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第二章
第二十一話 冒険者として
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緩やかに吹く風が、快晴の中を歩き続けて温まった頬を優しく冷ます。視界を遮るものが無い、広大な平原のど真ん中ではこうした空気の動きに注意を払わなければいけないのだろう。匂いを悟られないため、風下を読んで動く。狩人だろうと肉食獣だろうと、そこら辺のセオリーは同じだろうから。
そしてそれは、私のような幻術士にも通ずる話だ。
「シッスル、どう? 気配は感じる?」
長く尖った耳を小刻みに動かしながら、隣に立つシェーナが私に尋ねてくる。【リョス・ヒュム】族の鋭い感覚を持ってしても、今この平原に危険なものが潜んでいるとは察知出来ないようだ。
「……うん。微弱だけど、術の痕跡がある。【依頼】に書かれてあった通り、この平原に標的が居るよ」
気を研ぎ澄ませて慎重に周囲を見渡しながら、私はシェーナに答えた。はっきり言葉にしたことで、曖昧でしか無かった感覚が自分の中で確信に変わる。
「“大型の蛇に似た魔物を南のカラル平原にて目撃。真偽の確認及び付近の村落から家畜が消える事件との因果関係を調べ、魔物であるなら討伐されたし”。――どうやら、空振りでは無かったみたいね」
腰に佩いた剣の鞘を撫でながら、シェーナが不敵に笑う。これから待ち受けているであろう戦闘に対して、気後れしている様子は微塵も無い。
「十中八九、《フェイク・ボア》だと思う。大型の蛇が魔素エネルギーに侵されて生まれた魔物で、魔物にしては珍しく幻術も使うんだって師匠から教わったんだ」
敬愛する我が師、サレナ・バーンスピアの笑顔を脳裏に描きながら、私は学んだことをシェーナにも教えた。
「そいつがこの一見隠れる場所の無い平原を根城にして、イミテ村の家畜をこっそり襲っていたってことね。悪知恵が回るというか、せこいというか」
半ば呆れたように溜息をつき、シェーナが剣把を軽く指先で弾く。イミテ村とは、依頼概要に書かれてあった村落のことだ。アヌルーンからは乗り合い馬車で一日ほどの距離にあり、【オーロラ・ウォール】との境目にも近い。南方の空に大写しになった光の銀幕を見上げながら、私は《フェイク・ボア》が潜んでいるであろう座標を特定しようとより一層意識を集中させる。
「どこかに、幻術の基点がある筈。それを探り出せば……!」
「《フェイク・ボア》を炙り出せるってワケね。戦闘の方は任せてシッスル。あなたは敵の幻術を打ち破ることに集中しなさい」
「うん、頼んだよシェーナ」
マゴリア教国が誇る守護聖騎士の力強い言葉に安堵と信頼を覚えつつ、私はカラル平原を隈なくクリアリングしてゆく。
目当てのものに辿り着くまで、然程時間は要しなかった。
「……ここだ。この地点から、幻術の広がりを感じるよ」
そういって私が示した場所は、一見特に何の変哲も無さそうなむき出しの土場だった。
身を隠せるようなものは一切無い。にも関わらず、ここには標的どころか生物自体が居ない。
まさしくまやかしだ。今、この裏には息をひそめて私達をやり過ごそうと考えている、姑息で狡猾な思惑の主が隠れている。
「こちらの準備は出来ているわ。いつでも始めて頂戴」
腰を落としたシェーナが剣の柄に手をかける。
「少し下がっててシェーナ」
「それはダメよ。《フェイク・ボア》が奇襲を仕掛けてきたら、あなたじゃ太刀打ち出来ないでしょ」
融通の利かない真面目な親友の言葉には、苦笑いを返すしかない。気を取り直して、私は術を暴くべく腰の短刀を抜いた。
「始めるよ。後はお願いね」
シェーナが頷くのを横目で見て、私は短刀を構えて呪文を唱えた。
「世にあらざる虚ろな隔り戸よ。汝が術を解き、あるべき姿に戻さん。――“破幻の眩み”!」
言葉を結ぶと同時に短刀の刀身が強い光を放ち始める。白い輝きを宿した刀身を構え、一度大きく振りかぶるとそれを目の前の空間に向けて思い切り振り下ろした。
――サクッ!
