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第十章 大東亜戦記Ⅱ(戦後編)
ルーズベルトの処刑
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一九四六年五月十六日、アメリカ合衆国連邦直轄市ワシントン、陸軍省庁舎。
枢軸国の占領下に置かれたワシントンでは、枢軸国が主導する戦争犯罪人への裁判が行われていた。正式名称を北米国際軍事裁判と言い、一般にはワシントン裁判とも呼ばれる。マッカーサー臨時大統領はこれに積極的に協力していた。
被告人はフランクリン・ルーズベルト元大統領、開戦時に副大統領を勤めていたヘンリー・ウォレス、国務長官を勤めていたコーデル・ハルである。これらは未曾有の大戦争を謀議し、最低でも一千万人の死に責任を負うとされ『平和に対する罪』並びに『人道に対する罪』の容疑で審判に掛けられていた。
ウォレスとハルは弁護人を雇って付けたが、ルーズベルトは一切の弁護の申し出を拒絶し、自己弁護を行っていた。車椅子の彼であるが、その言葉には彼特有のカリスマ性があった。
「検察官、裁判官、並びに弁護人、ここにいる全ての法曹諸君に問う! これは何たる有様か! この裁判こそが、法の不遡及という大原則を犯す大犯罪ではないか! 諸君、諸君に法を司る者としての良心が残っているのならば、今すぐこの茶番を中止したまえ! さもなくば、犯罪に手を染め続けるといい」
ルーズベルトは堂々と言い放った。ルーズベルトは狂人ではあるが、馬鹿ではない。彼の発言は全て真っ当であった。
「本法廷は軍事法廷である。よって、通常の法は本法廷には適用されない」
「なるほど、軍事法廷と言うか。確かにこれが軍事裁判であるのなら、法などないも同然だろう。しかし軍事裁判そのものは、法的な裏付けを必要とする。国際軍事裁判について定めた条約か何かがあるのかね? あるのだとしたら私に教えて欲しいのだが」
「本法廷はアメリカ合衆国の受諾するところであり、違法性は存在しない」
「ふははっ、法曹のクセに法を無視し始めたか。愚かなことだ。まあいい。私は元より、裁判を無力化できるなどとは思っていないよ。これはアメリカが国際社会に復帰する為の、言わば生贄の儀式に過ぎないのだからね」
「本法廷はそのようなものではない」
「私もこれ以上抗弁するつもりはない。だが100年後には、君達は人類の司法の歴史に泥を塗った大犯罪者の集団として糾弾されるだろう。後は好きにしたまえ。どうせ私の死刑など、裁判が始まる前から決まっているのだから」
ルーズベルトはこの裁判の本質を完全に理解しており、こんな茶番に参加する気など毛頭かかった。北米国際軍事裁判は結局、インド代表のラダ・パール裁判官を除く全会一致で、ルーズベルト、ウォレス、ハルの全員に死刑を宣告した。
「100年後には第二の私が現れ、必ずや民主主義を勝利に導くだろう。民主主義、万歳」
ルーズベルトの処刑は日本軍の手によって絞首刑で淡々と行われ、その死体は共同墓地に葬られた。
ヨーロッパでも同様の裁判が行われた。場所はフランスのシェルブール市であり、被告人は元イギリス首相ネヴィル・チェンバレン、元フランス大統領アルベール・ルブラン、元フランス首相エドゥアール・ダラディエ、元フランス軍人シャルル・ド・ゴールであった。
前者三名は第二次世界大戦を引き起こし『平和に対する罪』を犯したとして検挙され、ド・ゴールはフランス国内で多数のテロを扇動した『人道に対する罪』を問われた。
判決は言うまでもなく、全員が死刑であった。死刑はドイツ親衛隊の手によって、ロンドンとパリの真ん中でギロチンによって行われた。その死体は怒れる民衆の手によってズタズタに損壊され、切り刻まれ、灰になるまで焼かれた。その灰の行方は誰にも分からない。
○
さて、ワシントン裁判と並行して、各国は平和条約の締結に向けて動いていた。平和条約締結の交渉は日本の京都で行われたので、これを京都平和条約と呼ぶ。
京都平和条約は列強の勢力圏を固定する条約であった。主要各国の領土は以下のように変更された。
ハワイ:独立
メキシコ:カリフォルニア州、アリゾナ州、ネバダ州を奪還
フィリピン:独立
インドネシア:独立
ベトナム:独立
カンボジア:独立
ラオス:独立
