499 / 766
幕間
峯風
しおりを挟む
時に一九四九年某日、横須賀鎮守府。
秋月型駆逐艦三番艦の涼月は、撃沈寸前の大損害を受けながらも、大東亜戦争を生き延びた数少ない駆逐艦の一隻である。秋月型駆逐艦は島風型駆逐艦と並んで大型の駆逐艦であり、向こう20年程度は主力駆逐艦として運用することが想定されていたから、涼月の船魄化はかなり優先して行われた。
そういう訳で船魄としては最古参の部類に入り、かつ再建造ではない本物ということで、涼月は軍令部からその能力を期待されていた。実際、その戦闘能力については期待通りだったのだが、戦時中のトラウマがそのまま受け継がれているのか、その性格は非常に臆病で人と話したがらなかった。
そんな涼月は、船魄の生みの親こと岡本平八技術少将に呼び出された。
「な、何の御用、でしょうか……?」
「君は船魄としては最古参の部類に入る。瑞鶴と大和はどこかに行ってしまったし、君より早く生まれた君の姉妹達は再建造だからね」
「は、はい……。そうですね……」
「そんな君に、うってつけの仕事がある」
「な、何でしょうか……?」
「新しく生まれた船魄の世話係を君に任せたい。生まれたばかりの船魄というのは基本的に不安定だが、この子は特にでね」
「どなた、でしょうか……?」
「島風型駆逐艦五番艦、峯風だ。君と同じく主力駆逐艦の一角ということになる。頼んだよ」
「私には向いていないと、思うのですが……」
人の教育係など全く向いていないとは思いつつ、命令を拒否する気概もなかったので、涼月は仕方なく仕事に移ることにした。
峯風は横須賀海軍工廠で建造され、その船魄の生まれもまた横須賀である。涼月は峯風が与えられている部屋に向かった。扉を叩いて自己紹介をすると、消え入りそうな声で「ど、どうぞ……」と返事がきた。涼月はゆっくり扉を開けた。
部屋の広さは六畳くらいであり、布団一枚と机などがあるだけであった。一般的に言えば広い部屋ではないが、軍人一人に与えられる空間としては十分に広いと言えるだろう。
部屋の中では、一人の少女が掛け布団にくるまって、部屋の隅にくっつくようにうずくまっていた。
「あの、あなたが峯風さん、ですよね……?」
「は、はい……。私が峯風、ですけど……」
峯風は怯えているようだった。余程警戒心が強いと見える。生まれたて故に混乱しているというのが大きいらしい。
――私が生まれた時はこんな感じではなかったけど、過去のない新造艦というのが大きいのかな。
涼月は色々と考えを巡らせつつ、取り敢えず峯風を見下ろすのはよくないと思って、部屋の入口付近で正座する。
「ええと、私は峯風さんのお世話係というか、教育係というかを、任された者です。これから……よろしくお願いします、峯風さん」
「そ、そうですか……。別にそんなの要らないけど……」
「な、何と言いますか……取り敢えず、私は峯風さんの味方ですよ。警戒を解いてもらうというのは、できませんか……?」
「味方……? 本当に……?」
「も、もちろんです! 峯風さんを傷付けたりなんてしません。まずは、そっちに行ってもいいですか……?」
涼月と峯風は部屋の対角線上で会話を交わしている状態である。
「は、はい……。どうぞ……」
「行きますね……」
涼月は子供のお守りなど全く経験はないが、取り敢えず最善と思われることをするしかない。その結果として、峯風を怖がらせないよう四つん這いになりながら峯風に接近するという滑稽なことになってしまう。
そんな様子の涼月を見ると、峯風は呆気に取られてしまい、逆に冷静になってきた。
「ちょ、わ、私は赤ん坊じゃないですから、そんなことまでしなくていいです!」
「そ、そうですか……? すみません……」
涼月は普通に峯風に歩み寄り、その隣に腰を下ろした。峯風は特に警戒する様子も見せなかった。今の一件ですっかり警戒が解けたらしい。チョロいと言えばその通りではあるのだが。
「峯風さん、答えたくなかったら答えてもらわなくていいんですけど、どうしてそんなに、周りの人を警戒しているんですか……?」
