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3月編
3人の再会
しおりを挟むまた、あの日に戻りたいとは思わないけれど___
かじかんで震える指を月の方角に向けながら、私は再び松風台の方角へ向かってどこか浮かれ気味なステップで歩き出す。
昨日、私は第一志望の大学に落ちた。みんなよりも一年多く時間をかけたのに。打ちひしがれた気分だった。ありきたりな言葉だが、自分の人生が全否定されたような、自分の存在価値すらわからなくなる、そんな気分だった。
周りの人間の言葉も嫌いだった。別に普段LINEもしてないやつから「合否どうだった?」、吐き気がした。浪人期に一回も私に干渉してこなかった人間になぜそれをしれる権利があるのだろうか。おまえからしたら別に「ふーん」ですむ話をわざわざ今このタイミングで聞いてくることで私の心がいじくり回されるこの気持ちがどうして理解できないのだろう。先に大学生になって頭の中の細胞が全部酒と一緒に溶け出したのかな、そう思ったら自然と舌打ちしてしまった。
そう思ったら、受験期直前の「頑張れ!応援してるね!」とかいう連絡もイライラしてきた。なんて自分勝手な発言だろう。この連絡のせいで私側にどれだけプレッシャーがかかっているのかこいつらは理解していないのかな。そんなことするなら夏頃に私を遊びに誘えと思ってしまう。
こんなこと考えていると結局全部自分が合格“さえ”してしまえばよかったのだなと、水がこの世界を、形を変えてぐるぐる回っているみたいに、自分の思考が整理されまたぐちゃぐちゃになって溶けていく。
あれ、いま私泣いてない、泣いている時間の方が多くて、心がおかしくなってしまっている。重力がなくなったみたいに心がふわふわどこかに飛んでいっているような、そんな気分だ。
全員のLINEを既読無視アンドデリートしていたらすっかり夕方になってしまっていた。大粒の涙がまぶたの奥からジブリ映画ぐらいの迫力で流れ出して夕焼けがステンドグラスみたいにきらびやかに優しく輝いていた。
「ただいまー!」
母と妹の元気に帰ってきた声が聞こえた。当然この後合否を聞かれるのだろうな、そう考えただけで涙がまた出てきた。せっかく予備校代を払ってくれたのに、せっかく一年期待して待ってもらったのに、感情がジェットコースター状に襲ってくる。今日はもうこのまま寝ちゃったことにしようかな、そう頭では考えていても、嗚咽と鼻をすする音でばれてしまいそうだ。
部屋をノックする音がした。
「入るよー」
そういって真っ赤なイチゴのショートケーキと紅茶を持って母と妹が部屋に入ってきた。
「受験、お疲れ様。これで人生決まるわけじゃないのよ、決まった大学で一生懸命頑張りましょ。」
また涙が出てきた。甘さ控えめなショートケーキだったが、私の心の傷を固めるセメントとしては十分な甘さだった。少しずつ感情も落ち着き始めてきた時、私は母の言葉に妙な不快感を覚えた。私は“何者”かになりたかったのだ。なんでもいい、みんながあこがれるようなことをしてみたかった。みんながあこがれるような有名な大学に入ってみんなから一目置かれたかった。自分がもっているものなんてなにもないから。
たしか一昨年やっていた芸人さんの半生を描くドラマでも似たようなことを言っていたな。そんなことを考えていたら、母の人生の戯言は一つも耳に入ってこなかった。
「ご飯食べる気になったら食べにおいで」
母が部屋から出ていくと、自分の中で何かがはちきれて気づいたら深い眠りに落ちてしまった。
目が覚めたのは深夜1時頃だった。1年間まともにならなかったスマホが珍しく震えている。
「もしもし」
「もしもし、元気してるんご?」
はっちーの声だった。はっちー、蜂谷悠真とは小学校からの付き合いである。小学3年生のとき、木に引っかかった私のボールをとるために自分のDSを投げて、結局ボールは取れず、DSは大破するという奇行をして以来ずっと仲がいい。私の親友の一人だ。普段は電話をしながらゲームをする仲である。だが中高は別のところに進学し、受験期もあっていないため、顔が全く思い出せない。
「今からさんぽいかね?」
はっちーがそういうので私はうんと返事をした。
「ともやくんも連れて行くんご、1時30分に赤ポスト前で」
そういうと彼は電話を切った。予備校時代でも夜の11時以降に家を出たことはない。ましてや深夜に家を出るなんて想像もしていなかった。こういうことするのが大学生になるっていうことなのかな、ルールの外を歩くのが大学生ってことなのかな、なんて考えて浮足立っている。
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