竜契の巨人 血を啜れ約束を果たせ 闘技場の王

織部

文字の大きさ
25 / 49

呪術師

しおりを挟む
「呪術師様は、どんな方ですか?」
「興味があるのか? お前にしては珍しいな。見て驚くよ」

闘技場にそびえる二つの高い塔。その一つに、呪術師様はいるという。しかし、その姿を見せることは滅多にないらしい。

塔の入り口には、今まで形式的に立っていた看守とはまるで違う、屈強な男が立っていた。分厚い門も、固く閉ざされている。

ワッドは書類を差し出し、用件を伝えると、胸元を開いて刻まれた奴隷紋を見せた。
見た目からは奴隷にはとても見えなかったが……俺は驚きを隠せなかった。

「武器はその箱に入れろ」
俺もワッドの真似をして武器を箱にしまうと、重々しく蓋が閉じられた。

「そちらの袋は?」
看守がワッドの持つ袋を指さす。
「いつものだ」
ワッドが袋の中身を見せると、門がゆっくりと内側から開いた。

「失礼しました。どうぞ、お登りください」
「待たせておる。急ごう」
ワッドが螺旋階段を駆け上がる。その速さは信じられない。

俺も必死で走ったが、すぐに置いていかれた。
じいさん、只者じゃないな……。
息が切れ、汗が頬を伝う。足は鉛のように重い。

それでも必死に階段を登り切り、最上階の扉を押し開けた。
──薄いカーテン越しに、大人の女性のシルエットが揺れている。

そして、透き通るように高い声が響いた。
「ワッド、遅いではないか!」
「申し訳ありません。これでお許しを」
「ふうむ……馬鹿たれ! これはいつもの報酬ではないか!」

「失礼致しました。次回は必ず持ってまいります」
「信用ならんな」
軽やかなやり取りの中、呪術師は贈答品の袋から何かを取り出し、口に運んだ。

──甘い香りがふわりと鼻をくすぐる。
バターと砂糖が焼ける、柔らかく心地いい匂いだ。

思わず声が漏れた。
「クッキーかな?」
「やらんぞ!」
カーテンの向こうから鋭い声が飛ぶ。続いて、呪術師の視線が俺に向けられている気配がした。

「ふうん、こやつか? 新しい剣闘士というのは?」
「はい。サーミヤ、その通りです」
「ふうん……面白いな。いや、珍しいな。お前、奴隷紋を刻むことに同意しているのだな?」

俺が頷くと、呪術師は愉快そうに笑った。
「はっはっは、ワッド、下がっておれ。わしはこいつと話がある。紋も刻んでおく」
「しかし……わかりました」

しぶしぶながら、ワッドは席を外した。
カーテン越しのシルエットを見る。
いや、違う。これは間違いなく、認識阻害だ。

「お主、名前は?」
「トルサン」
「なぜ、巨人族ともあろう種族が、人の奴隷になっておるのだ?」

鋭い視線が俺を突き刺す。
俺は息をのんだ。
──こいつ、俺を見抜いたのか。


奴隷紋については、カインに聞いたことがある。烙印、刺青、そして呪印。体に傷をつけずに呪術を施す呪印が、最も高度で難しいらしい。

つまり、ここにいる呪術師の腕前が高い証だ。

だが、それだけだろうか? 魔道具が見当たらないのに、この術は――規模は違えど、あの偉大なドラゴンが使った認識阻害の呪文と同じ類のものだ。

「呪文ですか?」
「おお、わかるのか? どこで見た?」
「それは……」

言えなかった。ドラゴンに繋がることは。俺が口を閉ざすと、サーミヤは焦れたように話題を変えた。

「では、私が何者か――」
「呪術じゃなくて呪文。魔術ではなく魔法。それを使えるのは、古代種族の末裔だけ。つまり……ハイエルフでしょうか?」

カーテンが消え、現れたのは――大人の女性の姿ではなく、可憐な少女の姿。尖った耳を持つエルフだった。

「正解だ。古代種族同士、仲良くしよう。安心しろ、ワッドたちは聞き耳を立てているが、何も聞こえん。ここに簡単には入れぬ」

彼女は古代魔法をいくつも展開しているようだった。魔力の流れは感じ取れたが、それ以上はわからなかった。

「でも……」
俺は口を開けなかった。
「そうだな、人はすぐに謀る。しかし私は違う。お前に一つ提案がある。奴隷紋とは、この闘技場とお前の不公平な契約だ。これを、私との契約に変えないか? 見た目は奴隷紋と変わらない。誰にもわからない」

「どういうことですか?」
彼女の言わんとすることが理解できなかった。

「奴隷紋は簡単に言えば、不公平な契約だ。奴隷の所有権は主人にあり、自由はない。主人はお前を他の者に売ることもできる。つまりお前は“物”だ。だからそんな契約はやめて、私と助け合う契約を結ぼう、ということだ」

「ばれたりしないのか?」
「そっくりに作るから大丈夫だ。紋章なんて、私の好きに作れるからな。まあ、お前が売られる時が一番まずい。その時の契約も私が結ぶ。どうにでもなる」