「警戒っていうか……知らない人を信用できないのが、普通じゃないですか?」
「なるほど……。確かに、峯風さんにとってはそうですよね」
駆逐艦としての過去を持たない峯風にとっては、横須賀鎮守府の全てが初めて見るものなのだ。警戒するのも当然だろう。
「大丈夫です。少しずつ知っている人を増やしていきましょう。軍人の人は怖いですけど……まずは他の船魄の方々と知り合いになっていけばいいかと思います」
「涼月さんが最初の知り合い、ですね」
「え? は、はい、そうですね。峯風さんに信用していただけたなら、嬉しいです」
「最初は怪しい人かと思いましたけど、今はそんな風には思いません」
「あ、怪しかった、ですか……?」
「ええと、正直、そう思いました……」
とにもかくにも、峯風が普通に話してくれるようになって、涼月は安堵した。帝国海軍は再建途上であるし、広い大東亜連盟圏や北米に艦艇を分散させているので、横須賀鎮守府で会える船魄は少ないが、峯風は何隻かの船魄と知り合いくらいにはなることができた。
秋月型駆逐艦三番艦の涼月は、撃沈寸前の大損害を受けながらも、大東亜戦争を生き延びた数少ない駆逐艦の一隻である。秋月型駆逐艦は島風型駆逐艦と並んで大型の駆逐艦であり、向こう20年程度は主力駆逐艦として運用することが想定されていたから、涼月の船魄化はかなり優先して行われた。
そういう訳で船魄としては最古参の部類に入り、かつ再建造ではない本物ということで、涼月は軍令部からその能力を期待されていた。実際、その戦闘能力については期待通りだったのだが、戦時中のトラウマがそのまま受け継がれているのか、その性格は非常に臆病で人と話したがらなかった。
そんな涼月は、船魄の生みの親こと岡本平八技術少将に呼び出された。
「な、何の御用、でしょうか……?」
「君は船魄としては最古参の部類に入る。瑞鶴と大和はどこかに行ってしまったし、君より早く生まれた君の姉妹達は再建造だからね」
「は、はい……。そうですね……」
「そんな君に、うってつけの仕事がある」
「な、何でしょうか……?」
「新しく生まれた船魄の世話係を君に任せたい。生まれたばかりの船魄というのは基本的に不安定だが、この子は特にでね」
「どなた、でしょうか……?」
「島風型駆逐艦五番艦、峯風だ。君と同じく主力駆逐艦の一角ということになる。頼んだよ」
「私には向いていないと、思うのですが……」
人の教育係など全く向いていないとは思いつつ、命令を拒否する気概もなかったので、涼月は仕方なく仕事に移ることにした。
峯風は横須賀海軍工廠で建造され、その船魄の生まれもまた横須賀である。涼月は峯風が与えられている部屋に向かった。扉を叩いて自己紹介をすると、消え入りそうな声で「ど、どうぞ……」と返事がきた。涼月はゆっくり扉を開けた。
部屋の広さは六畳くらいであり、布団一枚と机などがあるだけであった。一般的に言えば広い部屋ではないが、軍人一人に与えられる空間としては十分に広いと言えるだろう。
部屋の中では、一人の少女が掛け布団にくるまって、部屋の隅にくっつくようにうずくまっていた。
「あの、あなたが峯風さん、ですよね……?」
「は、はい……。私が峯風、ですけど……」
峯風は怯えているようだった。余程警戒心が強いと見える。生まれたて故に混乱しているというのが大きいらしい。
――私が生まれた時はこんな感じではなかったけど、過去のない新造艦というのが大きいのかな。
涼月は色々と考えを巡らせつつ、取り敢えず峯風を見下ろすのはよくないと思って、部屋の入口付近で正座する。
「ええと、私は峯風さんのお世話係というか、教育係というかを、任された者です。これから……よろしくお願いします、峯風さん」
「そ、そうですか……。別にそんなの要らないけど……」
「な、何と言いますか……取り敢えず、私は峯風さんの味方ですよ。警戒を解いてもらうというのは、できませんか……?」
「味方……? 本当に……?」
「も、もちろんです! 峯風さんを傷付けたりなんてしません。まずは、そっちに行ってもいいですか……?」
