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第二章
第三十六話 侵食
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「シッスル、お疲れ様」
勝利の歓呼と鐘の音の余韻に浸っていると、シェーナが隣に戻ってきて労いの言葉を掛けてくれた。
「ううん、私は殆ど何もしてないよ。勝てたのは他の魔術士達や守護聖騎士の皆さん、冒険者の人達が協力して頑張ったからだから」
「そうね。本当に上手くいって良かった。冒険者組が統制を乱さず、作戦通りに動いてくれたことが大きかったわね。カーヴァー隊長の指揮能力は流石だわ」
「ミレーネさんやモードさんも、命令からはみ出さずに精一杯働いてくれたよ」
「それからカティアも。まあ、彼女は後方支援担当だから戦闘には殆ど加わっていないと思うけど」
真下の状況を眺めながら、私とシェーナは顔を見合わせて笑みを溢した。
三人の姿を探してみたいけど、冒険者も守護聖騎士も分け隔てなく肩を寄せ合って勝利を祝っているあの状況の中から見つけ出すのは困難だろう。特にカティアさんとかは、鎧と兜で他の騎士と見分けがつかなくなっているだろうし。
「魔術士達の働きも見事だったわ。彼らが魔法で魔物達の数を減らしてくれたお陰で、殲滅には然程時を要さずに済んだ。大教会の鐘が鳴る中で勝利を飾れるなんて、主の御高配かしらね」
シェーナは茜色の空を見上げて、未だに鳴り続けている鐘の音に耳を澄ませた。
私は丘の下から目を外し、周囲で同じように喜びを分かち合う魔術士とお付きの騎士達の様子を眺めた。誰もが皆、旧来の親友のように屈託なく笑い合っている。そこにはお互い敵意も警戒心も無い。魔界との繋がりを恐れられている魔術士なんて、本当はひとりも存在しないんじゃないかとさえ思えるくらいに打ち解けた様子だった。
……良いものだね、こういうの。
「魔物共が散らばらず、私達が到達するまで一箇所に留まり続けたのもきっと主の御加護によるものよ。街に帰ったら、精一杯の礼拝をして感謝の意を捧げないと」
「……うん?」
シェーナが不意に漏らした言葉が、何故か引っ掛かった。
魔素の影響で魔物化したとは言え、彼らは元々は地上に生きる動物達。そこには様々な種族の違いがあり、当然ながら各々の生態や生活圏といったものも異なっている。
それがバラバラに点在せず、ひとつ所に固まっていた……?
「ねえシェーナ、それっておかしくないかな?」
「え? 何がよシッスル?」
私はたった今浮かんだ疑問をシェーナにも説明した。すると彼女も難しい顔になる。
――ゴーン……! ゴーン……! ゴーン……!
大教会の鐘はまだ鳴り続けていた。何だか今日は、やけに長く感じる。
「……言われてみれば確かに変ね。第二種の魔物は強力で凶悪とは言え、基本的には魔物化する前の生態を保っている場合が多いわ。だからこそ、【依頼】や【任務】という形で冒険者に討伐を委ねるなんていう、悠長な仕組みが成立しているの。今日のような動きは、第二種の魔物らしくない傾向だわ」
「シェーナなら、どんな理由があると思う? やっぱりさっき言ってたように、主神ロノクスが私達を助けてくれたのかな?」
正直、そうだと肯定してほしい気もした。しかし“信仰”から“理詰め”に心を切り替えたシェーナは、眉根を寄せたまま視線を上げて言ったのだ。
「現実的な見当をつけるとするなら……何者かがそうするよう誘導した、とか」
「それって、やっぱりしゅ……」
「いいえ、違うわ。魔物に干渉出来る存在となると、実際のところまず第一に浮かぶのは――魔族よ」
魔族と聴いて、私はぐっと肚に力が込もるのを感じた。そう言えば、そもそもこんな事態が生じたことに対して魔族の関与を疑う声は、冒険者達の中からも挙がっていたんだ。
「西側に、魔族の存在は確認されてないって話だったけど」