「そうか……だが、断る」
俺は首を振った。
「何故だ? 私ははめたりしない。契約は相手の同意がなければ成立しない」

彼女はすごく残念そうな顔をした。なぜそんな表情を?
「ああ、ここまで事情を話すとは思わなかった。嘘はついてない。なぜそんな顔をする?」

「数十年ぶりに会う古代種族だからな。契りを交わしたいと思うのは当然だ」
「そうか……」
俺も少なからず、友愛を感じていた。

「なら、奴隷紋とは別に、契りを交わそう。そんなことしなくても、全力で助けると誓うがね!」

「それでも……」
「ここにナイフがないからどうしようかな」
「指を出せ!」
彼女の鋭い爪が俺の指を切り裂く。血がぽたりと落ちた。

「え?」
驚く俺を見て、サーミヤは笑った。
「硬いのは巨人族だけの特徴じゃないよ」
「ん? お前……何だって?」

血の色を見て、サーミヤが驚愕の表情を浮かべた。
次の瞬間、彼女は俺の傷ついた指を口に含んだ。

「おい! 何をするんだ?」
「お前の血にドラゴンの気配がある」
サーミヤは自分の指を切り、血を垂らした。受け皿の中で二つの血が混じる。

「ここに、古の巨人トルサンと誇り尊きエルフ、サーミヤの契りが交わされる」
皿の中の血は蒸発するように消え――
俺の手の甲に、淡く光る紋様が浮かび上がる。奴隷紋に似ているが、違う……古の力だ。

「……これが古の契約か?」
サーミヤは満足げに頷いた。
「そうだ。これは我らの誓いだ。我の力が必要な時は必ず応じよう」
「ああ、もちろんだ」

サーミヤは上機嫌で笑ったが、その目は、俺の手の甲の紋様をじっと見つめていた。
「だが……お前の血にドラゴンの気配があるのはやはり気になる。巨人族の生き残りであるお前に、なぜそんなものが……」

俺が沈黙すると、サーミヤはしばらく考え込んだ。
やがて、小さく息を吐く。

「まあいい、今は追及するまい」
そう言うと、彼女は上機嫌にクッキーを口に運んだが、俺に分けてくれることはなかった。

カインに相談してからにすれば良かったな。俺は少し後悔したが、これは誰にも話せないことだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「美少女157人も召喚できるだと!?」社畜の俺、尖ったトラウマを全部『まあるく』収めて大賢者になる。── やっぱりせかいはまあるいほうがいい

あとりえむ
ファンタジー
『ヒロイン全員 挿絵付き』の異世界セラピーファンタジー。あなたの推しのヒロインは誰ですか? 「やはり、世界は丸いほうがいい……」 過労死した元データアナリスト参 一肆(まいる かずし)が女神様から授かったのは、アホみたいな数式から導き出された究極のハーレム召喚だった。 157人のヒロインたちに埋もれて、尖った世界を『まあるく』浄化しくしていく…… Dカップの村娘からIカップの竜の姫君まで、あらゆる属性のヒロイン達と一緒に、襲い来る「社畜のトラウマ」に立ち向かう。 全人類の半分の夢が詰め込まれた、極上のスキンシップの冒険譚が今開幕する!

巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった

ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。 学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。 だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。 暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。 よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!? ……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい! そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。 赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。 「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」 そう、他人事のように見送った俺だったが……。 直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。 「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」 ――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

「餌代の無駄」と追放されたテイマー、家族(ペット)が装備に祝福を与えていた。辺境で美少女化する家族とスローライフ

天音ねる(旧:えんとっぷ)
ファンタジー
【祝:男性HOT18位】Sランクパーティ『紅蓮の剣』で、戦闘力のない「生産系テイマー」として雑用をこなす心優しい青年、レイン。 彼の育てる愛らしい魔物たちが、実はパーティの装備に【神の祝福】を与え、その強さの根源となっていることに誰も気づかず、仲間からは「餌代ばかりかかる寄生虫」と蔑まれていた。 「お前はもういらない」 ついに理不尽な追放宣告を受けるレイン。 だが、彼と魔物たちがパーティを去った瞬間、最強だったはずの勇者の聖剣はただの鉄クズに成り果てた。祝福を失った彼らは、格下のモンスターに惨敗を喫する。 ――彼らはまだ、自分たちが捨てたものが、どれほど偉大な宝だったのかを知らない。 一方、レインは愛する魔物たち(スライム、ゴブリン、コカトリス、マンドラゴラ)との穏やかな生活を求め、人里離れた辺境の地で新たな暮らしを始める。 生活のためにギルドへ持ち込んだ素材は、実は大陸の歴史を塗り替えるほどの「神話級」のアイテムばかりだった!? 彼の元にはエルフやドワーフが集い、静かな湖畔の廃屋は、いつしか世界が注目する「聖域」へと姿を変えていく。 そして、レインはまだ知らない。 夜な夜な、彼が寝静まった後、愛らしい魔物たちが【美少女】の姿となり、 「れーんは、きょーも優しかったの! だからぽるん、いーっぱいきらきらジェル、あげたんだよー!」 「わ、私、今日もちゃんと硬い石、置けました…! レイン様、これがあれば、きっともう危ない目に遭いませんよね…?」 と、彼を巡って秘密のお茶会を繰り広げていることを。 そして、彼が築く穏やかな理想郷が、やがて大国の巨大な陰謀に巻き込まれていく運命にあることを――。 理不尽に全てを奪われた心優しいテイマーが、健気な“家族”と共に、やがて世界を動かす主となる。 王道追放ざまぁ × 成り上がりスローライフ × 人外ハーモニー! HOT男性49位(2025年9月3日0時47分) →37位(2025年9月3日5時59分)→18位(2025年9月5日10時16分)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

処理中です...