ビルマ:独立
チベット:独立
インド:独立
日本:マレーシア、昭南島(シンガポール)、コスタリカを委任統治。南洋諸島は引き続き委任統治
中華民国:台湾を奪還
ソ連:アラスカ州を併合。新疆地区を併合。旧ポーランド東部を戦争前と同様に領有
ドイツ:アルザス・ロートリンゲン地域を併合。旧ポーランド西部を戦争前と同様に領有
イタリア:サヴォイア、ニース、南チロル、コルシカ島など『未回収のイタリア』のほぼ全てを併合
という具合である。無論、旧連合国は全ての植民地を解放させられた。
更に各国の勢力圏の区分けも行われた。日本は大東亜共栄圏を完成させ、インドやサウジアラビアなど中東諸国も日本と個別に同盟を結んだ。ソ連は中東の北部に勢力圏を拡大し、ドイツは大東亜共栄圏を除く旧英仏領のほとんどを手中に収めた。
この過程、アジアの分割を巡って日本とドイツが対立し、日本とソ連、ドイツとアメリカとが急速に接近し、後の冷戦体制の嚆矢となった。
また同時に、ドイツとソ連を除く全ての列強に賠償金が課された。賠償金とは即ち、植民地支配に対する賠償金である。植民地から搾取した財と植民地に投資した財の差額を賠償することが求められたのだ。
この賠償金によって、イギリス、フランス、オランダなどの植民地大国の財政は完全に崩壊した。オランダとベルギーは財政破綻して再びドイツに併合され、イギリスとフランスは国家予算の4割が賠償金に費やされ、賠償金を支払う為に国家を運営していると称される有様であった。
イタリアは東アフリカ植民地に対して賠償金を支払ったが大した額ではなく、また一部の港を租借という形で保持し続けた。
フィリピンしか植民地を持っていなかったアメリカは大した影響を受けなかった。あくまでアジア侵略の前線基地としてフィリピンを保持していたのであって、フィリピンから搾取した額などアメリカの経済からすれば微々たるもの。たった1ヶ月で賠償金を支払い終え、西海岸の過半を失いながらもなお、アメリカの国力の底堅さを世界に示した。
日本は台湾を中華民国に返還し、朝鮮は教育水準を十分に引き上げた後に独立させることとした。日本は植民地の発展に多大な投資を行い常に赤字経営をしていた為、寧ろ中華民国側が賠償金を支払う義務を負ったが、日本はこの債権を放棄した。
枢軸国の占領下に置かれたワシントンでは、枢軸国が主導する戦争犯罪人への裁判が行われていた。正式名称を北米国際軍事裁判と言い、一般にはワシントン裁判とも呼ばれる。マッカーサー臨時大統領はこれに積極的に協力していた。
被告人はフランクリン・ルーズベルト元大統領、開戦時に副大統領を勤めていたヘンリー・ウォレス、国務長官を勤めていたコーデル・ハルである。これらは未曾有の大戦争を謀議し、最低でも一千万人の死に責任を負うとされ『平和に対する罪』並びに『人道に対する罪』の容疑で審判に掛けられていた。
ウォレスとハルは弁護人を雇って付けたが、ルーズベルトは一切の弁護の申し出を拒絶し、自己弁護を行っていた。車椅子の彼であるが、その言葉には彼特有のカリスマ性があった。
「検察官、裁判官、並びに弁護人、ここにいる全ての法曹諸君に問う! これは何たる有様か! この裁判こそが、法の不遡及という大原則を犯す大犯罪ではないか! 諸君、諸君に法を司る者としての良心が残っているのならば、今すぐこの茶番を中止したまえ! さもなくば、犯罪に手を染め続けるといい」
ルーズベルトは堂々と言い放った。ルーズベルトは狂人ではあるが、馬鹿ではない。彼の発言は全て真っ当であった。
「本法廷は軍事法廷である。よって、通常の法は本法廷には適用されない」
「なるほど、軍事法廷と言うか。確かにこれが軍事裁判であるのなら、法などないも同然だろう。しかし軍事裁判そのものは、法的な裏付けを必要とする。国際軍事裁判について定めた条約か何かがあるのかね? あるのだとしたら私に教えて欲しいのだが」
「本法廷はアメリカ合衆国の受諾するところであり、違法性は存在しない」
「ふははっ、法曹のクセに法を無視し始めたか。愚かなことだ。まあいい。私は元より、裁判を無力化できるなどとは思っていないよ。これはアメリカが国際社会に復帰する為の、言わば生贄の儀式に過ぎないのだからね」
「本法廷はそのようなものではない」
