完結 断罪された悪役令嬢に、引きこもり廃ゲーマーが転生。ゲーム終了後の貧乏平民からの無双。リリカ・ノクスフォードのリベリオン

織部

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ティアを探して、リリカ山を登る

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 ナイルの家に帰りついた頃には、すでに夜も更けていた。

「もう……眠い……」
 あの階段、完全に効いた。運動不足って本当に怖い。

「ただいまー……」

 玄関の扉を開けると、中はすっかり片付いていて、空気まで澄んでいる。

「ああ、ガンツ……じゃなかった、ゲンツさんたちが大勢で来て、掃除や修繕をしていきました。まあ……いろいろと、大変でしたが」
 ナイルが苦笑いしながら迎えてくれた。

「ふーん。じゃあ、明日は薬草採りに行くわ。ナイルは製薬機器の準備を。セバスと……ゲンツさんに、薬草採集班を結成するよう伝えて!」

「一体、何を始めるんです?」ナイルが困惑する。

「うん、決めた! 薬、作るなら――薬屋、始めましょう!」

「……はあ……」

 我ながら、いいアイデアだと思う。薬草は山に生えてるし、仕入れにコストもいらない。資金ゼロでもスタートできるなんて、元商人なら涙を流すレベルの超優良ビジネスだ。

 私は、にやりと微笑んだ。

「リリカ様、おはようございます」

 エマの澄んだ声が、平和な朝を粉々に砕いた。

「う……うう……もうちょっとだけ……。いま寝たばっかり……」

 薬草リストを作っていたら、いつの間にか空が明るくなっていた。机の上は、インクとメモで埋め尽くされている。

「知ってますよ。馬車の中でお休みくださいね」

 気がつけばエマは、完璧なメイド服姿で仁王立ち。まったく隙がない。

「おはようございますッ!」

 ガンツたちが勢いよく現れた。全員、坊主頭に真っ白な魔法衣。なんというか……某・怪しい〇〇団体にしか見えない。

「じゃあ、今日も頑張りましょう。セバスチャン、これ!」

 私は渾身の力作――《王都近郊薬草マップ》を差し出す。手描きとは思えない精密さで、希少薬草の分布から魔物の出没ポイントまでぎっしり詰め込んだ一枚だ。

「ほほう……」

 さすがセバス。内容を一目で把握し、その価値を即座に理解してくれたようだ。

「採りすぎは厳禁。あと――」

 彼はガンツと打ち合わせを進め、全体をいくつかの班に編成していく。特に危険地帯は私たちが直々に担当。情報漏洩対策も兼ねている。

 一昨日は西の隣国、昨日は南の港町。そして、今日は――

「……山?」

 思わず顔を上げる。セバスが微笑んだ。

「私とガンツでお背負いしますので、ご安心を」

 お察ししていますとでも言いたげなその笑みに、有能の極みを見た。

「なるほどね……。そりゃ、元・悪役令嬢チームが手強いわけだわ」

 ということで、私は馬車の中で爆睡することにした。

 頬に冷たい風が触れた。エマが窓を開けたようだ。

「リリカ様、あの山が……もう、目の前ですよ」

 馬車の窓から見えたのは、空の青を切り裂くようにそびえ立つ『エベレス山脈』。頂には、真夏だというのに白い雪が残っている。

「う、うーん……まさか、あの山に登るの? ゲームだと、どうしてたっけ……?」

「ティアを……ティアを探さなきゃ……」

「……薬草の名前ですか?」

「氷を吹いて……無敵の強さで……」

「え?」

「空を飛ぶんだよ……!」

「何ですかそれ、まるでドラゴン!」

「当然! キング・オブ・キングよ!」

「何言ってんねん!」

 エマの完璧なツッコミで、ようやく我に返る。……やばい、また思考が口から漏れてた。

『ティア』この山に棲む、伝説のドラゴン。ゲーム内では超レアで、特定ルートでしか出現しない幻の存在。狂王スサノオの父が使役していた、伝説の守護竜。

「……まさか、聖女様がドラゴンを使役してるとか?」

「そんな話、聞いたことないよ!」

 でも、出会えるかもしれない。使役できる可能性は、低くてもゼロじゃない。そしてティアは、人間の争いには関わらない誇り高い存在だった。

 関係ない――はずだった。でも、会えるなら、話は別だ。

 だって……かっこいいんだもん。

 というわけで。

 私のタスク欄に、新たな案件が追加された――『ドラゴン級:ティアと邂逅せよ』。

 私たちは、エベレス山脈の登り口に立っていた。

 見上げれば、幾重にも重なる稜線が、真夏の空を鋭く切り裂いている。蝉の声は聞こえない。ただ、風が草を渡る音だけが響いていた。

 麓の村に一軒家を借り、そこを拠点とすることにした。この山には希少な薬草が数多く眠っている――が、その多くは魔物の縄張りの奥地にある。泊まり込みでの採取が必要になるだろう。

「まずは途中にある湖を目指しましょう!」

 エマが張りきって声を上げる。私はほんの少しだけ、気圧される。

(……そうだった。この山、最初は緩やかでも、途中から容赦なく牙を剥くんだった)

 観光気分で登る場所じゃない。ここは“本気登山”――まさに修験道。

「準備は整っております」

 セバスが、背筋をぴんと伸ばして告げた。完璧な準備と、完璧な自信。その言葉には一片の迷いもない。

 私たちは登山用の装備に着替える。通気性の良いシャツに、丈夫な登山靴。魔法衣は魔物対策として、私の肌にぴたりと張り付いていた。

(まるで異世界“山伏”じゃない……?)

「……ここに残るって選択肢は……」

「ナシです!」
 即答するエマ。

「リリカ様しか、薬草を正確に見分けられないんですから!」

 正論。痛いほど正論。

「じゃ、じゃあ、絵に描いて渡すとか……」

「それ、リリカ様が一番嫌う“非効率”ですよ? セバス様も“背負う”って言ってましたし!」

 完璧な包囲網。逃げ道は、もはやない。

 こうなったら――登るしか、ない。

 道中、何度か魔物に出くわしたが、エマとガンツたちが軽々と撃退してくれた。

「私の出番が……」

「これくらい、援護をいただくまでもありませんよ」

 セバスは、私を背に軽々と担いだまま、涼しい顔でそう言った。

「見ただろ、お嬢! これが、俺たちの実力だ!」

 ガンツが誇らしげに笑う。……ほんと、頼もしい。

 やがて、山の中腹にある小さな湖に到着した。

「踏まないように気をつけて! 小さな白い花があるの!」

 水際に咲いているのは、短い夏にしか顔を出さない幻の薬草。

「これは……?」

「スノウリリー。最上級のリカバリーポーションの素材よ。あんまり採っちゃだめ。絶やしたら、来年がなくなっちゃうから」

 湖面に風が渡り、小さな白い花が揺れている。

 私は、しゃがみ込み、そっと一輪だけを摘んだ。

 その手の中で、確かに命の香りがした。
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