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子鬼の叛逆
しおりを挟む「くそっ、くらえ!」
ゴブリンキングが突進し、鋭い突きを放つ。
その技で、多くの命を奪ってきた。
だがセレナは、風が揺れただけのような身のこなしで紙一重にかわす。
いつのまにか彼女の手には剣があった。
視界が追いつく前に、鋼同士がぶつかる。
パキン。
折れたのは王の剣のほうだった。
「待て、降参だ!」
「駄目。まだ殺す気が残っているわ」
それだけ言うと、彼女の刃が王の足元を裂いた。
血が土を濡らし、ゴブリンキングは尻もちをつく。
「い、痛い、痛い……」
「嘘。自然治癒があるでしょう」
さらに腕へ斬撃が加わる。
痛みを演じていたはずが、今は演技すらできない。
この女に見透かされていると思うほどに。
「待て、待て! 本当に降参だ! 牙狼族には決して敵対しない!」
「なら、弱い者いじめも終わりにして」
その横でルナが勢いよく吠え、誇らしげに胸を張る。
「ワオーン!」 じゃあ、俺に任せろと。
「もう、そういうノリはどうなのかしらね」
その時、震える声が上がった。
「セレナ様、私たちに……やらせてください!」
振り返れば、子ゴブリンたちが必死で武器を握りしめている。
「ふざけるな、小鬼ども! お前たちなど、いくらでも作れる!」
ゴブリンキングの目が赤く濁り、殺意が露わになる。
セレナは子供たちを見下ろし、冷たく問いかける。
「あなたたち、全員殺されるわよ?」
「……誰か一人でも生き残れば、一族を守れます。そいつを長にします」
「お願いします! 奴は、きっとセレナ様の目の届かない所で横暴をするんです!」
「母さんは……俺たちなんて産みたくなかった。でも、こいつが……!」
恐怖に震えながら、それでも立ち向かう小さい背中。
その決意に、セレナはわずかに微笑んだ。
「いいわ。ルナ、あなたたちも援護してあげて」
任せろ!
ルナが跳ねてポーズを決めると、セレナは小さく肩をすくめた。
「好きなだけ遊んでらっしゃい。私は先にマリスフィアへ帰るわ。忙しいの」
そう言い残し、彼女の姿は淡く掻き消える。
*
狼たちは子ゴブリンを背に乗せたまま包囲を崩さず、じりじりと距離を狭める。
ゴブリンキングは慌てて予備の剣を抜いた。
「かかってこい! 思い知らせてやる!」
遠 距離攻撃が一斉に放たれる。
矢は肉を裂くが、傷は脈打つように塞がっていく。
それが自然回復というものだった。
「そんな攻撃、クソでもない!」
余裕ぶった声。だが心臓は怖気づいている。
唯一の救いは、自分を圧倒していた牙狼の娘はもういないことだけ。
今こそ、逃亡の機会。
そう思い、後退を始めた。
だが――狼の輪は乱れない。
子ゴブリンの視線も逸れない。
初めて気付く。
自分が、追い詰められる側に回ったという現実。
強者しか従わなかった王が、弱者に囲まれ、震えている。
「くそっ! 突破口は無いのか?」
ゴブリンキングは、遠く視界の端に、動く者を見つけた。
「オークの斥候だな?」
峠の休憩所には、オーク達が進軍して防衛陣地を築いている。
さっきの防衛柵破壊の爆音が届いて、戦況を見に来たのだろう。
だが、狼達に囲まれているゴブリンキングを見て、逃げ出していた。
勿論、それに気がつかない狼たちでは無い。
「ワオーン!」
ルナの指示を受けた、数匹の狼が跡を追う。だが依然として、狼たちの数は多い。
「援軍が来るまで、耐え切れば逃げれるかもしれんな」
一匹、いや数匹までなら倒せるだろう。だが、数十匹の狼の群れに一斉に飛び掛かられたら倒され、地に足がつけば終わりだ。
「早く、早く来てくれ!」
ゴブリンキングは、生まれたから一度も祈ったことのない神に祈った。
その祈りは、届かなかった。
「ワオーン! ワオーン!」
それまでは遊んでいた狼たちの目の色が変わった。次なる獲物が現れた以上、この場で時間を潰していれない。
彼らの一番忌むべき存在であるオークが現れたのだ。
ルナが、爪を出して、覆う毛を逆立てて、ゴブリンの王に迫る。
「うわわわっ」
ゴブリンの子供は、振り落とされまいと必死にしがみつく。
ありえない加速、高い跳躍。
王は、落下を見越して剣を突き立てる。
「はっ」
鼻で笑うように、ルナは剣を爪で掴むと、もう一方の鋭い足の爪で王の顔を傷つける。噴き出る血。
それが合図だった。中には、狼の背に乗った勇敢なゴブリンの子供が、小さなナイフで王を襲う。まあ、殆ど傷はつかないが。
足をつき、倒され、立ちあがろうとすると、再び、倒される。
全快していたゴブリンキングの体力は、みるみる無くなっていく。自然治癒を遥かに凌ぐ攻撃によって。
「父を助けてくれ、ゴブリンの子、我が子よ」
王は地べたについた顔から懇願する。
「ワオーン!」
決着をつけろ、ルナが吠える。
「ふざけるな、お前など父ではない!」
「母の屈辱思い知るが良い!」
「みんな、剣を持て!」
ゴブリンの子供達は、ゴブリンキングを見下ろし、一斉に剣を刺した。何度も何度も心に刻むように。
「ワオーン!」
もう十分だろう。ルナが告げる。
マリスフィア侯爵軍の軍馬の足音が近づいてくる。彼らの戦いも終わったようだ。
子ゴブリンを背に再び乗せると、狼たちは、次なる戦場に向かった。
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