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奈落を超えて
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割れた神殿の壁に走る、ほんのわずかな隙間。それを見つけた瞬間、私たちは本能のままに飛び込んだ。広間の崩落が背後で唸りを上げ、天井から落ちてくる瓦礫を私は風の魔術で薙ぎ払いながら、ただ前へと走る。
「回廊を回る時間はないわ。ここから壁をぶち抜く!」
「了解だ」
セオの剣が暗黒の魔術を纏い、刀身から黒い稲妻を散らす。石壁は悲鳴を上げるように裂け、大穴を穿った。その向こうに、巨大な入口扉がそびえ立つ。
「任せとけ!」
ガンツが押し広げようと力を込めるが、びくともしない。
「ダメ、ガンツ。セバス、頼みます!」
今のガンツでは力が足りないし、彼の怪我が酷くなる。
「御意」
セバスチャンが静かな力で扉をこじ開けた瞬間、外から冷えた空気が流れ込んだ。しかし同時にダンジョン全体が低くうなり、壁も天井も崩壊の前触れを見せ始める。
「リリカ、背に乗って!」
「重いって言ったら容赦しないからね」
「わかった、何て言おうかな?」
こんな時なのに、ドノバンは笑みすら浮かべながら私を背に担ぎ、そのまま来た道を全力で駆けた。
魔物の姿は見えない。いや――魔物たちでさえ、この異変に怯えて出口へ逃げているのだ。三層目“黒き神殿”を抜けた瞬間、背後で轟音が響き、神殿全体が粉々に崩れ落ちた。
「危なかった。あの土砂で塞がれてたら、四層で潰されてたな」
「いや、リリカ。もう手遅れだ」
見上げた上り坂は、既に砂の奔流に呑まれ、完全に埋め尽くされていた。
「こんな終わり方なんて……」
私はドノバンの背から降り、膝が崩れ落ちる。
「困っているようだね、お嬢さん」
振り返ると、そこにいたのは鷹の姿のティア様。どこか誇らしげな眼差しで、しかし優しくこちらを見下ろしている。
「諦めたらそこでお終い!」
「は?」
唐突すぎて、間抜けな声が出た。
「昔、私の主リドリーがよく言ってた。『こんなところで死んだら、妻のレイラに怒られる』ってね。あの人は恐妻家でねぇ」
その言い草が妙に生々しくて、思わず変な安心感が胸に灯る。
「どうすれば……」
「ここに閉じ込められたのは二度目だ。プロの脱出名人に習ってみたらどうだい!」
たった一度脱出しただけで名人扱い。だがティアの瞳は真剣だった。
「疑ってるね? 安心しな。モグラみたいに掘れとは言わない。もっと優雅な方法さ」
「あ、掘る。その方法があったか……」
「ねえ、リリカ。話聞いてた? まずは流れ込む土を止めるんだ」
渦を巻いて迫る砂流。私は急いで土の壁を展開したが、頼りない。すぐ崩れてしまいそうだ。
「仕方ない。少し手を貸してやろう」
その声とともに、伝説の氷雪のドラゴン・ティアが真の姿を現す。吐息一つで空気が凍りつき、土壁は分厚い氷の障壁へと変わった。まるで極地のような冷気が周囲を支配する。
「リリカ、天井を穿て!」
「わかった! ドノバン、行くわよ!」
セオの剣が土魔術を纏い、鋭いドリルのように天井へ突き刺さる。私は消耗しきった魔力を無理やり振り絞り、マジックポーションを喉に流し込む。胃が焼けるように気持ち悪い。
「地上の光が見えたぞ!」
その声に全員の表情が明るくなった。
「ははは、見事だよリリカ。リドリーでさえ休み休みだったのに」
ティアが愉快そうに笑う。
「えー、もっと早く言ってよ……」
「ははは、その代わりここからは私が運んでやる。乗りな」
私はティアの温かな背に倒れ込む。ドラゴンは翼を広げ、通り抜けられるほどに穴を拡げ、地上へ飛び出した。
「ついて来てるよ!」
振り返ると――そこにフーガがいた。
「久しぶりだね。リドリーに切り刻まれて死んだと思ったのに」
ティアの声は笑っているが、その奥に刃のような鋭さが潜む。
「復活するのに数百年かかったわ。酷い目にあった」
フーガの言葉には怨念すらにじんでいる。
「なんで、正面から逃げなかったんだ?」
「知ってる癖に。苦手な奴がいたからね」
フーガはちらりと地上を見て、青ざめた。
「その子のせいよ。遠くに逃げるわ」
「苦手な奴――暗黒の魔女には会っていかないのかい?」
「当たり前よ。姉妹喧嘩で殺し合いさせたいの?ティア、またね」
「ああ、さようなら、奈落の魔女」
フーガは影のように姿を消し、ティアはそのまま私たちをシュベルトのノクスフォード家の屋敷まで運んでくれた。
「ありがとう、報酬はこれから作るわ」
「少し休むといいよ」
「では、僭越ながら……本日の料理、私に作らせていただけませんか?」
セバスチャンが丁寧な所作で進み出た。
「そうかい。悪いね、セバス。今日は美味しい物が食べれそうだ」
ん? ちょっと待て。
それ、私のいつものおにぎりに文句あった?
「あ、リリカ。悪いね。口が肥えてるからさ」
……もういい。疲れた。寝る。
張り詰めていた糸がふっと切れ、私は深い微睡みに落ちていった。
※
「どうだい? 面白かったか?」
「面白い? 酷い話だわ」
夢の中で聞こえるのは、この世界に私を呼んだ神代さんの声だ。
「そう、それなら終わりにするかい? それとも、別の物語を紡ぐかい?」
「ところで、貴方はどこにいるの?」
「え? まだわからないのかい?」
「……ティア様?」
「さあ……それでどうするんだい?」
「まだ、話の途中よ」
神代さんの気配がふっと消える。
「良かった。見捨てられるかと思った」
胸の奥から聞こえるのは、リリカ・ノクスフォードの魂の声。
私は知っている。
ここで物語を閉じれば、彼女も死んでしまう。
「馬鹿ね。私はどんなクソゲーでもやりきるわよ」
それが、唯一の私の長所だもの。
「クソゲー?」
「ううん。素晴らしい世界よ」
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