「私もこれ以上抗弁するつもりはない。だが100年後には、君達は人類の司法の歴史に泥を塗った大犯罪者の集団として糾弾されるだろう。後は好きにしたまえ。どうせ私の死刑など、裁判が始まる前から決まっているのだから」
ルーズベルトはこの裁判の本質を完全に理解しており、こんな茶番に参加する気など毛頭かかった。北米国際軍事裁判は結局、インド代表のラダ・パール裁判官を除く全会一致で、ルーズベルト、ウォレス、ハルの全員に死刑を宣告した。
「100年後には第二の私が現れ、必ずや民主主義を勝利に導くだろう。民主主義、万歳」
ルーズベルトの処刑は日本軍の手によって絞首刑で淡々と行われ、その死体は共同墓地に葬られた。
ヨーロッパでも同様の裁判が行われた。場所はフランスのシェルブール市であり、被告人は元イギリス首相ネヴィル・チェンバレン、元フランス大統領アルベール・ルブラン、元フランス首相エドゥアール・ダラディエ、元フランス軍人シャルル・ド・ゴールであった。
前者三名は第二次世界大戦を引き起こし『平和に対する罪』を犯したとして検挙され、ド・ゴールはフランス国内で多数のテロを扇動した『人道に対する罪』を問われた。
判決は言うまでもなく、全員が死刑であった。死刑はドイツ親衛隊の手によって、ロンドンとパリの真ん中でギロチンによって行われた。その死体は怒れる民衆の手によってズタズタに損壊され、切り刻まれ、灰になるまで焼かれた。その灰の行方は誰にも分からない。
○
さて、ワシントン裁判と並行して、各国は平和条約の締結に向けて動いていた。平和条約締結の交渉は日本の京都で行われたので、これを京都平和条約と呼ぶ。
京都平和条約は列強の勢力圏を固定する条約であった。主要各国の領土は以下のように変更された。
ハワイ:独立
メキシコ:カリフォルニア州、アリゾナ州、ネバダ州を奪還
フィリピン:独立
インドネシア:独立
ベトナム:独立
カンボジア:独立
ラオス:独立
ビルマ:独立
チベット:独立
インド:独立
日本:マレーシア、昭南島(シンガポール)、コスタリカを委任統治。南洋諸島は引き続き委任統治
中華民国:台湾を奪還
ソ連:アラスカ州を併合。新疆地区を併合。旧ポーランド東部を戦争前と同様に領有
ドイツ:アルザス・ロートリンゲン地域を併合。旧ポーランド西部を戦争前と同様に領有
イタリア:サヴォイア、ニース、南チロル、コルシカ島など『未回収のイタリア』のほぼ全てを併合
という具合である。無論、旧連合国は全ての植民地を解放させられた。
更に各国の勢力圏の区分けも行われた。日本は大東亜共栄圏を完成させ、インドやサウジアラビアなど中東諸国も日本と個別に同盟を結んだ。ソ連は中東の北部に勢力圏を拡大し、ドイツは大東亜共栄圏を除く旧英仏領のほとんどを手中に収めた。
この過程、アジアの分割を巡って日本とドイツが対立し、日本とソ連、ドイツとアメリカとが急速に接近し、後の冷戦体制の嚆矢となった。
また同時に、ドイツとソ連を除く全ての列強に賠償金が課された。賠償金とは即ち、植民地支配に対する賠償金である。植民地から搾取した財と植民地に投資した財の差額を賠償することが求められたのだ。
この賠償金によって、イギリス、フランス、オランダなどの植民地大国の財政は完全に崩壊した。オランダとベルギーは財政破綻して再びドイツに併合され、イギリスとフランスは国家予算の4割が賠償金に費やされ、賠償金を支払う為に国家を運営していると称される有様であった。
イタリアは東アフリカ植民地に対して賠償金を支払ったが大した額ではなく、また一部の港を租借という形で保持し続けた。
フィリピンしか植民地を持っていなかったアメリカは大した影響を受けなかった。あくまでアジア侵略の前線基地としてフィリピンを保持していたのであって、フィリピンから搾取した額などアメリカの経済からすれば微々たるもの。たった1ヶ月で賠償金を支払い終え、西海岸の過半を失いながらもなお、アメリカの国力の底堅さを世界に示した。
日本は台湾を中華民国に返還し、朝鮮は教育水準を十分に引き上げた後に独立させることとした。日本は植民地の発展に多大な投資を行い常に赤字経営をしていた為、寧ろ中華民国側が賠償金を支払う義務を負ったが、日本はこの債権を放棄した。
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