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第二十六章 南北戦争
フッド
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さて、ビスマルクはゴーテンハーフェンに向かいつつ、事の顛末をデーニッツ国家元帥に報告した。
『――ソ連がそこまでするとは驚きだな。モスクワを危険に晒してでも、アメリカを取りに行くか……』
「本艦も同意見であります。しかし実際、我が軍がモスクワを攻撃するなどあり得ないことです」
『それはそうだが、絶対に撃たれないと分かっていても、銃口を向けられたら振り払いたくなるものだろう。それを無視できるほどフルシチョフが豪胆だったとは驚きだ』
「フルシチョフ殿は相当に気が強い方と思いますが」
フルシチョフ書記長は公の場であってもいつも傲岸不遜かつ大胆に振舞っている。ゲッベルス大統領を前にしても外交問題スレスレの態度を取ることに躊躇いがない男だ。
『あれは単なる演出だと思っていたんだがね』
「あれ自体は演出でありましょうが、実際の性格も剛毅なものだったようです」
『だが、首都をガラ空きにするなど、単なる性格だけで説明できるか?』
「その危険を冒してでもアメリカを手に入れたいと思ったのか、或いはフルシチョフ殿の権力が脅かされているのか、色々と考えられるのであります」
『ふむ。フルシチョフはアメリカを手に入れるという大成果を挙げなければ失脚しかねない状況にあるということかね?』
「あくまで推測であります。証拠はありません」
『だが、興味深い推測だ』
ビスマルクはソ連の性急な動きの原因を、ソ連内部の権力闘争だと推理した。確かに、もしもアメリカを手中に収めれば、ソ連史上どころかロシア史上最大の成果となる。フルシチョフの権力は生涯に渡って安泰だろう。
「それで、本艦らはこれからどうすればよいのでありますか? アメリカに向かいましょうか?」
『せっかくソ連に圧力を掛けられる好機だ。まあ効果があるかは分からないが、暫くはゴーテンハーフェンに待機していてくれ』
「はっ。承知しました」
状況に急な変化がない限り、ドイツ海軍はウリヤノフスクを放っておくことにした。世界最大の空母は大きな脅威ではあるが、所詮は単独の空母、対処のしようは幾らでもある。
○
一九五七年八月七日、北大西洋。
ほとんど同時に、一足早く出撃したイギリス海軍グランド・フリートは大西洋の真ん中にいた。ヨーロッパの海軍で一番乗りをするよう女王から命じられているのである。
ヴァンガードが指揮するいつもの面々であるが、今回は問題児が加わっていた。クイーン・エリザベスとウォースパイトの艦尾にはロープが結ばれ、その先に一隻の戦艦の艦首が繋がっている。つまり曳航しているのであるが、これは故障が原因ではない。
自分の艦を遠隔で操りながら、曳航されている戦艦にクイーン・エリザベスとウォースパイトが乗り込んでいる。エリザベスはその船魄の部屋の扉を叩きながら呼びかける。
「フッド、いい加減にボイラーを動かしなさい。大英帝国の淑女がこのような大人気ないことをして、許されるとお思いですか?」
相手は巡洋戦艦フッドである。大和型が建造されるまでは世界最大の戦艦であり、かつて大英帝国の象徴としてイギリスで最も有名な艦の一隻であったが、1941年にビスマルクと交戦してあっさり沈められてしまったという過去を持つ。
「うるさい! 私のことなんか放っておいてくれ!」
「そうはいかないのです。あなたには果たさなければならない仕事があります」
「君達で十分だろ! どうして私をまた戦場に引きずり出そうとするんだ!」
「あなたは女王陛下の艦なのです。命令には絶対的に服従しなければなりません」
「私は一生ドックにいたいんだ」
「あなたの維持費だけで何百万マルクかかるとお思いで?」
「だったら沈めればいいだろ!」
「はぁ……まったく、埒の開かない子ですね」
「姉上、どうされますか? 説得を聞く気があるとは思えません」
ウォースパイトはもっと強硬な手段に出よと暗に訴える。
「ええ、そうですね。フッド、部屋に入ります」
「勝手にしろ」
「あら、そうですか」
意外にも拒否されなかったので、エリザベスとウォースパイトはフッドの部屋に足を踏み入れた。色々と物が散らかっている私室のベッドに行儀悪く腰掛けて、喪服のような黒いドレスを着た少女が頭を抱えていた。フッドは本来長く美しい金髪を持っているのだが、頭頂部から肩の辺りにかけてが白くなってしまっている。ストレスで髪が白くなったらしい。
「何を言われても私は戦わない。戦うくらいなら自沈するからな」
「何を言っているのですか、あなたは。大体、私達の任務は基本的には示威活動です。アメリカ合衆国を名乗る叛徒に我々の力を見せつけ、戦意を失わせることが肝要。その為にあなたが必要なのです」
フッドの全長は262mで、大和とほとんど同等である。見た目の威圧感ならイギリス戦艦最強なのだ。もちろん戦闘能力も決して低いものではない。
「本当か……? いや、だが、戦場に行くことに変わりない。私はどうせ、無様に死ぬんだ」
フッドは自嘲するように。
「はぁ……まったく。貴女という人はどうしていつもそんなことを」
「そうだ。姉上が指揮する艦隊で損害が出る訳がないだろうが」
「誰が指揮してようが関係ないだろ」
