独立不羈の幻術士

ムルコラカ

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第二章

第四十一話 危険分子

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猊下げいか!? 何故此処に!?」

 シェーナは驚きを露わにしつつも騎士の礼を取り、ユリウス大主教を出迎えた。

「今しがたこの地に発生していた光の正体をこの目で見極めてくれんと思ってな。残念なことに、儂が到着すると同時に消失してしまったようじゃが」

 大主教は馬に跨ったまま、じろりと辺りを睥睨へいげいして鼻を鳴らした。

「そなたらだけか? 他の者達はどうしたのじゃ?」

「それが……」

 シェーナは緊迫した顔を私に向けた。

 彼女の心は手に取るように分かる。この人に、包み隠さず全てを話してしまっても良いものだろうか、と躊躇う気持ちがあるのだ。

 大主教は魔術士を毛嫌いしている。そんな彼がダール丘陵での戦いの顛末を知ったらどう思うのか、私も良い予感はしない。

 しかし、だからといってここでだんまりとはいかないだろう。遅かれ早かれ、彼には伝わる。他人からの報告で耳に入るより、自分達で話してしまった方が良い。

 無論、シェーナも私と同じように考えただろう。

「大主教猊下、守護聖騎士シェーナ・クイより報告致します。当初の作戦通り、我々はこの地に現れた魔物共を駆逐したのですが――」

 直立不動の姿勢を取ったシェーナは、ダール丘陵で何が起こったのかを簡潔に説明してゆく。

 ただ一点、リッチ討伐についてだけは特に私の功績を強調するように話していた。ミレーネさんもモードさんも後ろで聴いていたのだが、シェーナの意図を察してくれたのか口を挟むようなことは控えてくれた。

「大主教に付いてるヤツら、アレだよな? 【粛正隊】だかっていう……」

「ええ。総主教聖下、並びに三大主教の近衛を任されてる最精鋭の騎士達って噂ね」

 声を潜めた二人の会話が私の耳に届く。

 粛正隊――。守護聖騎士団の中から更に選抜された騎士達で構成された親衛隊か。確か以前、イル=サント大教会に彼らの宿営所があるという話を聴いた覚えがある。

「ううむ……!」

 シェーナの報告を聴き終えたユリウス大主教は、眉間にシワを寄せて低く唸った。その顔には、明らかに不快と不審が表れている。

「これは、一方ひとかたならぬ由々しき事態じゃな。オーロラ・ウォールを模した光の壁から魔族が出現しただけでなく、魔術士共が魔のケガレに当てられて味方に牙を剥くとは。まったくもってけしからん! 彼奴らを守っていた守護聖騎士達が不憫でならぬわい」

 真っ先に被害を受けた魔術士付きの守護聖騎士を悼む言葉には、悲しみよりも怒りが強く込められている。

「そこで倒れている騎士もそうか?」

 ユリウス大主教の眼差しがカティアさんに向けられた。カティアさんは今、大主教が連れてきた派手な装いの騎士さん達が看ている。彼女を搬送するための担架が運ばれてくるのを横目で盗み見てから、シェーナは畏まって答えた。

「いえ、カティアが負傷したのはリッチの攻撃を受けた所為です。彼女がシッスルを庇ったお陰で、オーロラを打ち破り見事リッチを――」

「オーロラでは無い、オーロラは彼処よ。主が定められた【天光の輪】は、いついかなる時も揺るがずそこにあるのじゃ。そなたらを閉じ込めたのは、恐れ多くもオーロラを真似た不敬な作り物に過ぎん。魔族の考えそうなことじゃ」

 初めて彼と出会った時と同じことを言っている。私は猛烈に嫌な予感がした。

 案の定、次にユリウス大主教は憎悪と嫌悪に染まりきった目で私を睨みつけた。

「そこな魔術士! 貴様は何故、魔のケガレに侵されておらん!?」

「そ、それは……!」

 むしろ私が知りたいくらいだ。他の魔術士達がリッチの生み出した黒い霧の効果で狂っていく中、どうして私だけが無事だったのか。

 ……残念ながら、納得の行く理由が見当たらない。それはすなわち、目の前で憤りに身を焼かれている僧侶に対して理路整然とした説明が出来ないのと同じことだった。

「覚えておるぞ……! 貴様は以前、西のダンジョンで起きた騒動の折に現場に居た魔術士であろう! あの時も怪しいと思っておったが、二度目ともなれば斟酌しんしゃくは不要であろうな!」

「お、お待ち下さい猊下!」

 シェーナが何とかユリウス大主教を宥めようとするが、完全に頭に血が上った彼には逆効果だった。

 そこへ折悪しく、周囲の偵察に赴いていたと思しき彼の配下達が、満身創痍の守護聖騎士達を何人か伴って帰ってきた。

「猊下、報告致します! この者達は、魔術士を管理するよう命ぜられた騎士達です! 彼らの言によると、対象者の魔術士達が突然気が触れたかのように振る舞い始め、味方を攻撃してきたとのことです!」

