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黒淵の奈落
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試練が、正式に王国民へ発表された。
私は屋敷でその知らせをセバスチャンから聞いた。
掲示板に張り出されていたらしい。
試練の舞台は、王国北部――属国レマン公国にあるダンジョンだ。
「知らない……」
私はこの世界に存在するすべてのダンジョンを把握している。
だが、その名には覚えがなかった。
「どうも、新たに発見されたダンジョンらしいです」
セバスチャンの報告に、思わず眉が動く。
情報は、ガンツの部下である冒険者たちが、ギルドで仕入れてきたものだ。
「冒険者ギルドから探索要請も出たそうですが、いくつかのパーティがすでに向かったそうです」
「それで?」
「……ダンジョンから魔物が溢れ出したようです。しかも強い個体が。
周囲の森にも被害が及び、辿り着いた者たちは最下層まで進めず――ほとんど殺されたとのことです」
静まり返った室内に、灯火が揺れる。
派遣されたパーティは、ほぼ全滅。
命からがら逃げ延びたわずかな者の証言を受けて、冒険者ギルドは探索要請を中止したという。
「その生き延びた冒険者、会えない?」
「探しましたが、聖女局の者たちに連れ去られたようです」
「……そっか。まあ、そうよね」
聖女が危険度の高いダンジョンを放置するはずがない。
外界に出ることのない魔物が、なぜ溢れたのか――彼女たちは、その理由を調べているのだ。
「でも、それでも行く無謀な冒険者はいるでしょ?」
「はい。ですがダンジョン周辺はレマン公国の軍が見張っており、全員追い返されたようです」
一切の事前情報を渡さない。
すべての糸を、聖女が裏で引いているのは明らかだった。
「それでも突破して調べようとするやつは出るでしょうね。特に、第二王子派」
「我々も動きますか?」
「いいえ。見つかったら、ドノバンやナゼルの名前に傷がつくわ。……困ったわね」
「お困りのようだね、リリカ」
突然、足元に影が落ちた。
見上げると、鷹の姿をしたドラゴン――ティアがいた。
いつの間にいたのか、気配すらなかった。
「ティア様、少し……」
「少し、何だい?」
「いえ、その……お日焼けになられたようですね」
まずい。不味い。
“太った”なんて言葉を出した瞬間、屋敷が吹き飛ぶ。
「南方は日差しがきつくてね。いろいろと面白い話を聞いたよ」
ティアはくちばしを鳴らし、黄金の瞳を細める。
「それより、ダンジョンの件――覗いてきてあげるよ!」
「ありがとうございます」
「じゃ、行ってくる!」
窓を開けて、翼をひと振り。
風が渦を巻き、ティアの姿は空の彼方へ消えた。
数百年も山奥に籠っていたドラゴンが、いまやあちこちを飛び回っている。ただの散歩みたいなものだ。
この大陸では、彼女の飛翔は“天変地異の前触れ”とか、“悪魔の侵攻の兆し”とか言われているのに、
当の本人はそんな噂を知らないのだろう。
「でもティア様からもたらされる情報って、いつもざっくり過ぎるんだよね」
私は小さくため息をつき、食堂へ向かった。
報酬の焼きおにぎりを準備するために。
※
ティアは、しばらくして戻ってきた。
「ダンジョンどうでしたか?」
彼女は、焼きおにぎりを美味そうに頬張りながら、答えた。
「たいしたこと無いよ」
いつものように、そう答えるとばかり思っていた。
「黒淵の奈落だね、あれ」
「どう言う意味ですか?」
私は質問した。その名は、ゲーム世界では存在しなかった。古き過去のダンジョンの名前だろう。
「うーん。昔、そう呼ばれたダンジョンがあるんだけど、それと瓜二つなんだ。リドリーと入った。あそこ気持ち悪いから、行かない」
「気持ち悪い?」
「うん。だって虫がいっぱい居るんだもの」