光の尾を引きながら剣閃が空気を裂き、薄い木片を両断したような音が鳴る。途端に目の前の景色が歪み、伸縮するようにたわんだ。
ぶれる空間の奥で、鈍い二つの光が私を見据えたような気がした。
「シッスル!」
シェーナの叫びが聴こえたのと、大きな黒い塊が飛び出してきたのは同時だった。
――キシャアアア!!
喉を絞るような甲高い鳴き声。大蛇の魔物が目一杯口を開いて、立ち尽くす私を丸呑みにしようと襲い来る。上下に生えた長い牙からぼたぼたと滴が垂れているのが、奇妙なほどはっきりと見えた。
「ハアアアッ!」
大気を震わす喊声が轟き、私の真横を烈風とともに影が駆け抜ける。ガキン、という重い金属音が鳴り、大蛇の牙が止まった。
「貴様の相手はこの私だ!」
白刃を鞘から抜きざま大蛇の口に差し込み、牙とかち合わせてその勢いを止めたシェーナが堂々と宣言する。私の眼前で、【リョス・ヒュム】の女騎士と人ひとりは難なく丸呑みに出来そうな巨大な蛇が真っ向から睨み合っていた。
私を喰らうのを邪魔された《フェイク・ボア》が、忌々しげに舌を出してシェーナを威嚇する。そのまま一度首を引き、再度攻撃態勢を取ろうとする動きを見せた。
その隙を見逃すシェーナではない。
「遅いッ!!」
ただ一言だけを残して彼女の姿が消える。そして一瞬後には、《フェイク・ボア》の真後ろに青白いオーラを纏ったシェーナの背中が存在していた。斜め右上に振り抜かれた刀身が、【オーロラ・ウォール】の淡い光雨を反射してキラキラと輝いて見えた。
《フェイク・ボア》の動きが停止した。数秒の間を開けてその首が胴よりずれ、完膚なきまでに離れ離れになって地面に落ちる。どうっ、と土埃を巻き上げて大蛇の頭部が力なく横たわり、後に続くかのように胴体の方も糸が切れた操り人形の如くその場に崩れ落ちた。
「討伐完了ね」
息ひとつ切らせていないシェーナが、青いオーラを収めて【スキル】の効力を解除した。
「お、お見事」
間一髪助かったという安堵と、シェーナが見せた技の冴えに対する感嘆が同時に沸き起こる。顔をひきつらせながらもパチパチと拍手する私の目の前で、魔素エネルギーによって生み出された歪な生命体の身体が霧のように解けていき、後には大きな【魔痕】だけを残して消滅した。
◆◆◆
「ありがとうございました! 魔術士様と騎士様のお陰で、また今日から安心して眠れます!」
仕事を終えた私達は、《フェイク・ボア》を討伐した旨をイミテ村に報せた。村長をはじめ不穏な状況にやきもきしていた村の人達は、総出を上げて私達を称えて感謝してくれた。
その余韻を引きずるように、私達は村の宿屋兼食堂で二人だけのささやかな任務成功祝いをすると、夜も更けた頃になって部屋に引き上げた。今夜はここに泊まり、明日の朝で首都行きの乗合馬車に乗ってアヌルーンへ帰る予定だ。
「あー、無事に終わって良かった! これで後は冒険者ギルドに報告して報酬を貰うだけだね」
【依頼】を出したのはイミテ村なんだから村人達から直接貰えば良いじゃんと思うけど、そこはギルドの決まり。職員を交えた上で、不正無く報酬が支払われるかきちんと見届けなければならないらしい。【依頼】にまつわる冒険者のトラブル事情から考えて、そういった規定がきちんと機能しているかは疑問の余地が残るだろうけど、まあここの皆の反応を見る限り今回は大丈夫だろう。
「そうね。【魔痕】も回収したし、奴が食い散らかした羊やら牛の骨も見つけた。他にも《フェイク・ボア》が居ないか入念に当たりを調査した上で、あの一体だけという結論も得た。手抜かりは無かったと見て良いと思うわ」
