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ひとつの処方箋
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こんにちは、初めまして。リリカよ」
私はしゃがんで目線を合わせ、そっと声をかけた。
「……ミル」
少女はパールの影に隠れながら、小さな声で答える。瞳はまだ怯えていて、足元にはぎゅっと力が入っている。
「ミルちゃん、ちょっとだけ、お邪魔してもいいかな?」
彼女はほんの少しだけ、こくりと頷いた。
その小さな動きに、私は安心したように微笑む。
「おい、リリカ嬢、近寄るな。病気が感染るぞ!」
「子供の前でそんな言い方、やめてくれませんか?」
私は立ち上がりながら、パールに静かに言った。言葉は穏やかだが、その目には確かな意志が宿っている。
この病気の症状――咳、微熱、それに皮膚の発疹。間違いない。
ゲームの中で散々見た症例だ。分岐ルートのために製薬スキルを徹底的に鍛えた私の記憶には、主だった病気と対処薬の一覧がしっかり残っている。
ここにきて初めて、「あの膨大な知識」が現実で役に立った。
私はミルの肩にそっと手を置いた。わずかに肩がすくむが、振り払われることはなかった。
「ミルちゃん、あなたの病気はちゃんと治るの。たとえ誰かに感染っても、すぐ治せる薬があるから、大丈夫よ」
視線をセバスとエマに向け、目配せを送る。
――いつものキッチン占拠作戦、発動よ。
「さ、お茶の時間にしましょう。それと、お菓子もね!」
「そんなもん、受け取らんぞ!」
「もう裁判官やめたって聞いたわ。じゃあ、利害関係者じゃない。ただの知り合いよ。病気と戦うには、まず栄養から!」
ミルの目が、机の上のお菓子を一瞬だけ追った。だが、すぐに視線を逸らして、パールの後ろに隠れる。
それでも、その一瞬の興味は見逃さない。
「……ありがとう」
パールがぼそりと、だが確かに頭を下げた。
それはほんのわずかな、でも確かな変化だった。
——これは最高の気分である。
「ミルちゃんは、ここで待っててね」
私はエマに目をやる。彼女なら、安心させてくれる。
案の定、ミルは少しだけ、口元をゆるめた。
病気の介護方法を、セバスとエマに伝えて任せる。もちろん完璧に知っている。
二人の視線が尊敬に変わったのを感じる。
うふふ、ちょっと嬉しい。
お茶会では、エマが私の魔法修行の話を楽しげに聞いていた。
ミルが眠そうになったので、エマが寝かしつけに行く。
「リリカ嬢が、こんなに面白い人だとは知らなかった!」
「失礼ね。それで病気なんだけど……もしかしてミルちゃんの両親も?」
「ああ、そうだ。だから引き取って育てている。聖女様からも薬はもらった。だが、なかなか良くならん」
パールがふと呟くように漏らした。
その声音には、怒りでも悲しみでもない――諦めにも似た、重さがあった。
なるほど、そういうことか。
薬を受け取るかわりに裁判官の座を降りたのね。引き換えにせざるを得なかったか。私が聖女様でも、そうするかも。
「その薬、見せてもらってもいい?」
「こんなもんで分かるのか?」
「当然よ」
私は錠剤を一つ、指先で転がしてから、口に含んだ。
味、香り、後味の持続……ふむふむ、八十点ね、聖女様。
処方は悪くない。でも、これは違う。
「どうなんだ?」
「卑怯な言い方はしたくないから、率直に言うわね。おそらく、パール様が説明した症状がちょっと大げさだったの。だから、類似した別の病の薬を処方されたのよ」
私は机の上に薬瓶を置き、説明を始めた。
言葉に熱がこもる。
この病は初期症状が他の多くの病気と似ているから、判断を誤りやすいの。でも、正しく問診すれば、治療は簡単。薬の服用と正しい介護だけで、回復は早いわ。
パールの目が鋭く細められた。
その奥に、わずかに――希望が差したように見えた。
さらに私は、薬の調合と投与スケジュール、介護の注意点などを詳しく語った。
ああ、楽しい!