「でも他の方面では分からない。情報が回ってこなかったから、私達には確かめようも無かった」
「本当は、此処にも魔族の影があった……?」
「その可能性は、高いと思う」
「それじゃあ、魔物が大発生したのも、それが一箇所に固まっていたのも……」
「魔族が、彼らを支配してそうさせたというのが一番しっくりくる見解、だと思うわ」
ごくり、と思わず生唾を飲み込んだ。嫌な汗が背中から吹き出てくる。
「隊長さんに教えなきゃ……!」
「待ちなさいシッスル!」
慌てて駆け出そうとした私の手を、シェーナが掴んだ。
「カーヴァー隊長は思慮深い方よ。いま私達が考えたようなことは、最初から織り込み済みだと思うわ。その上で彼はこの作戦を立案して、そして実際それは上手く行った」
「……私達の取越苦労ってこと?」
「そこまでは分からない。ただもう既にこうして魔物共は全て退治出来たんだし、そこまで焦る必要も無いと思うのよ」
シェーナは一度辺りを見渡してから、声を潜めて続けた。
「いま私達が取り乱したら、何かあったのかと不審に思う人達も出てくると思う。一軍として行動している以上、統率を乱すようなことは避けるべきだわ。賀辞を献じる体で、何食わぬ顔をして報せに行きましょう」
私はシェーナの言いたいことを理解した。
魔族の存在は、魔物の比では無いくらいの一大事だ。いま考え至ったことを隊長さんに報告し、隊長さんの考えも知っておくことは必要だが、あくまでもそれはさりげない風を装い、周囲に無用の混乱をもたらすことを避ける形で行わなければならない。
この軍は魔術士、冒険者、守護聖騎士の混成部隊なのだ。些細な切っ掛けで大混乱に陥る恐れがある。
「分かったよ。それじゃ、一緒に隊長さんのところへ行こう」
「ええ。少し待ってて、この場を離れることを一応誰かに……!?」
振り返ったシェーナが息を呑んで固まった。彼女の様子を不審に思い、その視線を辿って……私も同様に立ち尽くす。
「な、に……これ……?」
私達の居るこの場所一帯を囲むように空を覆う、光の銀幕。波打つ輝きはとても流動的で、それでいて強固な壁を思わせる威圧感を放つ。
オーロラ・ウォールが、私達の周囲に発生していた。
「おい見ろ! オーロラだ、オーロラが出現しているぞ!!」
事態に気付いた誰かが、声も嗄れんばかりに叫んだ。その切羽詰まった声に導かれて、他の人達もオーロラの存在に気付く。
「うおっ!? なんだよこりゃ!?」
「オーロラ!? どうして此処に!?」
「辺り一面覆われてるぜ!? 俺達、閉じ込められたのか!?」
突如起こった異常事態に、あちこちから困惑の声が上がる。勝利の余韻は瞬く間に醒め、一瞬前まで喜び祝っていた人々が急転する状況に浮足立つ。
「鎮まれ! 気を落ち着けて指揮官の命を待つのだ!」
シェーナや、冷静さを失わなかった他の守護聖騎士達が混乱を抑えようとする。
しかし大多数の人々は、オーロラ・ウォールという絶対不変の存在が突如として自分達を取り囲んだことに対して恐怖を抱いていた。冒険者達や魔術士だけでなく、守護聖騎士の中にも膝を付き手を掲げて主神や聖人に赦しを乞うている人も居る。
かくいう私も、彼らとは違う意味で戦慄していた。
気付けば、大教会の鐘の音はもう止んでいる。
ダンジョンで見た光景が、生々しい現実感を伴って脳内に蘇る。
天空に浮かぶオーロラに波紋が走り、水中から水面に浮上するかのようにそこから“何か”が顔を出す。
ボロボロになった黒いローブ、水分が抜けて干からびた人間のような顔、枯れ枝と見紛う程の痩せた手に握られた杖、落ち窪んだ眼窩から覗く禍々しい赤い光――。
「魔族……!」
その威容、この威圧感、オーロラから現れたそいつは間違いなく魔界の住人、魔族だった。
「あれは……リッチか!?」
シェーナがそいつの名を口にする。【リッチ】、枯死した人間に似た容姿を持つ強力な魔法の使い手だ。