しまった。ティア様に偵察だけじゃなくて、ひと暴れして貰えば良かった……。
私の顔で何かを察したのか、ティア様は、ふふんと得意げに鼻を鳴らして言った。
「リリカも虫苦手なのか? 偵察ついでに、少しだけ“掃除”しておいたよ」
「ありがとうございます。ところで、ダンジョン探索に行くのですが、一緒に行きませんか?」
「ははは、リリカの思惑なんかお見通しだよ。探偵ティアを見損なってもらっては困る」
何処の世に、竜を見下すものがいると言うのか……。
「王になる試練なんだろ。知ってるよ。王国の指導者は、強い者で無いといけない。力を示してもらおう! スサノオの言葉だ」
さすがに、そんな甘い話はないか……。
「ありがとうございました!」
「ううん。お代わり。鮭茶漬け」
大量に積んでおいた焼きおにぎりは、いつの間にか一つも無かった。
私は、翌日の放課後、図書室に向かった。
黒淵の奈落について、調べる為だ。
「お前も調べものか?」
魔術師セディオが、いつの間にか、私の後ろに立っていた。彼が、第二王子の探索隊の一員になっていることは知っている。ダンジョンについての資料を探しにきたのだろう。
「いえ、暇だったから本を読んでいただけです」
私は急いで、読んでいた本を閉じた。
「そんな古書をか?」
疑わしい目つきで私を睨む。
「ええ、そろそろ出かけないと……」
古書を棚に戻すと、その場から離れた。貴重な価値のある本は、借りれないのだ。奴は、知らないだろうが、私は古文が得意だ。だって日本語なんだもん。
私が読んでいた本は、ティアの主リドリーについて書かれた本だ。
彼は、数多くの旅と冒険をしたらしいが、彼自体、そのとこを書き残さず、あまり話もしなかった。
黒淵の奈落について書かれた行は数行だけだった。
魔界の扉の一つ。
罠に嵌らず、彼は勇敢に進み。
人の姿に惑わされず。
剣にて敵を滅ぼした。
私は、その言葉を暗記した。
セディオは、私の手にとっていた本をめくっていたが、首を捻ると書棚に戻していた。
リドリーの書の内容の殆どが、妻レイラへの愛を語ったものだからだ。
私は屋敷でその知らせをセバスチャンから聞いた。
掲示板に張り出されていたらしい。
試練の舞台は、王国北部――属国レマン公国にあるダンジョンだ。
「知らない……」
私はこの世界に存在するすべてのダンジョンを把握している。
だが、その名には覚えがなかった。
「どうも、新たに発見されたダンジョンらしいです」
セバスチャンの報告に、思わず眉が動く。
情報は、ガンツの部下である冒険者たちが、ギルドで仕入れてきたものだ。
「冒険者ギルドから探索要請も出たそうですが、いくつかのパーティがすでに向かったそうです」
「それで?」
「……ダンジョンから魔物が溢れ出したようです。しかも強い個体が。
周囲の森にも被害が及び、辿り着いた者たちは最下層まで進めず――ほとんど殺されたとのことです」
静まり返った室内に、灯火が揺れる。
派遣されたパーティは、ほぼ全滅。
命からがら逃げ延びたわずかな者の証言を受けて、冒険者ギルドは探索要請を中止したという。
「その生き延びた冒険者、会えない?」
「探しましたが、聖女局の者たちに連れ去られたようです」
「……そっか。まあ、そうよね」
聖女が危険度の高いダンジョンを放置するはずがない。
外界に出ることのない魔物が、なぜ溢れたのか――彼女たちは、その理由を調べているのだ。
「でも、それでも行く無謀な冒険者はいるでしょ?」
「はい。ですがダンジョン周辺はレマン公国の軍が見張っており、全員追い返されたようです」
一切の事前情報を渡さない。
すべての糸を、聖女が裏で引いているのは明らかだった。
「それでも突破して調べようとするやつは出るでしょうね。特に、第二王子派」
「我々も動きますか?」
「いいえ。見つかったら、ドノバンやナゼルの名前に傷がつくわ。……困ったわね」
「お困りのようだね、リリカ」
突然、足元に影が落ちた。
