吸血鬼嫌いの吸血鬼、ヴィルヘルミナ

takahiro

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第一章 北方戦争 1252年

吸血鬼の誕生

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 戦闘が終息すると、戦死した者の一覧が迅速に辺境伯のもとに届けられると同時に、負傷者達は城門の内側に設けられた救護所に次々と運び込まれた。救護所などと大それた名前がついているが、実際は何の設備もなく、だだっ広い敷地に毛布を並べ、負傷者を寝かしている。

 軽傷の者は各々の兵舎で療養することになっているので、ここにいるのは重傷者だけである。手足を失い、或いは大量の失血をするなどして、放っておいたらまず助からないような兵士を、治癒魔法を使える者が総出で看護していた。

 辺境伯アドルフは、敵が完全に撤退したのを確認してからずっとここにいた。ヴィルヘルミナも暇なので辺境伯に同行していた。と、その時であった。

「殿下! お願いしたきことがございます!」

 と、鎖帷子だけを着た若者が駆け込んできて跪いた。騎士ではない、農民から徴用されてきた者だろう。

 ――さて、辺境伯様はどう応じるのかな。

 普通、辺境伯ともあろう上位の貴族は貴族ですらない人間の言葉などに耳を傾けないが、辺境伯アドルフは違った。

「願い? 言ってみよ」
「ははっ! 俺の友人が、腹を抉られ、今にも死にそうなのです! どうか吸血鬼様のお力を使わせてはいただけないでしょうか!」
「ヴィルヘルミナ殿は私の家臣などではない。彼女に直接頼みなさい」
「は、ははあっ!」

 と言って、若者は跪く向きをヴィルヘルミナの方に変えた。

「どうか! どうかお力をお貸しください!」
「えっ……と。吸血鬼の再生能力は自分自身にしか効かない。その友達を救うには、吸血鬼にする他にない。それでもいいのかな?」

 尋ねつつ、辺境伯に目配せしてみるが、彼はすぐにうなずいた。ポメレニア辺境伯としては領民を吸血鬼にしてもいいらしい。

「それでも、それでもどうか、お願いします!」
「分かった分かった。とりあえず君の友達のところに案内してくれ」

 ヴィルヘルミナは若者に案内され、すぐに件の友達にたどり着いた。彼は確かに、右の脇腹がなくなっており、そこから血と臓腑が漏れ出している。救護の魔導士が血を無理やり体内に戻すことで辛うじて死んでいないが、時間の問題なのは明らかであった。

 ――これは確かに、人類の魔法では救いようがない。吸血鬼にするしか対処法はないだろう。

「そうだ、彼の名前は何だい?」
「クルトです!」
「そうか」

 ヴィルヘルミナは今にも死にそうな男の枕元に座り込み、彼の手を握った。

「クルト、意識はあるかい? あるなら、何でもいいから反応してくれ」

 すると、クルトは弱々しくヴィルヘルミナの手を握り返してきた。

「上出来だ。これから、私が幾らか質問するから、肯定する時は私の掌を指で2回叩いてくれ。否定なら1回だ。分かったかい?」

 クルトの人差し指が、トントンと2回、ヴィルヘルミナの掌を叩いた。肯定である。

「よろしい。君は今、死にかけている。人類の医療でも魔法でも、君を助けることはできない。唯一助かる手段は、君を吸血鬼にすることだ。理解できるかい?」

 今度も肯定。意識はそれなりに明瞭なようだ。

「まず聞こう。君は、吸血鬼になってでも、生きることを望むかい?」

 ――肯定。

「吸血鬼になれば、君は血を吸い続けなければ死ぬ化け物になる。それでもかい?」

 ――肯定。

「君は、君の家族や知り合いと同じ時を過ごせなくなる。知っている人間が年老いていく中で、君だけは今の姿のままだ。それを理解しているかい?」

 ――肯定。

「そうか……。あまり時間もない。最後に確認するよ。今から君を吸血鬼にする。本当にそれでいいなら、私の手を3回叩いてくれ」

 クルトは3回、ヴィルヘルミナの掌を叩いた。

「いいだろう。話したこともないけど、人間の君とはさよならだ」

 ヴィルヘルミナは彼の上半身を少し起こし、その首元に噛み付いた。血を吸うための牙は、逆に血を与えることもできる。

「ッ……! ぐ、ああッ……!」

 クルトが初めて声を出した。もう大丈夫だろう。彼の髪と肌の色が病的なまでに薄くなり、目は血のような赤になった。そして彼は、わざわざ身体を支える必要もなくなり、自分の足で立ち上がった。

「これが……吸血鬼……」
「く、クルト……! 生きてるんだね! 助かったんだね!!」
「そう、みたいだが……」
「よかったぁぁぁ!!」

 ヴィルヘルミナをここに案内した若者が、クルトに抱きついて涙を流していた。だが、これは決して喜べる事態ではないのだ。

「感動の再会をしてるところ悪いけど、ちょっとクルトと話をさせてくれるかな?」
「す、すみません! どうぞ!」
「どうも。さて、これで君も化け物の仲間入りだ。陽の光から永遠に見放された化け物にね」
「そうだな……。これまで何度も吸血鬼狩りをしていた俺が、吸血鬼になっちまった」
「それについてとやかく言うつもりはないよ。私が死にかけの君に言ったこと、ちゃんと覚えているかな?」
「もちろんだ。吸血鬼がどんな存在なのか、それなりにわかってるつもりだ」
「それならいい。もっとも、吸血鬼の力に慣れるまでは、私が監視させてもらう」
「……感謝する」

 吸血鬼は人を喰う化け物だ。彼が食欲に突き動かされて人間を襲ったりしないよう、ヴィルヘルミナが監督するのである。
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