生真面目なシェーナも満足そうだ。ベッドに四肢を投げ出しながら、私はそんな親友の顔を見つめる。
「どうしたの、シッスル?」
「ううん、なんでもない。またシェーナに助けられちゃったな~って思ってただけ」
「お互い様よ。シッスルが居なかったら、《フェイク・ボア》の幻術に気づくことすら出来なかったんだから。それに私は、あなた専属の守護聖騎士。担当の魔術士を危険から護るのは当然のことだわ」
それでも、シェーナにはいつも感謝してる。胸中に灯る想いを言葉にはせずに、私は目を細めてシェーナに微笑んだ。
【捷疾鬼】出現の騒動から、二ヶ月が経とうとしていた。
私は今、冒険者としてギルドから【依頼】や【任務】を請け負う仕事をシェーナと一緒にしている。公僕であるシェーナをこの稼業に同行させることの是非については、魔術士付きの騎士は特例で許可されているというので特に問題は無い。むしろ懸念はシェーナの気持ちだった。冒険者を嫌う彼女にこの仕事をやると伝えた時に要した勇気は、決して生半可なものじゃない。
しかしながら私の予想に反して、シェーナはあっさりと頷いてくれた。
『シッスルがそうしたいのなら、私もそれで良い』
とだけ、彼女は私に答えたのだ。
シェーナの真意は今ひとつ掴めなかったものの、お陰で私はこうして冒険者稼業に専念出来ている。
「アヌルーンに戻ったら、今度はダンジョン関連の【任務】とか出てないかな……」
「シッスル、あなたまだ拘ってるの?」
ポロッと零した独り言を耳ざとく聞き付けたシェーナが、心配するような眼差しになる。
「あの件は完全に守護聖騎士団の管轄に移った筈よ。消えたオーガの捜索と討伐も含め、諸々の不確定要素に何らかの結論が出るまで西のダンジョンは完全閉鎖。私達が介入する余地は無いわ」
「分かってるよ、ウィンガートさんやブロムさんが街の安全を第一に考えてくれてるってことは。でも、あの時オーガと戦ったのは私達なんだよ。シェーナも覚えてるでしょ? あの、オーロラにも似た変な光る空間からオーガが出現して、消えたのを――」
「そのこともきちんと報告したじゃない。謎の解明は、総長閣下にお任せしておけば良いの。私達に用があれば、あちらからお呼びがかかるわ」
「そうなんだけどね」
冒険者をすることに反対はしなかったシェーナでも、流石にこの前の一件となると話は別だった。
「私の所為で死んでしまったデイアンさんの為にも、遺されたミレーネさんに償いをする為にも、蚊帳の外に置かれたままでいるなんて嫌なの」
「シッスル……」
シェーナが居た堪れなさそうに目を伏せる。
分かっている、これは私のワガママに過ぎないって。シェーナに守られている身で何を言っているんだって、私が第三者の立場ならそう言うだろう。
ただ、このワガママに従って私はデイアンさんの遺志を偽造し、ミレーネさんに見せることまでやったのだ。ここまで来たらもう、中途半端には終わらせられない。このワガママを貫き通す。
その為の冒険者稼業なんだ。私はいつか、あの事件の真相を解き明かす。
二ヶ月という時間が経過した今でも、その気持ちは微塵も揺らがない。
「あの~、お休み中のところすみません。少し、よろしいでしょうか?」
ふと、ノックの音と共に扉の向こうから控えめな声が掛かる。声の主は、この宿屋の主人だ。
「ご主人、如何いたした?」
即座に感情と表情を切り替えたシェーナが、凛とした口調で答える。
「実は、お客様にお会いしたいという方がいらっしゃいまして。差し支えなければ、お取次ぎしてもよろしいでしょうか?」
イミテ村に私達の知り合いは居ない。にも関わらず訪問者? それも、こんな夜中に?