「うむ!」

 直属の部下からの報告で裏付けを得た大主教は、口元を皮肉げに歪めて左右を振り返る。

「今すぐ、全ての魔術士を拘束せよ! 厳重な監視の上で、街の監獄へと連行するのじゃ!」

「はっ!」

 上司の意を受けて、粛正隊達が素早く動き始める。大主教のギラリと光る目が再び私を捉えた。

「当然、そこの小娘もだ!」

 やっぱりそうきたか……! 戦慄する私に、派手で目立つ鎧の粛正隊が用心深くジリジリと近付いてくる。彼らの手の内で光っているのは、全く魔のケガレに侵されていない清明なクリスタルだった。

「そんな……!? シッスルには何ら影響が出ておりません! リッチを討伐出来たのも、彼女の働きがあればこそです!」

 シェーナが血相を変えて抗議するも、大主教はそんな彼女へ冷眼を向けた。

「目に見える影響が無いからと言って、無害であるという証拠にはならん! 表面化していないだけで、本人でも預かり知らぬところで魔のケガレが進行しておるのやも知れんのじゃぞ!」

「それは……!」

「儂はアヌルーンの治安を司っておる! 街の安全保障という観点から見れば、暴走の恐れがある魔術士を自由にさせておくことは罷りならん! よって魔術士は全て捕縛し、厳正な審議の上で今後の処遇を考えるのじゃ!」

 大主教の言うことは、当の私から見ても正論だった。魔術士が味方である筈の騎士達を攻撃したのは、動かしようのない事実なのだ。

 国教会に三人存在する大主教の内、ユリウス大主教は街の軍事を束ねる立場にある。その彼が主張すれば、この場ではそれが絶対になってしまう。前に取りなしてくれた守護聖騎士団のウィンガート総長も、此処には居ない。

 ……ダメだ、少なくとも今は打つ手が無い。抵抗する素振りを見せたり逃げようとしたりすれば、粛正隊の持つクリスタルが容赦なく聖術を顕現させるだろう。

「待って下さい! シッスルさんを捕まえるなんて、そんなことは認められませんよ!」

「国教会ってのは、上げた手柄にお縄で褒美を与えるってのが流儀なのかよ。んなこたぁねぇよなァ!?」

 ミレーネさんとモードさんが、声に剣呑なものを含ませて粛正隊の前に立ちはだかろうとした。

「止めて下さい、ミレーネさん、モードさん! ……私なら大丈夫ですから」

 私は二人の背中に鋭く制止の言葉を投げつける。二人共、不服そうな表情で私を振り返った。

 私を背後に守ろうとしてくれた二人には感謝の言葉も無い。だがしかし、ここで私を庇ったら一緒に罪人扱いされてしまう。それは絶対に避けるべきだった。

「シッスルさん、こんなのは理不尽です! 無理して従わなくても良いんですよ!?」

「ありがとうございます、ミレーネさん。そのお気持ちだけで、私は嬉しいです」

 肩を震わせて怒りを露わにする彼女に、私はそっと微笑みかけた。彼女の怒りは、私のことを仲間と思ってくれているからこそだ。お兄さんを永遠に奪ってしまった私を、そこまで受け入れてくれたことに対して本当は涙を流して感謝したいところだった。モードさんにしても同じだ。

 でもだからこそ、そんな二人をこれ以上巻き込めない。

「本当に罪を得たわけじゃありません。これからの審議が上手く運ぶよう祈っていて下さい」

 私がそう言うと、ミレーネさんもモードさんも何も言わず、唇を噛んで俯いた。この場では大主教の決定に従わざるを得ないと、この二人も分かっているのだ。

 私は二人の間をすり抜けるように前へ歩み出た。シェーナと目が合う。

「…………」

 シェーナの表情は、幼かった頃の彼女を彷彿とさせた。どうしたら良いか分からず、ただ立ち尽くして目の前の現実を見詰めることしか出来ない茫然自失の心理。私に対して立てた誓いと、守護聖騎士として立てた誓いとの狭間で、シェーナは今まさに板挟みになっているのだろう。

 私は敢えて声をかけず、ただ彼女に笑いかけた。シェーナは縋るような眼差しを一層強くして私に手を伸ばした。が、足は縫い付けられたようにその場から一歩も動くことなく、伸ばされた手も力なくだらりと垂れ下がり、ゆっくりと握り拳を作る。彼女の顎がガクリと下に落ちた。伏せられた表情は、もう私からは見えない。

