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この世界にやり直しは無い
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「大変です!」
エマが、顔面蒼白で部屋へ飛び込んできた。
「どうしたの?」
私は、胸の奥にざわりと波が立つのを感じた。尋常ではない気配が、エマの全身から滲み出ていた。
彼女は言葉を選ぶように、震える唇で告げた。
「バルト様が……亡くなりました」
「え……? どうして?」
それは、ゲーム内のどのルートにも存在しなかった事件だ。だが、ここはすでに“ゲーム終了後”の世界。何が起きても、おかしくないとは思っていた……けれど。
「それが……強盗団ラ・ムート・ド・ロンブルの仕業だとか……」
――いやいやいや。あいつらは、今ここで働いてるし。
「それ、でまかせよね?」
「……元所領から戻る途中で、襲われたそうです」
「でも、証拠は? 本当に、彼らが?」
「武器と……あの、トレードマークの赤いスカーフが、落ちていたと……」
……やられた。
カンクローにそんな知恵と度胸があるわけがない。むしろ、それを巧みに“利用した”連中がいる。奴らに違いない。
でも──
父を、バルトを死なせた遠因は……私だ。
私が、奴らに姑息な策を考える“きっかけ”を与えてしまった。
私がもっと注意深くあれば──彼を、守れていたかもしれない。
「バルトたちを、父の警護に就かせるべきだった。……あるいは、私が……」
――影武者なんてことは?
いや、あの人なら有り得る。常に先を読む人だった。だが、もしこれが“本物”なら……。
「とにかく、現地に向かいましょう」
「乗せて行くよ!」
ティア様の申し出に甘え、私とエマ、そしてナイルは、急ぎ現場へと向かった。
場所は、王都と旧ノクスフォード宰相領の間にある、峠道。
近くの森に降りると、峠の周辺には、すでに聖蛇騎士団の姿があった。
胸の銀色のプレートに刻まれた蛇の紋章──
それは、第三王子派にして、ゲーム内の主人公《聖女》の側近たちの象徴だった。
副団長は、ジュリアン・セリオ。
ゲームでは、聖女に片想いする単純な脳筋騎士だった。だが、その行動原理の単純さゆえに、操りやすい人物でもある。
ノクスフォード家が取り潰された後、所領の大半はセリオ家に組み込まれたという。まるで、最初から仕組まれていたかのように。
「あ、いた……ジュリアン」
険しい顔で現場検証を終えた彼は、出発を待っているように見えた。いや──違う。
負傷者がいて、その治療に当たっている。
「どうする? 話しかける?」
「ダメですよ。今は下手に動けば、逆に不審者扱いされ、捕まります」
「何を言ってるの。被害者は……私の父よ。父なのよ!」
なぜか、感情が抑えられなかった。
焦燥、混乱、恐怖。すべてが渦を巻いて、私の中で暴れていた。
エマが私の腕を掴む。涙でにじんだ瞳をこちらに向け、必死に首を振る。
それでも私は、我慢できず、飛び出そうとした──その時。
騎士団が、父の馬車らしきものを新しい馬に繋ぎ、王都へと出発した。
まるで“見せしめ”のように、襲撃を受けた痕のまま、引かれていく。
「父は……どこに?」
「……わかりません」
騎士団が去った後、私たちは峠の現場へと足を踏み入れた。
「奴ら、犯人を探している様子すらなかったのに、軽傷の隊員がいて、わざわざ現地で治療していた。それに……事件の情報が、王都に伝わるのが、早すぎる」
──違和感しかない。