「……で、その薬はいつ手に入る?」
彼は話を打ち切るように問いかけてきた。
「ええ? パール様は法律以外には興味ないの? あんなに『証明責任が~』って言ってたのに?」
「話を逸らすな」
「はぁ……できるだけ早くとしか言えないわ。素材の準備もあるし、精製にも時間が要るの」
「金なら払う」
「いらないわ」
私は笑って答えた。まっすぐに、誠意と希望を込めて。
「パール様の職場復帰が希望よ」
「俺を買収された裁判官にするつもりか」
老人の目が鋭く光る。だが、その奥にほんの少し、揺らぎがある。
「そんな裁判は、面白くないわ」
私は真っ直ぐに言った。
「でも現実には、買収された裁判官が多すぎる。だから、公平な人が必要なの。あくまで、希望よ」
「……老けるには、早すぎるか」
「うん、まだまだ現役!」
「ミルが元気にならんとな」
「もちろん。待っててね」
タスクをひとつ終えたはずなのに、新しいタスクが湧いてくる。
その瞬間、私は思い出した。
ああ、そうだ――ミルだけじゃない。ガンツのところの少年たちの怪我も治さないと。
私は新しいタスクを胸に刻み、微笑んだ。
私はしゃがんで目線を合わせ、そっと声をかけた。
「……ミル」
少女はパールの影に隠れながら、小さな声で答える。瞳はまだ怯えていて、足元にはぎゅっと力が入っている。
「ミルちゃん、ちょっとだけ、お邪魔してもいいかな?」
彼女はほんの少しだけ、こくりと頷いた。
その小さな動きに、私は安心したように微笑む。
「おい、リリカ嬢、近寄るな。病気が感染るぞ!」
「子供の前でそんな言い方、やめてくれませんか?」
私は立ち上がりながら、パールに静かに言った。言葉は穏やかだが、その目には確かな意志が宿っている。
この病気の症状――咳、微熱、それに皮膚の発疹。間違いない。
ゲームの中で散々見た症例だ。分岐ルートのために製薬スキルを徹底的に鍛えた私の記憶には、主だった病気と対処薬の一覧がしっかり残っている。
ここにきて初めて、「あの膨大な知識」が現実で役に立った。
私はミルの肩にそっと手を置いた。わずかに肩がすくむが、振り払われることはなかった。
「ミルちゃん、あなたの病気はちゃんと治るの。たとえ誰かに感染っても、すぐ治せる薬があるから、大丈夫よ」
視線をセバスとエマに向け、目配せを送る。
――いつものキッチン占拠作戦、発動よ。
「さ、お茶の時間にしましょう。それと、お菓子もね!」
「そんなもん、受け取らんぞ!」
「もう裁判官やめたって聞いたわ。じゃあ、利害関係者じゃない。ただの知り合いよ。病気と戦うには、まず栄養から!」
ミルの目が、机の上のお菓子を一瞬だけ追った。だが、すぐに視線を逸らして、パールの後ろに隠れる。
それでも、その一瞬の興味は見逃さない。
「……ありがとう」
パールがぼそりと、だが確かに頭を下げた。
それはほんのわずかな、でも確かな変化だった。
——これは最高の気分である。
「ミルちゃんは、ここで待っててね」
私はエマに目をやる。彼女なら、安心させてくれる。
案の定、ミルは少しだけ、口元をゆるめた。
病気の介護方法を、セバスとエマに伝えて任せる。もちろん完璧に知っている。
二人の視線が尊敬に変わったのを感じる。
うふふ、ちょっと嬉しい。
お茶会では、エマが私の魔法修行の話を楽しげに聞いていた。
ミルが眠そうになったので、エマが寝かしつけに行く。
「リリカ嬢が、こんなに面白い人だとは知らなかった!」
「失礼ね。それで病気なんだけど……もしかしてミルちゃんの両親も?」
「ああ、そうだ。だから引き取って育てている。聖女様からも薬はもらった。だが、なかなか良くならん」
パールがふと呟くように漏らした。
その声音には、怒りでも悲しみでもない――諦めにも似た、重さがあった。
なるほど、そういうことか。
薬を受け取るかわりに裁判官の座を降りたのね。引き換えにせざるを得なかったか。私が聖女様でも、そうするかも。
「その薬、見せてもらってもいい?」
「こんなもんで分かるのか?」
「当然よ」
私は錠剤を一つ、指先で転がしてから、口に含んだ。
味、香り、後味の持続……ふむふむ、八十点ね、聖女様。
処方は悪くない。でも、これは違う。
「どうなんだ?」
「卑怯な言い方はしたくないから、率直に言うわね。おそらく、パール様が説明した症状がちょっと大げさだったの。だから、類似した別の病の薬を処方されたのよ」
私は机の上に薬瓶を置き、説明を始めた。
言葉に熱がこもる。
この病は初期症状が他の多くの病気と似ているから、判断を誤りやすいの。でも、正しく問診すれば、治療は簡単。薬の服用と正しい介護だけで、回復は早いわ。
パールの目が鋭く細められた。
その奥に、わずかに――希望が差したように見えた。
さらに私は、薬の調合と投与スケジュール、介護の注意点などを詳しく語った。
ああ、楽しい!
「……で、その薬はいつ手に入る?」
彼は話を打ち切るように問いかけてきた。
「ええ? パール様は法律以外には興味ないの? あんなに『証明責任が~』って言ってたのに?」
「話を逸らすな」
「はぁ……できるだけ早くとしか言えないわ。素材の準備もあるし、精製にも時間が要るの」
「金なら払う」
「いらないわ」
私は笑って答えた。まっすぐに、誠意と希望を込めて。
「パール様の職場復帰が希望よ」
「俺を買収された裁判官にするつもりか」
老人の目が鋭く光る。だが、その奥にほんの少し、揺らぎがある。
「そんな裁判は、面白くないわ」
私は真っ直ぐに言った。
「でも現実には、買収された裁判官が多すぎる。だから、公平な人が必要なの。あくまで、希望よ」
「……老けるには、早すぎるか」
「うん、まだまだ現役!」
「ミルが元気にならんとな」
「もちろん。待っててね」
タスクをひとつ終えたはずなのに、新しいタスクが湧いてくる。
その瞬間、私は思い出した。
ああ、そうだ――ミルだけじゃない。ガンツのところの少年たちの怪我も治さないと。
私は新しいタスクを胸に刻み、微笑んだ。
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