見上げると、鷹の姿をしたドラゴン――ティアがいた。
いつの間にいたのか、気配すらなかった。
「ティア様、少し……」
「少し、何だい?」
「いえ、その……お日焼けになられたようですね」
まずい。不味い。
“太った”なんて言葉を出した瞬間、屋敷が吹き飛ぶ。
「南方は日差しがきつくてね。いろいろと面白い話を聞いたよ」
ティアはくちばしを鳴らし、黄金の瞳を細める。
「それより、ダンジョンの件――覗いてきてあげるよ!」
「ありがとうございます」
「じゃ、行ってくる!」
窓を開けて、翼をひと振り。
風が渦を巻き、ティアの姿は空の彼方へ消えた。
数百年も山奥に籠っていたドラゴンが、いまやあちこちを飛び回っている。ただの散歩みたいなものだ。
この大陸では、彼女の飛翔は“天変地異の前触れ”とか、“悪魔の侵攻の兆し”とか言われているのに、
当の本人はそんな噂を知らないのだろう。
「でもティア様からもたらされる情報って、いつもざっくり過ぎるんだよね」
私は小さくため息をつき、食堂へ向かった。
報酬の焼きおにぎりを準備するために。
※
ティアは、しばらくして戻ってきた。
「ダンジョンどうでしたか?」
彼女は、焼きおにぎりを美味そうに頬張りながら、答えた。
「たいしたこと無いよ」
いつものように、そう答えるとばかり思っていた。
「黒淵の奈落だね、あれ」
「どう言う意味ですか?」
私は質問した。その名は、ゲーム世界では存在しなかった。古き過去のダンジョンの名前だろう。
「うーん。昔、そう呼ばれたダンジョンがあるんだけど、それと瓜二つなんだ。リドリーと入った。あそこ気持ち悪いから、行かない」
「気持ち悪い?」
「うん。だって虫がいっぱい居るんだもの」
しまった。ティア様に偵察だけじゃなくて、ひと暴れして貰えば良かった……。
私の顔で何かを察したのか、ティア様は、ふふんと得意げに鼻を鳴らして言った。
「リリカも虫苦手なのか? 偵察ついでに、少しだけ“掃除”しておいたよ」
「ありがとうございます。ところで、ダンジョン探索に行くのですが、一緒に行きませんか?」
「ははは、リリカの思惑なんかお見通しだよ。探偵ティアを見損なってもらっては困る」
何処の世に、竜を見下すものがいると言うのか……。
「王になる試練なんだろ。知ってるよ。王国の指導者は、強い者で無いといけない。力を示してもらおう! スサノオの言葉だ」
さすがに、そんな甘い話はないか……。
「ありがとうございました!」
「ううん。お代わり。鮭茶漬け」
大量に積んでおいた焼きおにぎりは、いつの間にか一つも無かった。
私は、翌日の放課後、図書室に向かった。
黒淵の奈落について、調べる為だ。
「お前も調べものか?」
魔術師セディオが、いつの間にか、私の後ろに立っていた。彼が、第二王子の探索隊の一員になっていることは知っている。ダンジョンについての資料を探しにきたのだろう。
「いえ、暇だったから本を読んでいただけです」
私は急いで、読んでいた本を閉じた。
「そんな古書をか?」
疑わしい目つきで私を睨む。
「ええ、そろそろ出かけないと……」
古書を棚に戻すと、その場から離れた。貴重な価値のある本は、借りれないのだ。奴は、知らないだろうが、私は古文が得意だ。だって日本語なんだもん。
私が読んでいた本は、ティアの主リドリーについて書かれた本だ。
彼は、数多くの旅と冒険をしたらしいが、彼自体、そのとこを書き残さず、あまり話もしなかった。
黒淵の奈落について書かれた行は数行だけだった。
魔界の扉の一つ。
罠に嵌らず、彼は勇敢に進み。
人の姿に惑わされず。
剣にて敵を滅ぼした。
私は、その言葉を暗記した。
セディオは、私の手にとっていた本をめくっていたが、首を捻ると書棚に戻していた。
リドリーの書の内容の殆どが、妻レイラへの愛を語ったものだからだ。
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