完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
214 / 221
蠱惑の魔剣

見えざる赤き魔物

しおりを挟む
「ジュゼじいさん、戻ったよ」
「なんで戻ってきた! ……無事だったのか?」
「こっちの冒険者に助けてもらったんだ。近くの村の薬師に来てくれって頼んだけど、難しいし危険だって。それで、薬草は取ってきた」

医師らしい風貌の老人は、ノルドたちに向かって深く一礼した。

「迷惑をかけたな。この村では流行り病が出ていてな。たいした礼もできんが、移らんうちに早めに立ち去るといい」

そう言って、小銭の入った袋をノルドに手渡す。礼儀として受け取る。

「どんな病気なんですか?」

「激しい下痢と嘔吐だ。原因は……これだろう」

老人は、水の入った小さなガラス瓶を掲げた。瓶から一滴をスライドガラスに落とし、カバーガラスをかぶせる。それを最新式の魔力顕微鏡にセットし、

「見てみろ」

と促した。

「うわっ、赤い虫がいるよ、ノルド!」

最初に覗いたリコが声を上げ、ノルドに場所を譲る。

「これは……微小な魔物ですね。ビブリコでは?」

「よく知っているな。これが発見され、共和国の学会で発表されてから、まだ数か月も経っておらんぞ」

「たまたまです」

そう答えたノルドを、ジュゼは疑わしげに見つめた。

「……もしや、教皇国からの調査団か? やっと来たのか!」

「違うよ、じいさん。シシルナ島の冒険者だ」

「その通りです」

ノルドはギルドカードを差し出した。

「ふむ……確かに。荷運び人、か。教皇国はこの村を包囲するばかりで、救援はしてくれんのだな……いや、食糧も水も薬も出してくれている。それが限界なのかもしれんが」

そう呟くと、肩を落として椅子に腰を下ろした。

「じいちゃん、薬草を見てくれ。使えるか?」

バンが背籠から草の束を机に広げる。

「バン、よく頑張った。だが……この中に薬草はない」

「そんな……じゃあ、父さんも、母さんも……死んじゃうの……」

バンは声を上げて泣き、大粒の涙をこぼした。

「ノルド、助けてあげて!」

リコが耳元で小声で囁く。

「最初から、そのつもりだよ。バン医師、僕は薬草を多少持っています。必要なものを教えてください。あまり特殊なものは無いかもしれませんが」

「本当か……助かる。少しでも欲しい」

バンが薬草の名を告げると、ノルドは収納魔術から次々と薬草を取り出した。どれも丁寧に下処理され、質も申し分ない。

「これで以上ですが、間違いありませんか?」

「ああ……なぜ、こんな特殊な薬草まで持っておるんじゃ?」

「シシルナ島には、薬草がたくさん生えてますから」

実際には、ノルドは島中の魔物の森を巡り、薬草図鑑に載るものはもちろん、未掲載のものまで集め尽くしていた。さらに、グラシアスを通じて大陸中から高額で買い集める、筋金入りの薬草コレクターでもある。

「荷運び人ということは、商人か。代金の話だが……少し待ってくれんか」

「構いません。それより、薬師はいないのですか?」

「地方の村では、医師か薬師のどちらかがいれば御の字でな。薬は買い置きするか、拙い製薬スキルでわしが作っておる。ビブリコが体内に入って起こす病には特効薬がなく、手探りで試している状態だ」

ジュゼが藪医者でないことは、最新型の魔力顕微鏡が置かれていることで明らかだった。普通の町医者が持てる代物ではない。例外はマルカスくらいで、これほど新しい機種となると、サルサのサナトリウム級だ。相当な財力か、あるいは名のある学者なのだろう。

「……間違いない。本物だな」

薬草を見つめていたジュゼは、やがて立ち上がった。

「薬の試作は後回しだ。患者の回診の時間じゃ」

「よければ、同伴させてもらえませんか?」

「馬鹿を言うな! 移るぞ!」

「それなら、白衣より良い物があります」

ノルドは収納魔術から、スライム製のレインコート、手袋、スカーフを取り出した。

「これなら吐瀉物を直接浴びることもありませんし、水洗いもできます」

「ほう……こんな物まであるのか」

「売り物ではありませんが、余分があります。お貸ししますよ」

ジュゼは興味深そうに触り、頷いた。

「これはいい。他の介護者の分も借りられんか?」

「もちろん」

準備を整え、一行は教会へ向かった。中には数十人の病人が簡易ベッドに横たわっており、すでに亡くなった者も少なくない。

教会内は汚れ、すえた匂いが漂っていた。介護をしているのは、疲弊しきった老婆ばかりだ。

「これは酷い……手伝います」

「おばあちゃん、休んで。こういうのには慣れっこだから」

「ワオーン!」

ノルドたちは老婆たちを外へ出し、休ませることにした。

「悪いね……外の人に……」

「今日はゆっくり休んでください。明日にでも戻ってきて」

すぐに清掃に取りかかる。ゴミを片付け、床を磨き、シーツを新しいものに替える。足りない分は、ノルドが収納から補充した。

その間も、ジュゼは患者を一人ずつ診て回る。

「俺は死ぬのか……?」
「やぶ医者、早く治せ!」
「助けてください、ジョゼ様。小さな子供がいるんです」

年齢も性別も様々だ。罵声も懇願も、恐怖の裏返しだろう。

ポーションは重症者にのみ使われていたが、やがてヒールポーションが尽きた。

「……ついに在庫も尽きたか。作りに戻るしかないな」

治療薬のない現状では、患者の体力だけが命をつなぐ。しかし、飲んでも吐いてしまい、効果は薄い。それでも続けるしかなかった。

「提供しますよ」

ノルドが取り出したのは、ヒールポーションの箱だった。一箱百本入り。それを、四箱。

「……なに?」

ジュゼは思わず声を上げた。

「やりすぎよ、ノルド!」

リコが呆れたように言った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

処理中です...