完結 断罪された悪役令嬢に、引きこもり廃ゲーマーが転生。ゲーム終了後の貧乏平民からの無双。リリカ・ノクスフォードのリベリオン

織部

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ドラゴンの庭

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「それで、何の用だい?」
ティアがこちらに目を向け、ゆったりと問いかけてきた。
その声音は、まるで山の上から風が降りてくるかのように静かで悠然としていた。

「実は……このエベレス山、ティア様のお庭に生えている薬草を、少しだけ頂けないでしょうか?」
「なんだ、そんなことか。悪魔でも出たのかと思ったよ。好きにすればいいさ」
拍子抜けするほど、あっさりと許可が出た。
だが、私の視線に何かを感じ取ったのか、ティアはゆっくりとこちらに目を細めてくる。

「……乗せてほしいってことかい?」
びくん、と肩が跳ねる。私は素直に頷いた。
「……はい」
「ふふ、いいよ。乗りな!」

やった、大成功――のはずだった。
だが、神という存在はいつだって、チャンスのすぐ後にピンチを差し出してくる。

「死ぬ……いや、いっそ殺してくれ……」
私は高所恐怖症という、誇らしくもない属性まで、この世界に持ち込んでしまったらしい。
目をぎゅっと閉じ、銀色の鱗に必死でしがみつく。

その様子を、テンションの高まりと勘違いしたのだろう。ティアは嬉々として、まっすぐ山頂に向かわず、悠々と空を旋回し始めた。

「わぁ、とっても綺麗っ。ねえリリカ様、あれ見てください! 王都が見えますぅ!」
隣から弾んだ声が聞こえる。
エマの声はいつだって朗らかで、そして、絶望的に無邪気だ。

私は――
人生で初めて、人間に……いや、彼女にだけは、本物の殺意を抱いた。
今だけは、誰にも私の心を咎められないと思う。

ガンツたちは空気のように沈黙を守り、無言で“無”を演じていた。
景色を楽しむ余裕など、彼らにもないのだろう。同志よ……。

「――じゃあ、久しぶりに王都でも行こうかな。王室や教会がどうなってるか、ちょっと気になるしね」
「やったぁ! ティア様、大好きっ! リリカ様、良かったですねぇ。お家に早く帰れますよぉ!」
「い、いやいやいやいや、そんな……そんな大それた……!」
私の必死の抵抗もむなしく、会話はまるで流れる水のように先へ進んでいく。

こんな選択肢、私は一度も選んだ覚えがない。
「……はぁ」
深く息を吐き、私はそっと頭を垂れた。


山頂での薬草採取は、驚くほどあっさりと終わった。
というのも、ティアが自ら案内してくれたのだ。
「どう? この庭、綺麗でしょ。最近、ガーデニングに凝っててね!」

「はい……本当に、素晴らしいお庭です」
そこに咲いていたのは、まさに探していた薬草。
可憐な見た目に、清々しい香り。ミルの病を救う薬の主成分となるものだった。

「好きに持っていっていいよ」
任務は、拍子抜けするほどあっけなく完了した。
ドラゴンがリアル庭を育てているなんて、聞いたことがない。

もし無断で踏み込んでいたら、確実に“踏み荒らした害獣”扱いで処分されていただろう。
「ありがとうございました、ティア様。私は薬草の処理がありまして、これで――」

そっと一礼し、踵を返そうとしたそのとき。
「リリカ様、処理の方法については、すでに把握しております。どうぞ、お先に王都へ」

……あ。裏切ったな?
いや、違う。これは――天才執事、セバスの手際の良さだ。
ガンツたちは何やら作業に没頭していて、こちらを振り返ることすらしない。

そして。
「早くぅ、いきましょうよリリカ様~。ティア様がお待ちですよぉ!」
いつの間にか荷物をまとめ終えたエマが、私の手をぐいっと引っ張った。
私は静かに目を閉じた。

高所恐怖症を治す薬なんて――
私の記憶にも、ポーチの中にも、存在していなかった。


 まるで戦闘機だった。いや、乗り心地はジェット機のように良かったが。
 ティア様の背に乗った私たちは、空を飛んでいた。

 風は感じない。
 それはティア様の翼膜が、すべての気流を遮断してくれているかららしい。
……まあ、感じてたら私たち今ごろ空中分解してる。

「下を見なければ問題ない。景色も綺麗だ!」
 恐怖で硬直した背中の筋肉を、少しずつほぐす。ようやく呼吸ができた気がした。

「ティア様のこと、驚かないんですね?」とエマが話しかける。
 その視線の先には、どうやら畑で働く農民たちの姿が見えているらしい。
「ああ、姿は隠してるからね。ドラゴンがそのまま飛んでたら、王都がパニックになるよ」

……おいエマ。
 今、飛行中だぞ? そんな余計なこと言うから、ティア様がそっち見たじゃないか。
ちょ、今の揺れたよね!? 本当にやめて……!


命がけの空の旅を乗り越え、ようやく私たちは王都近くの丘に、ふわりと着地した。
完璧なソフトランディングだった。
「ありがとうございます!」

「じゃ、行こうか!」
 ティア様はひらりと舞い上がると、小さな姿へと変化し、私の肩にちょこんと停まった。

──え、マジかよ。
 彼女(ドラゴンに性別があるかは知らないけど、卵を産んでたからたぶんメス)は、どうやらこのまま王都観光に行くつもりらしい。

「一度、家に戻らなければいけません。エマ、ティア様に王都をご案内して」
「いいよ! おうち訪問しちゃうよ~!」

いやいやいやいや、伝説のドラゴン様を、貧民街の裏路地にある薬草臭い借家に連れてくとか。
どう考えても、文明の終焉フラグなんだけど……。


「ただいまー」
 ナイルの商店の扉を開けた瞬間、天井まで積み上げられた薬草と、せわしなく働くガンツ隊が目に入った。

「……え?」
 ナイルがぽかんとした顔でこちらを見た。まあ当然だ。私の肩に、伝説級の“なにか”が乗っているのだから。

「早いお帰りですね……って、肩の……鷹? 連れてきたんですか?」
──こいつ、馬鹿なの? 命が惜しくないの?
 私は無言でティア様のほうを見やり、深々と頭を下げた。

「すみません。この男、後ほどドラゴン様基準で処理いたします」
「ちょ、ちょっと!? 何言ってるんですか!? 本当に意味がわからないんだけど!」

 私は薬草の山をかき分けながら、工場の一角にティア様をご案内する。
「氷雪のドラゴン、ティアと呼ばれている。……まあ、挨拶はこのくらいでいいか。よろしくな」

 ナイルの顔色が、一瞬で紙のように真っ白になった。有名な名前くらいは、さすがに彼でも知っていたのだろう。
 その場で崩れ落ちそうになった彼に椅子を差し出すと、へなへなと腰を落とした。

「ふふふ。これは秘密よ」
 私の恐怖をナイルと共有できて、少しだけ満足した。だが、仕事は待ってくれない。
 私は腰を上げ、作業に戻ろうとする。

「さあ、ティア様、散策に行きましょう!」
 エマはティア様を連れて、王都見学へと旅立っていった。

 あんなにドラゴンを最初怖がっていたはずのエマは、もういない。

……頭のネジは、あの空のどこかに置き忘れてきたらしい。
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