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知の牢獄と理想の代償
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薬局の店舗デザインについては、残念ながら、私の案はすべて却下されてしまった。
「リリカ様、お店の準備はこちらでやっておきますよ!」
ナイルたちは、半ば強引に内装業者と話を進め、私はその場から追い出されてしまった。
店員は、王立学園の生徒をアルバイトとして雇うことにした。容姿、可愛さ、知的レベル――多少高めの時給を出せば、生活の苦しい学生たちが飛びついてくれるはずだ。
「さて、暇になったな」
まあ、暇なのは私一人だ。セバスもエマも、それぞれ店の準備で手いっぱいらしい。
「薬を作るか? いや、モリス教授の面接に行こう」
そう決めて街に出ると、ドノバンが後ろからついてくる。ついさっき一仕事してもらったばかりだし、何か食事でも奢ってやろうか。
「ドノバン、何が食べたい?」
「チョコレートケーキですね」
「じゃあ、行きましょう」
ふうん。いくつか聞きたいこともあるし、ゲームでも何度か出てきた、あのカフェに向かうことにした。たしか、この大通りの角だったはず――
だが、残念ながら、店の前は入店待ちのお客で賑わっていた。
「あら、残念ね。他に……」
「いえ、リリカ様。予約しておりますので」
そう言って、ドノバンは私の手をすっと取り、当然のように店内へと誘導してくれる。
「……先手を打たれた」
私が悔しげに呟くと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
案内されたのは、静かな個室だった。天井の高い空間には、淡い香が満ち、品のある給仕が丁寧に接客してくれる。ここが、庶民の手の届く場所とは思えない。
「それで、ドノバンはシシルナ島から早く帰って来たんだね。てっきり、学校が始まってからかと思ってた」
私の問いに、彼はふと表情を曇らせる。
「……いえ、リリカ様。ノクスフォード殿の件、心よりお悔やみ申し上げます」
――そうか。心配して、慌てて戻ってきたんだね。ありがとう。
けれど、私はまだ彼に頼れない。
敵には、必ず復讐する。
それはもう、倒すべき存在なのだ。たとえ、それが彼の身内であっても。たとえ、聖女その人であっても――。
彼は、何も言わずに静かに頷いた。
カップに注がれた紅茶が、ふわりと香った。
刹那、言葉にしがたい緊張が二人の間を流れたが、誰もそれを指摘しなかった。
店を出ると、ドノバンはすでに馬車を手配してくれていた。彼も同行するつもりらしい。私たちは、モリスが収監されているバステーン監獄へと向かった。
王都を取り巻く川の流れが、いくつもの中洲を形成している。そのひとつ、要塞のように築かれた孤島の上に、それは存在していた。
鉄橋を渡り、馬車を降りる。
「うーん。懐かしい……逃亡不可の大きな壁」
バステーン監獄――政治犯から凶悪犯罪者まで、あらゆる危険人物が閉じ込められる場所。忌避と管理の象徴であり、国家の裏側を見せつける施設でもある。
「モリス教授に会えますか?」
面会の手筈はすでに整えてある。看守の中には、こちらの味方となる人材も送り込んである。
「こちらです。どうぞ」
無駄のない動きで案内され、私たちは鉄柵の連なる通路を進んだ。石の壁は冷たく、静寂の中にわずかな靴音だけが響く。
やがて、最奥――監獄の突き当たりにある、重厚な鉄扉の前にたどり着いた。
※
その部屋は、まるで王立学園の研究室のようだった。三方の壁を埋め尽くす書棚には、びっしりと書籍が並ぶ。空気は乾き、整然とした空間には、奇妙なほど洗練された気配が漂っていた。
まるで、ここだけが世界の外にあるかのように。
「久しぶりです。モリス教授」
机に向かって論文を綴っていた男が、咳をひとつしてからゆっくりと立ち上がった。
長髪に無精髭、くたびれたスーツ。だが、その仕草には一片の卑しさもない。立ち姿、視線、手の動き――それらすべてが、冷ややかな知性をまとっていた。
私はふと、記憶を辿った。
――ゲームの設定。この人……確か、悪の軍団の頭脳……⁈
だが、戦略家でも魔術師でも法曹でもない。そう、彼は建築理論の教授だったはずだ。
「リリカ……ドノバン様……」
モリスは私の顔を見た途端、わずかに眉を寄せ、目を伏せた。
「どうしたの、教授。具合でも悪いの? 薬ならあるわよ。私が調合したのよ」
「感謝します。ですが……まず、謝罪をさせてください。バルド殿の件です」
「なんであなたが謝るの?」
ドノバンが一歩前へ出た。その声は、低く、抑えきれない怒気をはらんでいた。
「……お前が、つまらぬ理想論を吹き込み、宰相を唆した。共和国制などという幻想を抱かせたせいで……」
――そんな理由だったの?