地上で右往左往する私達の姿を認めたリッチが、眼窩の赤い光を更に強めて手にした杖を高く掲げる。髑髏のような口から呪詛のような金切り声が漏れ、杖に嵌め込まれた黒い石のようなものが怪しく光る。
たちまちの内に練り上げられた魔力は、私達を喰らう悪意の波動となって今にも放たれんとしていた。
「守護聖騎士団、防御の聖術を展開せよ!!」
誰もがこの異様な状況に呑まれていた時、丘の下から飛んできたその大音声はやたらと澄明に響き渡った。カーヴァー隊長だ。
途端に、金縛りが解けたかのように守護聖騎士達に精彩が宿る。
「主よ、我らを護り給え――“魔断斗気”!」
規律を取り戻した騎士達が一斉に結界を張る。シェーナも、私を背後に庇いながら自分のクリスタルを翳して同様の聖術を行使した。魔術士も、冒険者も、全ての者が分け隔てなくその内側に守られる。
その行動は、ぎりぎりのところで間に合った。
リッチが杖をくるりと回転させ、黒い石の部分をこちらに向ける。直後に、空間を歪めるほどの魔力の顕現が起こり、黒い石から骨太の赤黒い光波が放たれた。
純白の結界と、赤黒い光波が激突する。
「ぐぅっ!?」
シェーナの口から呻きが漏れ、大地が揺れる。リッチが放った魔力の波動は凄まじい威力を誇り、守護聖騎士達が作り上げた結界をその圧倒的な力で叩き割ってしまえるのでは無いかとすら思われた。
だが懸念に反して、聖なる純白の結界はリッチの邪悪な攻撃を防ぎ切っている。
聖術によって弾かれた魔力が、大気に透けるように消えていって……
「……ない!?」
熱した石に当たった水が蒸発するように、結界に阻まれた赤黒い光波は黒い霧となって消えるかに思われた。
しかし実際には消えるどころか、見る見るその量を増して結界を包み込むかのように広がりを見せている。それは丘の下にまで波及し、下に居る皆を覆い隠そうとする。
結界の光ですら遮ってしまいそうな濃い闇が、次第に私達を飲み込んでゆく。
「くっ……! もう、限界……!」
「シェーナ!?」
聖術の使用限界を迎えたシェーナが膝を折る。他の守護聖騎士達も同様らしく、疲れ果てたように崩折れる人が続出した。私達を守っていた純白の結界も、とうとう形を留めることが出来なくなって解除されてしまう。
「シェーナ、しっかり!」
私は膝を折ったシェーナの傍にしゃがみ込み、彼女の身体を支える。
結界は消えてしまったが、幸いなことにリッチの攻撃も止んでおり、辺りに黒い霧は立ち込めているもののそれ以上の追撃が来る気配も今のところ無い。リッチは上空を漂いながら、私達をじっと観察するように眺めているだけだ。何を考えているかは分からないが、こちらに猶予が与えられたのは確かだった。
「ハァ、ハァ……! シッスル、無事……!?」
「私は大丈夫だよ! ありがとうシェーナ、休んでて! ここからは私が!」
疲れてはいるけどそれ以上の不調は無さそうなシェーナの様子を見て一先ず安堵した私は、そっと彼女から離れて立ち上がる。そして上空のリッチを、その後ろに広がるオーロラを見据えた。
やはり、魔族は強い。ことにリッチは魔界における魔法の達人と言って良く、たった一体だけでもその脅威はかくの如しだ。
このままでは分が悪い。ここは一度撤退して態勢を立て直すべきだろう。
「あのダンジョンと同じだって言うなら……! そしてもし、この間のギシュールさん達と見たオーロラと、あれが同じものだとしたら……!」
打開策は、ある。あのオーロラを打ち破ることが出来れば、少なくともそこから逃げられる可能性が出てくるのだ。
私なら、それが可能だ。
「皆さん! 私があのオーロラに穴を開けます! そこから……!」
取り敢えず、この場に居る魔術士と守護聖騎士だけでも先に逃したい。そう思って彼らに呼びかけたのだが……。
「え……!?」
そこで私は絶句することになる。
「うぎゃあああ!!」
「やめろ! 入ってくるな! 出ていけえええ!!」
「違う! 俺は人間だ! 人間なんだァァァ!!」