私とシェーナは緊張した面持ちで、お互いに見つめ合った。
そしてそれは、私のような幻術士にも通ずる話だ。
「シッスル、どう? 気配は感じる?」
長く尖った耳を小刻みに動かしながら、隣に立つシェーナが私に尋ねてくる。【リョス・ヒュム】族の鋭い感覚を持ってしても、今この平原に危険なものが潜んでいるとは察知出来ないようだ。
「……うん。微弱だけど、術の痕跡がある。【依頼】に書かれてあった通り、この平原に標的が居るよ」
気を研ぎ澄ませて慎重に周囲を見渡しながら、私はシェーナに答えた。はっきり言葉にしたことで、曖昧でしか無かった感覚が自分の中で確信に変わる。
「“大型の蛇に似た魔物を南のカラル平原にて目撃。真偽の確認及び付近の村落から家畜が消える事件との因果関係を調べ、魔物であるなら討伐されたし”。――どうやら、空振りでは無かったみたいね」
腰に佩いた剣の鞘を撫でながら、シェーナが不敵に笑う。これから待ち受けているであろう戦闘に対して、気後れしている様子は微塵も無い。
「十中八九、《フェイク・ボア》だと思う。大型の蛇が魔素エネルギーに侵されて生まれた魔物で、魔物にしては珍しく幻術も使うんだって師匠から教わったんだ」
敬愛する我が師、サレナ・バーンスピアの笑顔を脳裏に描きながら、私は学んだことをシェーナにも教えた。
「そいつがこの一見隠れる場所の無い平原を根城にして、イミテ村の家畜をこっそり襲っていたってことね。悪知恵が回るというか、せこいというか」
半ば呆れたように溜息をつき、シェーナが剣把を軽く指先で弾く。イミテ村とは、依頼概要に書かれてあった村落のことだ。アヌルーンからは乗り合い馬車で一日ほどの距離にあり、【オーロラ・ウォール】との境目にも近い。南方の空に大写しになった光の銀幕を見上げながら、私は《フェイク・ボア》が潜んでいるであろう座標を特定しようとより一層意識を集中させる。
「どこかに、幻術の基点がある筈。それを探り出せば……!」
「《フェイク・ボア》を炙り出せるってワケね。戦闘の方は任せてシッスル。あなたは敵の幻術を打ち破ることに集中しなさい」
「うん、頼んだよシェーナ」
マゴリア教国が誇る守護聖騎士の力強い言葉に安堵と信頼を覚えつつ、私はカラル平原を隈なくクリアリングしてゆく。
目当てのものに辿り着くまで、然程時間は要しなかった。
「……ここだ。この地点から、幻術の広がりを感じるよ」
そういって私が示した場所は、一見特に何の変哲も無さそうなむき出しの土場だった。
身を隠せるようなものは一切無い。にも関わらず、ここには標的どころか生物自体が居ない。
まさしくまやかしだ。今、この裏には息をひそめて私達をやり過ごそうと考えている、姑息で狡猾な思惑の主が隠れている。
「こちらの準備は出来ているわ。いつでも始めて頂戴」
腰を落としたシェーナが剣の柄に手をかける。
「少し下がっててシェーナ」
「それはダメよ。《フェイク・ボア》が奇襲を仕掛けてきたら、あなたじゃ太刀打ち出来ないでしょ」
融通の利かない真面目な親友の言葉には、苦笑いを返すしかない。気を取り直して、私は術を暴くべく腰の短刀を抜いた。
「始めるよ。後はお願いね」
シェーナが頷くのを横目で見て、私は短刀を構えて呪文を唱えた。
「世にあらざる虚ろな隔り戸よ。汝が術を解き、あるべき姿に戻さん。――“破幻の眩み”!」
言葉を結ぶと同時に短刀の刀身が強い光を放ち始める。白い輝きを宿した刀身を構え、一度大きく振りかぶるとそれを目の前の空間に向けて思い切り振り下ろした。
――サクッ!
