応の手続きというものがございまして……。私の一存で決めてしまうのはどうにも……」

「その辺りの便宜なら僕が取り計らいましょう。後で問題に発展することが無いよう、しっかり各部署と調整しますから心配しないで下さい」

「さ、左様でございますか。でしたら諸々の折衝もお有りでしょうからこの話は後日、また改めてということで……」

「分かりました。近日中に必要な書類を全て揃えて、改めてお伺いします」

「え……?」

「ギルド長殿におかれましては、手続きを途中で滞らせることが無きよう、しっかりと金庫の管理をお願いします。民政卿や税務次官は、先程まで此方に居られたユリウス大主教に負けず劣らず苛烈な御方ですので」

「ひっ……!?」

 表情を凍り付かせたギルド長に背を向け、ウィンガートさんが私達に向き直った。その顔には、相変わらずあの柔らかな微笑みが浮かんでいる。

「必要な話は済んだね。ところで君達、今日はこれからどうするの?」

「えっ!? い、いや、もう私達への用もお済みみたいだし、このままデイアンさんの葬儀に参加しようかなって……!」

 その笑顔に呑まれそうになった私は、慌てて今後の予定を告げる。ギルド長を一方的にやり込めたこの目の前の騎士団総長が、俄に恐ろしい存在に思えてきた。

「葬儀の日取りはまだ決まっていないよ。多分、一両日中になると思うけど」

 くすっと笑ってウィンガートさんがツッコミを入れた。無邪気な少年のように見えるそんな仕草にも、今は肌寒いものを覚えてしまう。

「あ、あはっ! そうですよね、私ったらな、何を慌ててるんだろ、あ……はは!」

 取り繕うように私も笑うが、所々で言葉が喉に引っ掛かる。そんな私の奇態を咎めるでもなく、ウィンガートさんは穏やかな声音のままで続けた。

「でも、カティアや《鈴の矢》のメンバー達に一度会っておくというのは悪くない。丁度良い、彼女達の居るグランドバーン地区の教会まで僕と一緒に行かないかい? 《鈴の矢》のリーダーの遺体は今そこに安置されていて、葬儀の予定地も恐らくそこになると思う。当日は僕も出席するつもりだから、事前に顔合わせをしておこう」

「総長閣下御自ら……!? それは流石に恐れ多いと申しますか、ご多忙の身を押して参られるとは……!」

 シェーナが驚いてウィンガートさんを仰ぎ見るが、当の本人は意に介さない。

「業務は後に回せるよ。今回の事態の責任者として、僕には出席する義務があると考えてるんだ。冒険者達の声を、直接聴ける機会でもあるしね」

「閣下……」

「さあ行こう。カティア達は今こうしている時も準備で忙しくしているだろう。素早く出向いて、挨拶は短めに切り上げないとね」

 そして私達の返事を待たず、ウィンガートさんはさっさと歩き出してしまう。私とシェーナは少しだけ顔を見合わせると、どちらともなく頷いて彼の後を追った。去り際にシェーナはギルド長の方に向き直って一礼したので、うっかり彼の存在を忘れかけていた私も慌ててそれに倣った。

 ウィンガートさんの足取りは思いの外早く、ギルドの廊下を小走りに走ってどうにか追いついた。

「あの、閣下。ひとつお伺いしても宜しいでしょうか?」

 痩せ型ながらも何処か泰然とした風格を漂わせるその背中に、シェーナが控えめに声をかける。

「構わないよ、何だいシェーナ?」

「先程のギルド長へ要請なさったことですが、本当に特別手当を支払わせるおつもりでしょうか?」

「そうだよ。シェーナも知ってるだろうけど、冒険者というのは割りを食いやすい仕事でね。ただでさえ民間の依頼主やギルド側から難癖をつけられて、報酬を渋られることも少なくないんだ。だけど、僕達守護聖騎士団が関わる【任務】ではそうはさせない。冒険者達は、危険で重要な第一線に臨んでくれる貴重な存在だ。使い捨てにしていい存在じゃないと僕は考えている。特に今回のような、殉職者を出してしまった場合にはね。――デイアンという名前だったね、《鈴の矢》のリーダーは。彼の死を無駄にしないとは、そうした意味も含まれているんだよ」

 私達を振り返ることは無かったが、ウィンガートさんの言葉は断固としたものだった。その声から感じられる力強さに、私は少なからず驚きを覚えた。まさかこの騎士団総長が、(魔術士ほどではないものの)世間的に立場の弱い冒険者というものにこれほど真摯な考えを持っているとは思っていなかったのだ。

 でも、これは歓迎されるべき事項だ。顕官という職位を担っている人にこうした考え方を持っている人が居るということは、私のような魔術士にとってもありがたい話だった。

 今度の失敗から完全に立ち直れた訳じゃないけど、ウィンガートさんの在り様は私に沢山の励みを与えてくれる。やはり、会って良かった。

 少しだけ軽くなった足で、私は教会への道を急いだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。 日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。 アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。 「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。 貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。 集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。 そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。 これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。 今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう? ※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは 似て非なる物として見て下さい

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした

藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると 土地を蝕む邪気となって現れる。 それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。 派手な奇跡は起こらない。 けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。 ――その役目を、誰一人として理解しないまま。 奇跡が少なくなった。 役に立たない聖女はいらない。 そう言われ、私は静かに国を追放された。 もう、祈る理由はない。 邪気を生み出す原因に目を向けず、 後始末だけを押し付ける国を守る理由も。 聖女がいなくなった国で、 少しずつ異変が起こり始める。 けれど彼らは、最後まで気づかなかった。 私がなぜ祈らなくなったのかを。

処理中です...