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焦げた街の朝
しおりを挟むエマは、私を抱いたまま眠っていた。
……私は、ぬいぐるみか。
寝返り一つ打てない状態に、思わず小さく苦笑する。だが、不思議と嫌ではなかった。
そっと身体を抜け出し、着替えて一階へ降りると、すでに食卓から料理の音が聞こえてきた。温かい匂いが漂い、腹の奥がきゅっと鳴る。
もちろん、その音の主はコヨリだ。
「おはようございます、リリカ様。朝食ができましたよ」
昨日は遅くまで起きていたはずなのに、相変わらずの働き者だ。その背中には、疲労よりも規律が染みついているように見える。
「眠くないのですか?」
「いつもは、もっと遅いんですよ。リラ様が、なかなか起きてきませんから」
責める色は一切ない。その口調には、長年仕えてきた者だけが持つ諦観と、柔らかな優しさがあった。
ふと気になり、私はリラの生い立ちについて尋ねる。
三人の兄とは母親が違うこと。
その母も、早くに亡くなったこと。
幼い頃から生き物が好きで、周囲と馴染めず、一人で過ごすことが多かったこと。
話を聞くうちに、私は理解する。
あの無邪気な笑顔の裏に、静かな孤独が幾層にも積み重なっていたのだと。
「それで、コヨリさんは?」
「公爵家の騎士団に所属していました。現在は、リラ様の騎士団長を務めています。もっとも、私一人だけの騎士団ですが」
「お強いですよね。魔術の使える戦士ですか?」
「そのようなものです。ただ……お二人の強さには及びませんが」
そう言って微笑む。その目は、確かに戦場を知る者の色をしていた。
美人で、立ち振る舞いも優美だ。没落したと言っていたが、育ちは隠せない。元は、由緒ある家の息女だったのだろう。
「でも、コヨリさんは家事も完璧ですよね?」
「いえ、好きなだけです。家が没落しましたので、自分でやらざるを得なかっただけですよ」
その言葉の裏に、どれほどの覚悟があったのか。
私は、それ以上を聞かなかった。
ねぼすけなクルミとリラを叩き起こし、食事と装備を整える。
そして私たちは、全員で戦火に包まれたリヨンの街へ向かった。
街に一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。
焦げた木材の匂い。
崩れ落ちた石壁。
乾ききった血の跡。
ここは、かつて人々が平和に暮らしていた場所だ。だが今は、生き残った者が息を潜める死地となっている。
「まずは、人が集まって避難している場所を探しましょう」
「中央広場あたりですね」
コヨリの案内で市場を抜ける。
だが、かつて賑わっていたはずの通りに、人影はない。
焼け落ちた露店が無言で並び、戦闘の激しさを否応なく突きつけてくる。
ふと、視線を感じて裏路地を覗いた。
そこには、孤児と思しき子供たちが身を寄せ合い、追い詰められた小動物のように座り込んでいた。
向けられる視線は、警戒と諦めが入り混じった、冷たいものだ。
「お腹、減ってない? どうぞ」
リラが迷いなく、サンドイッチと水を差し出す。
それは、コヨリが万が一を考えて用意していた分だった。
「……ありがとう。何日も、何も食べてなくて……」
か細い声。
市場の残り物を頼りに生き延びてきたのだろう。だが、市場は閉じ、街は燃え、その命綱も断たれていた。
子供たちは震える手でサンドイッチを分け合い、夢中で頬張る。
「美味しい!」
「うん……生きてて良かった……」
生きているだけで、感謝しなければならない世界。
「まだ、たくさんあるわ。お願い。他の子たちも呼んできて」
やがて裏路地の奥から、次々と子供たちが現れた。
数は、あっという間に数十人に膨れ上がる。
「丘の上にある教会、知ってる? そこに行けば、食事をもらえるわ」
私は、はっきりと告げる。それが、彼らに示せる唯一の道だった。
「でも、信者じゃないと入れないって……」
「簡単よ。信者になればいいの。私も信者だし」
クルミが胸元の、西方聖教会のクロスを見せる。
まるで、教会の回し者のようだ。
子供たちの目に、初めて希望の色が灯る。
「寄付とか、できないし……」
「お手伝いならできるでしょう? 簡単な奉仕活動よ」
「それなら……」
子供たちは、安心したように頷いた。
「ところで、病気の子はいる? 治してあげるわ」
幸い、重篤な病の子はいなかった。
「私がついて行くわ。みんな、荷物をまとめて集合して!」
クルミが前に出る。その背中は、頼もしかった。
こうしてクルミは、子供たちを護衛し、丘の上の教会へ向かう。
「さて、広場に行きましょう」
広場には、家を失った町の人々が集まり、警備をする兵の姿もあった。
「あれは、アンリお兄様の旗ね」
リラが、広場に翻る旗を見て言う。
「おい、そこのお前たち、止まれ!」
警備兵が声を掛けてきた。
「久しぶりね」
コヨリがそう言うと、彼らは一瞬戸惑い、次の瞬間、全員が直立不動になる。
「は、久しぶりであります。元騎士団長様」
「そんなに改まらないで。ところで、アンリ様もいらしているの?」
「いえ、今はおられません」
ヴァーデン侯爵の軍は、長兄の軍となったようだ。
広場には、重苦しい空気が漂っていた。
「ところで、黒蝕毒の患者はいますか?」
「良くご存知で。テントに隔離しております」
案内されて近づくと、テント群の奥から、呻き声があちこちから聞こえてきた。
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