光の尾を引きながら剣閃が空気を裂き、薄い木片を両断したような音が鳴る。途端に目の前の景色が歪み、伸縮するようにたわんだ。
ぶれる空間の奥で、鈍い二つの光が私を見据えたような気がした。
「シッスル!」
シェーナの叫びが聴こえたのと、大きな黒い塊が飛び出してきたのは同時だった。
――キシャアアア!!
喉を絞るような甲高い鳴き声。大蛇の魔物が目一杯口を開いて、立ち尽くす私を丸呑みにしようと襲い来る。上下に生えた長い牙からぼたぼたと滴が垂れているのが、奇妙なほどはっきりと見えた。
「ハアアアッ!」
大気を震わす喊声が轟き、私の真横を烈風とともに影が駆け抜ける。ガキン、という重い金属音が鳴り、大蛇の牙が止まった。
「貴様の相手はこの私だ!」
白刃を鞘から抜きざま大蛇の口に差し込み、牙とかち合わせてその勢いを止めたシェーナが堂々と宣言する。私の眼前で、【リョス・ヒュム】の女騎士と人ひとりは難なく丸呑みに出来そうな巨大な蛇が真っ向から睨み合っていた。
私を喰らうのを邪魔された《フェイク・ボア》が、忌々しげに舌を出してシェーナを威嚇する。そのまま一度首を引き、再度攻撃態勢を取ろうとする動きを見せた。
その隙を見逃すシェーナではない。
「遅いッ!!」
ただ一言だけを残して彼女の姿が消える。そして一瞬後には、《フェイク・ボア》の真後ろに青白いオーラを纏ったシェーナの背中が存在していた。斜め右上に振り抜かれた刀身が、【オーロラ・ウォール】の淡い光雨を反射してキラキラと輝いて見えた。
《フェイク・ボア》の動きが停止した。数秒の間を開けてその首が胴よりずれ、完膚なきまでに離れ離れになって地面に落ちる。どうっ、と土埃を巻き上げて大蛇の頭部が力なく横たわり、後に続くかのように胴体の方も糸が切れた操り人形の如くその場に崩れ落ちた。
「討伐完了ね」
息ひとつ切らせていないシェーナが、青いオーラを収めて【スキル】の効力を解除した。
「お、お見事」
間一髪助かったという安堵と、シェーナが見せた技の冴えに対する感嘆が同時に沸き起こる。顔をひきつらせながらもパチパチと拍手する私の目の前で、魔素エネルギーによって生み出された歪な生命体の身体が霧のように解けていき、後には大きな【魔痕】だけを残して消滅した。
◆◆◆
「ありがとうございました! 魔術士様と騎士様のお陰で、また今日から安心して眠れます!」
仕事を終えた私達は、《フェイク・ボア》を討伐した旨をイミテ村に報せた。村長をはじめ不穏な状況にやきもきしていた村の人達は、総出を上げて私達を称えて感謝してくれた。
その余韻を引きずるように、私達は村の宿屋兼食堂で二人だけのささやかな任務成功祝いをすると、夜も更けた頃になって部屋に引き上げた。今夜はここに泊まり、明日の朝で首都行きの乗合馬車に乗ってアヌルーンへ帰る予定だ。
「あー、無事に終わって良かった! これで後は冒険者ギルドに報告して報酬を貰うだけだね」
【依頼】を出したのはイミテ村なんだから村人達から直接貰えば良いじゃんと思うけど、そこはギルドの決まり。職員を交えた上で、不正無く報酬が支払われるかきちんと見届けなければならないらしい。【依頼】にまつわる冒険者のトラブル事情から考えて、そういった規定がきちんと機能しているかは疑問の余地が残るだろうけど、まあここの皆の反応を見る限り今回は大丈夫だろう。
「そうね。【魔痕】も回収したし、奴が食い散らかした羊やら牛の骨も見つけた。他にも《フェイク・ボア》が居ないか入念に当たりを調査した上で、あの一体だけという結論も得た。手抜かりは無かったと見て良いと思うわ」
生真面目なシェーナも満足そうだ。ベッドに四肢を投げ出しながら、私はそんな親友の顔を見つめる。