私の胸に、ざわめくような動揺が広がった。父を失脚させたのは、単なる権力闘争ではなかった。
信じていた者たちが、「理想」という名の武器を、父の手に握らせた――
「はい、その通りです。……私は、間違ったことを言ったつもりはありません」
「黙れ!」
ドノバンが怒声を上げた。
「バルト殿は殺され、リリカ様は平民に落とされ、家の名誉も財産も奪われたんだぞ!」
「まさか、暗殺されるとは……いいえ、王国がそこまでするとは。――いまの王国は、腐っています」
ドノバンが剣を抜いた。冷たい光が、整った室内を断ち切った。
だが、モリスは微動だにせず、静かに椅子に腰を下ろした。そして首を垂れ、祈るように両手を組んだ。
「やめて。ドノバン、彼が父を殺したわけじゃない!」
「リリカ様、お店の準備はこちらでやっておきますよ!」
ナイルたちは、半ば強引に内装業者と話を進め、私はその場から追い出されてしまった。
店員は、王立学園の生徒をアルバイトとして雇うことにした。容姿、可愛さ、知的レベル――多少高めの時給を出せば、生活の苦しい学生たちが飛びついてくれるはずだ。
「さて、暇になったな」
まあ、暇なのは私一人だ。セバスもエマも、それぞれ店の準備で手いっぱいらしい。
「薬を作るか? いや、モリス教授の面接に行こう」
そう決めて街に出ると、ドノバンが後ろからついてくる。ついさっき一仕事してもらったばかりだし、何か食事でも奢ってやろうか。
「ドノバン、何が食べたい?」
「チョコレートケーキですね」
「じゃあ、行きましょう」
ふうん。いくつか聞きたいこともあるし、ゲームでも何度か出てきた、あのカフェに向かうことにした。たしか、この大通りの角だったはず――
だが、残念ながら、店の前は入店待ちのお客で賑わっていた。
「あら、残念ね。他に……」
「いえ、リリカ様。予約しておりますので」
そう言って、ドノバンは私の手をすっと取り、当然のように店内へと誘導してくれる。
「……先手を打たれた」
私が悔しげに呟くと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
案内されたのは、静かな個室だった。天井の高い空間には、淡い香が満ち、品のある給仕が丁寧に接客してくれる。ここが、庶民の手の届く場所とは思えない。
「それで、ドノバンはシシルナ島から早く帰って来たんだね。てっきり、学校が始まってからかと思ってた」
私の問いに、彼はふと表情を曇らせる。
「……いえ、リリカ様。ノクスフォード殿の件、心よりお悔やみ申し上げます」
――そうか。心配して、慌てて戻ってきたんだね。ありがとう。
けれど、私はまだ彼に頼れない。
敵には、必ず復讐する。
それはもう、倒すべき存在なのだ。たとえ、それが彼の身内であっても。たとえ、聖女その人であっても――。
彼は、何も言わずに静かに頷いた。
カップに注がれた紅茶が、ふわりと香った。
刹那、言葉にしがたい緊張が二人の間を流れたが、誰もそれを指摘しなかった。
店を出ると、ドノバンはすでに馬車を手配してくれていた。彼も同行するつもりらしい。私たちは、モリスが収監されているバステーン監獄へと向かった。
王都を取り巻く川の流れが、いくつもの中洲を形成している。そのひとつ、要塞のように築かれた孤島の上に、それは存在していた。
鉄橋を渡り、馬車を降りる。
「うーん。懐かしい……逃亡不可の大きな壁」
バステーン監獄――政治犯から凶悪犯罪者まで、あらゆる危険人物が閉じ込められる場所。忌避と管理の象徴であり、国家の裏側を見せつける施設でもある。
「モリス教授に会えますか?」
面会の手筈はすでに整えてある。看守の中には、こちらの味方となる人材も送り込んである。
「こちらです。どうぞ」
無駄のない動きで案内され、私たちは鉄柵の連なる通路を進んだ。石の壁は冷たく、静寂の中にわずかな靴音だけが響く。
やがて、最奥――監獄の突き当たりにある、重厚な鉄扉の前にたどり着いた。
※
その部屋は、まるで王立学園の研究室のようだった。三方の壁を埋め尽くす書棚には、びっしりと書籍が並ぶ。空気は乾き、整然とした空間には、奇妙なほど洗練された気配が漂っていた。
まるで、ここだけが世界の外にあるかのように。
「久しぶりです。モリス教授」
机に向かって論文を綴っていた男が、咳をひとつしてからゆっくりと立ち上がった。
長髪に無精髭、くたびれたスーツ。だが、その仕草には一片の卑しさもない。立ち姿、視線、手の動き――それらすべてが、冷ややかな知性をまとっていた。
私はふと、記憶を辿った。
――ゲームの設定。この人……確か、悪の軍団の頭脳……⁈
だが、戦略家でも魔術師でも法曹でもない。そう、彼は建築理論の教授だったはずだ。
「リリカ……ドノバン様……」
モリスは私の顔を見た途端、わずかに眉を寄せ、目を伏せた。
「どうしたの、教授。具合でも悪いの? 薬ならあるわよ。私が調合したのよ」
「感謝します。ですが……まず、謝罪をさせてください。バルド殿の件です」
「なんであなたが謝るの?」
ドノバンが一歩前へ出た。その声は、低く、抑えきれない怒気をはらんでいた。
「……お前が、つまらぬ理想論を吹き込み、宰相を唆した。共和国制などという幻想を抱かせたせいで……」
――そんな理由だったの?
私の胸に、ざわめくような動揺が広がった。父を失脚させたのは、単なる権力闘争ではなかった。
信じていた者たちが、「理想」という名の武器を、父の手に握らせた――
「はい、その通りです。……私は、間違ったことを言ったつもりはありません」
「黙れ!」
ドノバンが怒声を上げた。
「バルト殿は殺され、リリカ様は平民に落とされ、家の名誉も財産も奪われたんだぞ!」
「まさか、暗殺されるとは……いいえ、王国がそこまでするとは。――いまの王国は、腐っています」
ドノバンが剣を抜いた。冷たい光が、整った室内を断ち切った。
だが、モリスは微動だにせず、静かに椅子に腰を下ろした。そして首を垂れ、祈るように両手を組んだ。
「やめて。ドノバン、彼が父を殺したわけじゃない!」
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