黒い霧に包まれた魔術士達が、苦しみ悶えていた。
勝利の歓呼と鐘の音の余韻に浸っていると、シェーナが隣に戻ってきて労いの言葉を掛けてくれた。
「ううん、私は殆ど何もしてないよ。勝てたのは他の魔術士達や守護聖騎士の皆さん、冒険者の人達が協力して頑張ったからだから」
「そうね。本当に上手くいって良かった。冒険者組が統制を乱さず、作戦通りに動いてくれたことが大きかったわね。カーヴァー隊長の指揮能力は流石だわ」
「ミレーネさんやモードさんも、命令からはみ出さずに精一杯働いてくれたよ」
「それからカティアも。まあ、彼女は後方支援担当だから戦闘には殆ど加わっていないと思うけど」
真下の状況を眺めながら、私とシェーナは顔を見合わせて笑みを溢した。
三人の姿を探してみたいけど、冒険者も守護聖騎士も分け隔てなく肩を寄せ合って勝利を祝っているあの状況の中から見つけ出すのは困難だろう。特にカティアさんとかは、鎧と兜で他の騎士と見分けがつかなくなっているだろうし。
「魔術士達の働きも見事だったわ。彼らが魔法で魔物達の数を減らしてくれたお陰で、殲滅には然程時を要さずに済んだ。大教会の鐘が鳴る中で勝利を飾れるなんて、主の御高配かしらね」
シェーナは茜色の空を見上げて、未だに鳴り続けている鐘の音に耳を澄ませた。
私は丘の下から目を外し、周囲で同じように喜びを分かち合う魔術士とお付きの騎士達の様子を眺めた。誰もが皆、旧来の親友のように屈託なく笑い合っている。そこにはお互い敵意も警戒心も無い。魔界との繋がりを恐れられている魔術士なんて、本当はひとりも存在しないんじゃないかとさえ思えるくらいに打ち解けた様子だった。
……良いものだね、こういうの。
「魔物共が散らばらず、私達が到達するまで一箇所に留まり続けたのもきっと主の御加護によるものよ。街に帰ったら、精一杯の礼拝をして感謝の意を捧げないと」
「……うん?」
シェーナが不意に漏らした言葉が、何故か引っ掛かった。
魔素の影響で魔物化したとは言え、彼らは元々は地上に生きる動物達。そこには様々な種族の違いがあり、当然ながら各々の生態や生活圏といったものも異なっている。
それがバラバラに点在せず、ひとつ所に固まっていた……?
「ねえシェーナ、それっておかしくないかな?」
「え? 何がよシッスル?」
私はたった今浮かんだ疑問をシェーナにも説明した。すると彼女も難しい顔になる。
――ゴーン……! ゴーン……! ゴーン……!
大教会の鐘はまだ鳴り続けていた。何だか今日は、やけに長く感じる。
「……言われてみれば確かに変ね。第二種の魔物は強力で凶悪とは言え、基本的には魔物化する前の生態を保っている場合が多いわ。だからこそ、【依頼】や【任務】という形で冒険者に討伐を委ねるなんていう、悠長な仕組みが成立しているの。今日のような動きは、第二種の魔物らしくない傾向だわ」
「シェーナなら、どんな理由があると思う? やっぱりさっき言ってたように、主神ロノクスが私達を助けてくれたのかな?」
正直、そうだと肯定してほしい気もした。しかし“信仰”から“理詰め”に心を切り替えたシェーナは、眉根を寄せたまま視線を上げて言ったのだ。
「現実的な見当をつけるとするなら……何者かがそうするよう誘導した、とか」
「それって、やっぱりしゅ……」
「いいえ、違うわ。魔物に干渉出来る存在となると、実際のところまず第一に浮かぶのは――魔族よ」
魔族と聴いて、私はぐっと肚に力が込もるのを感じた。そう言えば、そもそもこんな事態が生じたことに対して魔族の関与を疑う声は、冒険者達の中からも挙がっていたんだ。
「西側に、魔族の存在は確認されてないって話だったけど」
「でも他の方面では分からない。情報が回ってこなかったから、私達には確かめようも無かった」
「本当は、此処にも魔族の影があった……?」
「その可能性は、高いと思う」
「それじゃあ、魔物が大発生したのも、それが一箇所に固まっていたのも……」