 そんなシェーナと私の線を断ち切るがごとく、粛正隊の騎士達が私を囲む輪を狭めて来た。騎士達の肩越しに、馬に跨ったユリウス大主教の姿が見える。

 初対面の時から良い印象は抱かなかった。捷疾鬼オーガの出現も全て私の所為と決めつけ、私のみならず師匠まで侮辱した彼の姿は今でもはっきりと思い出せる。

 その彼の命令で捕まることは、身体の芯が灼かれるような悔しさを伴うことだった。けれども、ここは感情に蓋をしなければならない。

 あの時とは違い、今回は彼の決定を覆すだけの反論の余地は残されていないのだから。

 全ては、この場を穏便に済ませる為。そう心で念じながら、私は神妙に耐えた。

 縄を手にした騎士が、私の手首を捻り上げようと身を寄せてきた時だ。

 不意に、突風が巻き起こった。

「うわっ!?」

「な、なんだ!?」

 その風は思わず顔を腕で庇ってしまう程強く、執拗だった。私を捕えようと近付いていた騎士達が思わず一歩下がるのが音と気配で感じられた。

 ふと、足元に違和感を覚えた。反射的に視線を下に落とすと、そこには魔法陣のようなものが浮かび上がっている。

「これは……!?」

 私の問いに答えるかのように魔法陣が怪しく輝き、私の足元から黒い何かが噴出した。

「わっ!?」

 分厚く、それでいて柔らかくしなる縦に長く伸びた楕円形の黒い板のようなもの。それが何本も私の足元から出現して周囲を瞬く間に覆い尽くしてゆく。

 私を捕えようとしていた騎士達は、そのしなる黒板に阻まれてこちらに近付けない。呆然とそれらを眺めていた私は、やがて自分を囲むものの正体に気付いた。

 それは巨大な黒い大輪の花だったのだ。しなる板は、花を飾り立てる花弁だ。

 黒い花弁は私を中心に、周囲の者を拒絶するように生じている。まるで自分が雌しべになったかのようだ。突然現れた謎の黒花に気圧されて、粛正隊の騎士達はジリジリと後退して行く。

「何をしておる! あれは魔法じゃ! 聖術で打ち消してしまえ!」

 ユリウス大主教の叱咤を受けて、粛正隊の騎士達は思い出したかのようにクリスタルを構えた。

 だが彼らが聖術を使う前に、黒い花弁の間からひとりの人物が顔を覗かせる。その後姿を見た時、私は思わず「あっ!」と叫んだ。

「はぁ~い、皆さん。盛り上がっているところ失礼するわね」

「し、師匠!?」

 なんと、それは私の師サレナ・バーンスピアその人だった。あまりにも突然な師匠の登場に、私はただ目を瞬かせるだけだ。

「サレナ様!? いけません! 何をしようとなさっているのですか!?」

 シェーナの悲痛な声が聴こえる。目を走らせると、彼女はミレーネさんとモードさんに両脇を擁されてこの場から遠ざかっていくところだった。ズルズルと引き離されながらもシェーナは、何かを恐れるような、切羽詰まった必死な表情でしきりに師匠と私の名を呼んでいる。

「貴様……! 《幽幻の魔女》! おのれ、弟子を我らに引き渡さぬ気か!?」

 ユリウス大主教が、顔を真っ赤に染めて馬の上から吠える。怒り心頭の彼に対し、師匠は場違いに間延びした声で答えた。

「そうよ~。悪いんだけど、貴方達にシッスルをどうこうする権利なんて無いの。よって~、この子は私が引き取らせてもらいま~す!」

「師匠、どうして此処に……!?」

 師匠は悪戯っぽい顔で私の方へ振り返り、片目を瞑りながら人差し指を唇に当てた。

「後で説明するわ、私のシッスル。今はまず、あのポンコツ大主教にお灸を据えないと、ね」

 師匠が片手を上げ、指をパチンと鳴らす。

 すると、私達を守る黒い大輪が更にその花弁を押し広げた。圧倒的な魔力の発露を前に、粛正隊の騎士達が対抗すべく手に持ったクリスタルを光らせる。

「うふふ、聖術ね。ほとほと滑稽だわ」

「え――?」

 師匠の顔には、意味深な薄笑いが浮かんでいる。だがその理由を考える前に、黒い大輪からまた別の巨大な何かが飛び出してきた。

 大輪と全く同じ漆黒の体表、痩せて骨ばっていながらも何処か力強さを感じる四肢、肩から生えるボロボロの翼、長く伸びた首の先に繋がる爬虫類のような頭。

 ――ドラゴン。漆黒の、禍々しい姿のドラゴンだった。

「デ、【デモンズウィルム】だと!? 魔女よ貴様、やはり魔族と……!」

「さようならユリウス、またいずれ」

 師匠が、もう一度パチンと指を鳴らした。

 漆黒のドラゴンが大地を震わせる咆哮を上げ、口から凄まじい勢いで炎を吐いた。

 同時に、粛正隊の騎士達が持つクリスタルから白い光が溢れ、聖術の波動が放たれる。

 竜の火炎と騎士の聖術が、真正面から衝突する。

「きゃっ――!」

 瞬間、圧倒的な衝撃波が生まれ、辺り一面を尽く呑み込み、私から世界の全てを奪っていった――。
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