「リリカ様。……バルト様の馬車を、追いましょう」
ナイルの冷静な言葉に、私は頷いた。
王都の検問に着くと、父の馬車は無人のまま、ぽつんと放置されていた。
近くには誰もいない。誰も、近づこうとしない。
私は、その馬車にゆっくりと近づき、扉へ手を伸ばそうとした。
──が。
その手を、誰かが止めた。
振り向くと、男が、声を殺して泣いていた。
「リリカ様……。ここでお待ちください。私に、運ばせてください」
それは、セバスだった。
「我が主人、バルト・ノクスフォード様は、元宰相でありながら、実は──一流の戦士でもございました。こんな無様に、撃たれて逝くとは……どれほど、無念だったことでしょう」
彼は、馬車の中にいる父に毛布をかけ、静かに、その身を抱き上げた。
他の従者たち──「悪の軍団」の仲間たちも、まるで“粗大ごみ”のように投げ捨てられていた遺体を、一人ずつ、丁寧に、静かに拾い上げてくれている。
「……やはり、父は殺されていたのか」
あらゆる理想が、砕かれた。
この物語に、“やり直し”なんてものは、ない。
「全員、傾注──! バルト・ノクスフォード宰相に、敬礼!」
警備員や門番たちが、無言で立ち並び、敬礼する。
遺体を乗せた馬車は、その列の前を、ゆっくりと通り過ぎていった。
※
葬儀は、貧民街の一角にある小さな教会で、身内だけで行うことになった。
閉ざされた扉の外には、弔問者たちが花束を捧げ、無言で祈っていた。
私は、そこで──初めて、バルト・ノクスフォードに“会う”ことができた。
「リリカ……ごめん。あなたの望みを叶えることはできなかった。あなたの父さんを……殺させてしまった」
心の中で、私は彼女に謝った。
そして、安らかな死に顔を見せているバルトに、彼女の代わりに伝える。
「あなたの娘、リリカは……あなたのことが一番大切で、好きでした。
でも、不器用で……それを、ちゃんと伝えられなかったんです」
なぜか、涙は止まらなかった。
きっと、私の中にいるリリカの魂が、いま──嗚咽しているのだろう。
私は顔を上げた。
そこにいる「悪の軍団」のメンバーたちが、静かに、私を見ていた。
その視線を、正面から受け止め、私は彼らに宣言した。
「私のやり方で──私なりの“復讐”を始める!」
エマが、顔面蒼白で部屋へ飛び込んできた。
「どうしたの?」
私は、胸の奥にざわりと波が立つのを感じた。尋常ではない気配が、エマの全身から滲み出ていた。
彼女は言葉を選ぶように、震える唇で告げた。
「バルト様が……亡くなりました」
「え……? どうして?」
それは、ゲーム内のどのルートにも存在しなかった事件だ。だが、ここはすでに“ゲーム終了後”の世界。何が起きても、おかしくないとは思っていた……けれど。
「それが……強盗団ラ・ムート・ド・ロンブルの仕業だとか……」
――いやいやいや。あいつらは、今ここで働いてるし。
「それ、でまかせよね?」
「……元所領から戻る途中で、襲われたそうです」
「でも、証拠は? 本当に、彼らが?」
「武器と……あの、トレードマークの赤いスカーフが、落ちていたと……」
……やられた。
カンクローにそんな知恵と度胸があるわけがない。むしろ、それを巧みに“利用した”連中がいる。奴らに違いない。
でも──
父を、バルトを死なせた遠因は……私だ。
私が、奴らに姑息な策を考える“きっかけ”を与えてしまった。
私がもっと注意深くあれば──彼を、守れていたかもしれない。
「バルトたちを、父の警護に就かせるべきだった。……あるいは、私が……」
――影武者なんてことは?