「魔族が、彼らを支配してそうさせたというのが一番しっくりくる見解、だと思うわ」
ごくり、と思わず生唾を飲み込んだ。嫌な汗が背中から吹き出てくる。
「隊長さんに教えなきゃ……!」
「待ちなさいシッスル!」
慌てて駆け出そうとした私の手を、シェーナが掴んだ。
「カーヴァー隊長は思慮深い方よ。いま私達が考えたようなことは、最初から織り込み済みだと思うわ。その上で彼はこの作戦を立案して、そして実際それは上手く行った」
「……私達の取越苦労ってこと?」
「そこまでは分からない。ただもう既にこうして魔物共は全て退治出来たんだし、そこまで焦る必要も無いと思うのよ」
シェーナは一度辺りを見渡してから、声を潜めて続けた。
「いま私達が取り乱したら、何かあったのかと不審に思う人達も出てくると思う。一軍として行動している以上、統率を乱すようなことは避けるべきだわ。賀辞を献じる体で、何食わぬ顔をして報せに行きましょう」
私はシェーナの言いたいことを理解した。
魔族の存在は、魔物の比では無いくらいの一大事だ。いま考え至ったことを隊長さんに報告し、隊長さんの考えも知っておくことは必要だが、あくまでもそれはさりげない風を装い、周囲に無用の混乱をもたらすことを避ける形で行わなければならない。
この軍は魔術士、冒険者、守護聖騎士の混成部隊なのだ。些細な切っ掛けで大混乱に陥る恐れがある。
「分かったよ。それじゃ、一緒に隊長さんのところへ行こう」
「ええ。少し待ってて、この場を離れることを一応誰かに……!?」
振り返ったシェーナが息を呑んで固まった。彼女の様子を不審に思い、その視線を辿って……私も同様に立ち尽くす。
「な、に……これ……?」
私達の居るこの場所一帯を囲むように空を覆う、光の銀幕。波打つ輝きはとても流動的で、それでいて強固な壁を思わせる威圧感を放つ。
オーロラ・ウォールが、私達の周囲に発生していた。
「おい見ろ! オーロラだ、オーロラが出現しているぞ!!」
事態に気付いた誰かが、声も嗄れんばかりに叫んだ。その切羽詰まった声に導かれて、他の人達もオーロラの存在に気付く。
「うおっ!? なんだよこりゃ!?」
「オーロラ!? どうして此処に!?」
「辺り一面覆われてるぜ!? 俺達、閉じ込められたのか!?」
突如起こった異常事態に、あちこちから困惑の声が上がる。勝利の余韻は瞬く間に醒め、一瞬前まで喜び祝っていた人々が急転する状況に浮足立つ。
「鎮まれ! 気を落ち着けて指揮官の命を待つのだ!」
シェーナや、冷静さを失わなかった他の守護聖騎士達が混乱を抑えようとする。
しかし大多数の人々は、オーロラ・ウォールという絶対不変の存在が突如として自分達を取り囲んだことに対して恐怖を抱いていた。冒険者達や魔術士だけでなく、守護聖騎士の中にも膝を付き手を掲げて主神や聖人に赦しを乞うている人も居る。
かくいう私も、彼らとは違う意味で戦慄していた。
気付けば、大教会の鐘の音はもう止んでいる。
ダンジョンで見た光景が、生々しい現実感を伴って脳内に蘇る。
天空に浮かぶオーロラに波紋が走り、水中から水面に浮上するかのようにそこから“何か”が顔を出す。
ボロボロになった黒いローブ、水分が抜けて干からびた人間のような顔、枯れ枝と見紛う程の痩せた手に握られた杖、落ち窪んだ眼窩から覗く禍々しい赤い光――。
「魔族……!」
その威容、この威圧感、オーロラから現れたそいつは間違いなく魔界の住人、魔族だった。
「あれは……リッチか!?」
シェーナがそいつの名を口にする。【リッチ】、枯死した人間に似た容姿を持つ強力な魔法の使い手だ。
地上で右往左往する私達の姿を認めたリッチが、眼窩の赤い光を更に強めて手にした杖を高く掲げる。髑髏のような口から呪詛のような金切り声が漏れ、杖に嵌め込まれた黒い石のようなものが怪しく光る。
たちまちの内に練り上げられた魔力は、私達を喰らう悪意の波動となって今にも放たれんとしていた。