「どうしたの、シッスル?」
「ううん、なんでもない。またシェーナに助けられちゃったな~って思ってただけ」
「お互い様よ。シッスルが居なかったら、《フェイク・ボア》の幻術に気づくことすら出来なかったんだから。それに私は、あなた専属の守護聖騎士。担当の魔術士を危険から護るのは当然のことだわ」
それでも、シェーナにはいつも感謝してる。胸中に灯る想いを言葉にはせずに、私は目を細めてシェーナに微笑んだ。
【捷疾鬼】出現の騒動から、二ヶ月が経とうとしていた。
私は今、冒険者としてギルドから【依頼】や【任務】を請け負う仕事をシェーナと一緒にしている。公僕であるシェーナをこの稼業に同行させることの是非については、魔術士付きの騎士は特例で許可されているというので特に問題は無い。むしろ懸念はシェーナの気持ちだった。冒険者を嫌う彼女にこの仕事をやると伝えた時に要した勇気は、決して生半可なものじゃない。
しかしながら私の予想に反して、シェーナはあっさりと頷いてくれた。
『シッスルがそうしたいのなら、私もそれで良い』
とだけ、彼女は私に答えたのだ。
シェーナの真意は今ひとつ掴めなかったものの、お陰で私はこうして冒険者稼業に専念出来ている。
「アヌルーンに戻ったら、今度はダンジョン関連の【任務】とか出てないかな……」
「シッスル、あなたまだ拘ってるの?」
ポロッと零した独り言を耳ざとく聞き付けたシェーナが、心配するような眼差しになる。
「あの件は完全に守護聖騎士団の管轄に移った筈よ。消えたオーガの捜索と討伐も含め、諸々の不確定要素に何らかの結論が出るまで西のダンジョンは完全閉鎖。私達が介入する余地は無いわ」
「分かってるよ、ウィンガートさんやブロムさんが街の安全を第一に考えてくれてるってことは。でも、あの時オーガと戦ったのは私達なんだよ。シェーナも覚えてるでしょ? あの、オーロラにも似た変な光る空間からオーガが出現して、消えたのを――」
「そのこともきちんと報告したじゃない。謎の解明は、総長閣下にお任せしておけば良いの。私達に用があれば、あちらからお呼びがかかるわ」
「そうなんだけどね」
冒険者をすることに反対はしなかったシェーナでも、流石にこの前の一件となると話は別だった。
「私の所為で死んでしまったデイアンさんの為にも、遺されたミレーネさんに償いをする為にも、蚊帳の外に置かれたままでいるなんて嫌なの」
「シッスル……」
シェーナが居た堪れなさそうに目を伏せる。
分かっている、これは私のワガママに過ぎないって。シェーナに守られている身で何を言っているんだって、私が第三者の立場ならそう言うだろう。
ただ、このワガママに従って私はデイアンさんの遺志を偽造し、ミレーネさんに見せることまでやったのだ。ここまで来たらもう、中途半端には終わらせられない。このワガママを貫き通す。
その為の冒険者稼業なんだ。私はいつか、あの事件の真相を解き明かす。
二ヶ月という時間が経過した今でも、その気持ちは微塵も揺らがない。
「あの~、お休み中のところすみません。少し、よろしいでしょうか?」
ふと、ノックの音と共に扉の向こうから控えめな声が掛かる。声の主は、この宿屋の主人だ。
「ご主人、如何いたした?」
即座に感情と表情を切り替えたシェーナが、凛とした口調で答える。
「実は、お客様にお会いしたいという方がいらっしゃいまして。差し支えなければ、お取次ぎしてもよろしいでしょうか?」
イミテ村に私達の知り合いは居ない。にも関わらず訪問者? それも、こんな夜中に?
私とシェーナは緊張した面持ちで、お互いに見つめ合った。
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