いや、あの人なら有り得る。常に先を読む人だった。だが、もしこれが“本物”なら……。
「とにかく、現地に向かいましょう」
「乗せて行くよ!」
ティア様の申し出に甘え、私とエマ、そしてナイルは、急ぎ現場へと向かった。
場所は、王都と旧ノクスフォード宰相領の間にある、峠道。
近くの森に降りると、峠の周辺には、すでに聖蛇騎士団の姿があった。
胸の銀色のプレートに刻まれた蛇の紋章──
それは、第三王子派にして、ゲーム内の主人公《聖女》の側近たちの象徴だった。
副団長は、ジュリアン・セリオ。
ゲームでは、聖女に片想いする単純な脳筋騎士だった。だが、その行動原理の単純さゆえに、操りやすい人物でもある。
ノクスフォード家が取り潰された後、所領の大半はセリオ家に組み込まれたという。まるで、最初から仕組まれていたかのように。
「あ、いた……ジュリアン」
険しい顔で現場検証を終えた彼は、出発を待っているように見えた。いや──違う。
負傷者がいて、その治療に当たっている。
「どうする? 話しかける?」
「ダメですよ。今は下手に動けば、逆に不審者扱いされ、捕まります」
「何を言ってるの。被害者は……私の父よ。父なのよ!」
なぜか、感情が抑えられなかった。
焦燥、混乱、恐怖。すべてが渦を巻いて、私の中で暴れていた。
エマが私の腕を掴む。涙でにじんだ瞳をこちらに向け、必死に首を振る。
それでも私は、我慢できず、飛び出そうとした──その時。
騎士団が、父の馬車らしきものを新しい馬に繋ぎ、王都へと出発した。
まるで“見せしめ”のように、襲撃を受けた痕のまま、引かれていく。
「父は……どこに?」
「……わかりません」
騎士団が去った後、私たちは峠の現場へと足を踏み入れた。
「奴ら、犯人を探している様子すらなかったのに、軽傷の隊員がいて、わざわざ現地で治療していた。それに……事件の情報が、王都に伝わるのが、早すぎる」
──違和感しかない。
「リリカ様。……バルト様の馬車を、追いましょう」
ナイルの冷静な言葉に、私は頷いた。
王都の検問に着くと、父の馬車は無人のまま、ぽつんと放置されていた。
近くには誰もいない。誰も、近づこうとしない。
私は、その馬車にゆっくりと近づき、扉へ手を伸ばそうとした。
──が。
その手を、誰かが止めた。
振り向くと、男が、声を殺して泣いていた。
「リリカ様……。ここでお待ちください。私に、運ばせてください」
それは、セバスだった。
「我が主人、バルト・ノクスフォード様は、元宰相でありながら、実は──一流の戦士でもございました。こんな無様に、撃たれて逝くとは……どれほど、無念だったことでしょう」
彼は、馬車の中にいる父に毛布をかけ、静かに、その身を抱き上げた。
他の従者たち──「悪の軍団」の仲間たちも、まるで“粗大ごみ”のように投げ捨てられていた遺体を、一人ずつ、丁寧に、静かに拾い上げてくれている。
「……やはり、父は殺されていたのか」
あらゆる理想が、砕かれた。
この物語に、“やり直し”なんてものは、ない。
「全員、傾注──! バルト・ノクスフォード宰相に、敬礼!」
警備員や門番たちが、無言で立ち並び、敬礼する。
遺体を乗せた馬車は、その列の前を、ゆっくりと通り過ぎていった。
※
葬儀は、貧民街の一角にある小さな教会で、身内だけで行うことになった。
閉ざされた扉の外には、弔問者たちが花束を捧げ、無言で祈っていた。
私は、そこで──初めて、バルト・ノクスフォードに“会う”ことができた。
「リリカ……ごめん。あなたの望みを叶えることはできなかった。あなたの父さんを……殺させてしまった」
心の中で、私は彼女に謝った。
そして、安らかな死に顔を見せているバルトに、彼女の代わりに伝える。
「あなたの娘、リリカは……あなたのことが一番大切で、好きでした。
でも、不器用で……それを、ちゃんと伝えられなかったんです」
なぜか、涙は止まらなかった。
きっと、私の中にいるリリカの魂が、いま──嗚咽しているのだろう。
私は顔を上げた。
そこにいる「悪の軍団」のメンバーたちが、静かに、私を見ていた。
その視線を、正面から受け止め、私は彼らに宣言した。
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