「守護聖騎士団、防御の聖術を展開せよ!!」
誰もがこの異様な状況に呑まれていた時、丘の下から飛んできたその大音声はやたらと澄明に響き渡った。カーヴァー隊長だ。
途端に、金縛りが解けたかのように守護聖騎士達に精彩が宿る。
「主よ、我らを護り給え――“魔断斗気”!」
規律を取り戻した騎士達が一斉に結界を張る。シェーナも、私を背後に庇いながら自分のクリスタルを翳して同様の聖術を行使した。魔術士も、冒険者も、全ての者が分け隔てなくその内側に守られる。
その行動は、ぎりぎりのところで間に合った。
リッチが杖をくるりと回転させ、黒い石の部分をこちらに向ける。直後に、空間を歪めるほどの魔力の顕現が起こり、黒い石から骨太の赤黒い光波が放たれた。
純白の結界と、赤黒い光波が激突する。
「ぐぅっ!?」
シェーナの口から呻きが漏れ、大地が揺れる。リッチが放った魔力の波動は凄まじい威力を誇り、守護聖騎士達が作り上げた結界をその圧倒的な力で叩き割ってしまえるのでは無いかとすら思われた。
だが懸念に反して、聖なる純白の結界はリッチの邪悪な攻撃を防ぎ切っている。
聖術によって弾かれた魔力が、大気に透けるように消えていって……
「……ない!?」
熱した石に当たった水が蒸発するように、結界に阻まれた赤黒い光波は黒い霧となって消えるかに思われた。
しかし実際には消えるどころか、見る見るその量を増して結界を包み込むかのように広がりを見せている。それは丘の下にまで波及し、下に居る皆を覆い隠そうとする。
結界の光ですら遮ってしまいそうな濃い闇が、次第に私達を飲み込んでゆく。
「くっ……! もう、限界……!」
「シェーナ!?」
聖術の使用限界を迎えたシェーナが膝を折る。他の守護聖騎士達も同様らしく、疲れ果てたように崩折れる人が続出した。私達を守っていた純白の結界も、とうとう形を留めることが出来なくなって解除されてしまう。
「シェーナ、しっかり!」
私は膝を折ったシェーナの傍にしゃがみ込み、彼女の身体を支える。
結界は消えてしまったが、幸いなことにリッチの攻撃も止んでおり、辺りに黒い霧は立ち込めているもののそれ以上の追撃が来る気配も今のところ無い。リッチは上空を漂いながら、私達をじっと観察するように眺めているだけだ。何を考えているかは分からないが、こちらに猶予が与えられたのは確かだった。
「ハァ、ハァ……! シッスル、無事……!?」
「私は大丈夫だよ! ありがとうシェーナ、休んでて! ここからは私が!」
疲れてはいるけどそれ以上の不調は無さそうなシェーナの様子を見て一先ず安堵した私は、そっと彼女から離れて立ち上がる。そして上空のリッチを、その後ろに広がるオーロラを見据えた。
やはり、魔族は強い。ことにリッチは魔界における魔法の達人と言って良く、たった一体だけでもその脅威はかくの如しだ。
このままでは分が悪い。ここは一度撤退して態勢を立て直すべきだろう。
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打開策は、ある。あのオーロラを打ち破ることが出来れば、少なくともそこから逃げられる可能性が出てくるのだ。
私なら、それが可能だ。
「皆さん! 私があのオーロラに穴を開けます! そこから……!」
取り敢えず、この場に居る魔術士と守護聖騎士だけでも先に逃したい。そう思って彼らに呼びかけたのだが……。
「え……!?」
そこで私は絶句することになる。
「うぎゃあああ!!」
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桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
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