「お前、姉上に向かって何たる態度!」
「私は何も言っていないのですけど」
ウォースパイトもウォースパイトで人の話を聞かないのだが、それはともかく、フッドは押しても引いても戦場に行くことを拒否する。
『――ソ連がそこまでするとは驚きだな。モスクワを危険に晒してでも、アメリカを取りに行くか……』
「本艦も同意見であります。しかし実際、我が軍がモスクワを攻撃するなどあり得ないことです」
『それはそうだが、絶対に撃たれないと分かっていても、銃口を向けられたら振り払いたくなるものだろう。それを無視できるほどフルシチョフが豪胆だったとは驚きだ』
「フルシチョフ殿は相当に気が強い方と思いますが」
フルシチョフ書記長は公の場であってもいつも傲岸不遜かつ大胆に振舞っている。ゲッベルス大統領を前にしても外交問題スレスレの態度を取ることに躊躇いがない男だ。
『あれは単なる演出だと思っていたんだがね』
「あれ自体は演出でありましょうが、実際の性格も剛毅なものだったようです」
『だが、首都をガラ空きにするなど、単なる性格だけで説明できるか?』
「その危険を冒してでもアメリカを手に入れたいと思ったのか、或いはフルシチョフ殿の権力が脅かされているのか、色々と考えられるのであります」
『ふむ。フルシチョフはアメリカを手に入れるという大成果を挙げなければ失脚しかねない状況にあるということかね?』
「あくまで推測であります。証拠はありません」
『だが、興味深い推測だ』
ビスマルクはソ連の性急な動きの原因を、ソ連内部の権力闘争だと推理した。確かに、もしもアメリカを手中に収めれば、ソ連史上どころかロシア史上最大の成果となる。フルシチョフの権力は生涯に渡って安泰だろう。
「それで、本艦らはこれからどうすればよいのでありますか? アメリカに向かいましょうか?」
『せっかくソ連に圧力を掛けられる好機だ。まあ効果があるかは分からないが、暫くはゴーテンハーフェンに待機していてくれ』
「はっ。承知しました」
状況に急な変化がない限り、ドイツ海軍はウリヤノフスクを放っておくことにした。世界最大の空母は大きな脅威ではあるが、所詮は単独の空母、対処のしようは幾らでもある。
○
一九五七年八月七日、北大西洋。
ほとんど同時に、一足早く出撃したイギリス海軍グランド・フリートは大西洋の真ん中にいた。ヨーロッパの海軍で一番乗りをするよう女王から命じられているのである。
ヴァンガードが指揮するいつもの面々であるが、今回は問題児が加わっていた。クイーン・エリザベスとウォースパイトの艦尾にはロープが結ばれ、その先に一隻の戦艦の艦首が繋がっている。つまり曳航しているのであるが、これは故障が原因ではない。
自分の艦を遠隔で操りながら、曳航されている戦艦にクイーン・エリザベスとウォースパイトが乗り込んでいる。エリザベスはその船魄の部屋の扉を叩きながら呼びかける。
「フッド、いい加減にボイラーを動かしなさい。大英帝国の淑女がこのような大人気ないことをして、許されるとお思いですか?」
相手は巡洋戦艦フッドである。大和型が建造されるまでは世界最大の戦艦であり、かつて大英帝国の象徴としてイギリスで最も有名な艦の一隻であったが、1941年にビスマルクと交戦してあっさり沈められてしまったという過去を持つ。
「うるさい! 私のことなんか放っておいてくれ!」
「そうはいかないのです。あなたには果たさなければならない仕事があります」
「君達で十分だろ! どうして私をまた戦場に引きずり出そうとするんだ!」
「あなたは女王陛下の艦なのです。命令には絶対的に服従しなければなりません」
「私は一生ドックにいたいんだ」
「あなたの維持費だけで何百万マルクかかるとお思いで?」
「だったら沈めればいいだろ!」
「はぁ……まったく、埒の開かない子ですね」
「姉上、どうされますか? 説得を聞く気があるとは思えません」
ウォースパイトはもっと強硬な手段に出よと暗に訴える。
「ええ、そうですね。フッド、部屋に入ります」
「勝手にしろ」
「あら、そうですか」
意外にも拒否されなかったので、エリザベスとウォースパイトはフッドの部屋に足を踏み入れた。色々と物が散らかっている私室のベッドに行儀悪く腰掛けて、喪服のような黒いドレスを着た少女が頭を抱えていた。フッドは本来長く美しい金髪を持っているのだが、頭頂部から肩の辺りにかけてが白くなってしまっている。ストレスで髪が白くなったらしい。
「何を言われても私は戦わない。戦うくらいなら自沈するからな」
「何を言っているのですか、あなたは。大体、私達の任務は基本的には示威活動です。アメリカ合衆国を名乗る叛徒に我々の力を見せつけ、戦意を失わせることが肝要。その為にあなたが必要なのです」
フッドの全長は262mで、大和とほとんど同等である。見た目の威圧感ならイギリス戦艦最強なのだ。もちろん戦闘能力も決して低いものではない。
「本当か……? いや、だが、戦場に行くことに変わりない。私はどうせ、無様に死ぬんだ」
フッドは自嘲するように。
「はぁ……まったく。貴女という人はどうしていつもそんなことを」
「そうだ。姉上が指揮する艦隊で損害が出る訳がないだろうが」
「誰が指揮してようが関係ないだろ」
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