涼月と峯風は部屋の対角線上で会話を交わしている状態である。
「は、はい……。どうぞ……」
「行きますね……」
涼月は子供のお守りなど全く経験はないが、取り敢えず最善と思われることをするしかない。その結果として、峯風を怖がらせないよう四つん這いになりながら峯風に接近するという滑稽なことになってしまう。
そんな様子の涼月を見ると、峯風は呆気に取られてしまい、逆に冷静になってきた。
「ちょ、わ、私は赤ん坊じゃないですから、そんなことまでしなくていいです!」
「そ、そうですか……? すみません……」
涼月は普通に峯風に歩み寄り、その隣に腰を下ろした。峯風は特に警戒する様子も見せなかった。今の一件ですっかり警戒が解けたらしい。チョロいと言えばその通りではあるのだが。
「峯風さん、答えたくなかったら答えてもらわなくていいんですけど、どうしてそんなに、周りの人を警戒しているんですか……?」
「警戒っていうか……知らない人を信用できないのが、普通じゃないですか?」
「なるほど……。確かに、峯風さんにとってはそうですよね」
駆逐艦としての過去を持たない峯風にとっては、横須賀鎮守府の全てが初めて見るものなのだ。警戒するのも当然だろう。
「大丈夫です。少しずつ知っている人を増やしていきましょう。軍人の人は怖いですけど……まずは他の船魄の方々と知り合いになっていけばいいかと思います」
「涼月さんが最初の知り合い、ですね」
「え? は、はい、そうですね。峯風さんに信用していただけたなら、嬉しいです」
「最初は怪しい人かと思いましたけど、今はそんな風には思いません」
「あ、怪しかった、ですか……?」
「ええと、正直、そう思いました……」
とにもかくにも、峯風が普通に話してくれるようになって、涼月は安堵した。帝国海軍は再建途上であるし、広い大東亜連盟圏や北米に艦艇を分散させているので、横須賀鎮守府で会える船魄は少ないが、峯風は何隻かの船魄と知り合いくらいにはなることができた。
0
あなたにおすすめの小説
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
電子の帝国
Flight_kj
歴史・時代
少しだけ電子技術が早く技術が進歩した帝国はどのように戦うか
明治期の工業化が少し早く進展したおかげで、日本の電子技術や精密機械工業は順調に進歩した。世界規模の戦争に巻き込まれた日本は、そんな技術をもとにしてどんな戦いを繰り広げるのか? わずかに早くレーダーやコンピューターなどの電子機器が登場することにより、戦場の様相は大きく変わってゆく。
防空戦艦大和 太平洋の嵐で舞え
みにみ
歴史・時代
航空主兵論と巨砲主義が対立する1938年。史上最大の46cm主砲と多数の対空火器を併せ持つ戦艦「大和」が建造された。矛盾を抱える艦は、開戦後の航空機による脅威に直面。その真価を問われる時が来る。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
徳川慶勝、黒船を討つ
克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。
もしかしたら、消去するかもしれません。
小沢機動部隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1941年4月10日に世界初の本格的な機動部隊である第1航空艦隊の司令長官が任命された。
名は小沢治三郎。
年功序列で任命予定だった南雲忠一中将は”自分には不適任”として望んで第2艦隊司令長官に就いた。
ただ時局は引き返すことが出来ないほど悪化しており、小沢は戦いに身を投じていくことになる。
毎度同じようにこんなことがあったらなという願望を書き綴ったものです。
楽しんで頂ければ幸いです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる