シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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最終章 牙狼の王

観客たちの行軍

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ガブリエルは、共和国軍を率いて、王国との国境にやって来た。西の共和国は、大陸の中央にある王国を通らなければ、北の獣王国へはいけない。

「ガブリエル助祭、先方に王国軍が待ち構えています」
共和国軍は、ブロイ伯爵によって組織された軍だ。

「人数は最低限で構いません」
「わかった。だが人選は譲れん」
彼によって、共和国の中でも優秀な若き軍人が集結していた。

「王国軍も、普通の構成ではありません」
偵察隊からの報告が届いた。
「王国には、事前に領地を通る許可を申請していたが……返事が無かった」

無駄な時間を嫌ったガブリエルは、各方面と連絡を取りながら、移動を開始していた。街道にはまだ朝靄が残り、緊張した兵たちの吐く息が白く揺れている。

「普通の構成と違うとは、どう言うことですか?」
「一般兵は殆どおらず、個人でも戦える冒険者パーティのような……」

「つまり、我が軍と似た構成という事ですね。それなら近づきましょう」
ガブリエルは、静かに頷き、安心した様子で指示を出した。

「下手に寄っていって、争いにならないのかい?」
同行者、戦場記者としてセイも同行していた。
「ああ、俺たちの通行の邪魔をしにきた訳じゃないよ!」

王国旗を背負った一頭の馬が近づいて来る。朝日に翻る旗は、戦意よりも誇りを示すように高く掲げられていた。

「伝令です」
だが、馬上の人は伝令というには威厳があった。鎧は簡素ながら隙がなく、視線には揺らぎがない。

「どのようなお話しでしょうか?」
「お待ちしておりました。王国軍も、共和国軍と共に獣王国へと向かいます。宜しいでしょうか?」

「ええ……」
大陸の盟主を自認する王国の態度に、ガブリエルはわずかに目を細めた。昔ほど力は無くとも、誇りはあるはずだ。それを出迎えとは――。

「私は、モナン公国のレクシオン。王国軍の派遣指揮を委任されております」
「え? モナン公自らですか?」
「ええ、王国に無理を言いまして。それにノルド君には返せないくらいの借りがあるので……」

王国の外戚として、王国を動かせる力を持つモナン公国。その当主自らが来たという事実は、ただの同行ではない重みを持っていた。
「どういう事ですか?」

「蠱惑の魔剣の件では、ノルド君に迷惑をかけた。いや、その前にも東方旅団の時、助けてもらった。今回のことの次第は、グラシアスから全て聞いたんだ」

「そうでしたね。それでは事情を、よくご存知なんですね。よろしくお願いします」
二人は硬い握手を交わした。その音が、乾いた空気に小さく響く。

「せっかくだから、少しくらいは活躍したいんだけどね」
「残念ですが、今回、我々は観客でしか無いでしょうね。どちらかと言えば、その後の手伝いですかね」

「ああ、上手くことが運ぶ事を願ってるよ。それじゃ、急いで舞台に行こう。変な演者が参加しないように」
他の国が変な行動を起こさないように、彼らは、ノルドたちのいる峠へと向かった。


その頃、獣王国では――

 国都ウルフェンハルト。その王城では、国王ガルドは深刻な顔で、宰相にして伯父に当たる魔術師のアルカナを問い詰めていた。

「伯父上、どうしてこうなったのですか? 各地で抗議活動が起き、海は封鎖されているとさっき議会の連中が騒いでいましたが!」

 港沖にはシシルナ島の海賊船がうろつきまわり、商船は一本も着航できぬ状態だと、議員たちは蒼白な顔で訴えていた。

「王よ、焦ることはありません。奴らの話は大袈裟だ。この国には、私が作った類まれな戦力があります」

 玉座の間の空気は重く、アルカナの足元を、揺らめく妖しげな魔力が揺らめいている。
ガルドは、安心して深く息を吐いた。だが、その吐息はわずかに震えている。

「そうですね。ですが、聖女に呪いをかけたのは本当に伯父上なのですか?」
「まさか、そんな畏れ多いことを。これはシシルナ島が広げた謀略でしょう」

 魔術師の匂いを漂わせた男。その異様な雰囲気は、無能なガルドから見ても、殆どの者からは嫌われているように感じられる。

 だが、ガルドだけは彼を好み頼りにしている。その一方で、心の奥底では、逃れられぬ影のように邪魔者だとも思っていた。

――つまらん。
 彼の指先が玉座の肘掛けを強く握り締める。
 彼は、獣王国の王城の中で育ち、外出は禁じられていた。成長し、監視の目を盗んで王城を抜け出した時、幾つかの噂話を耳にした。

「今の王は、本物の王ではないからな」
「王位を簒奪した男にすぎない、しかも無能な王だ」
「そのせいで、生活は苦しくなる一方だ、人減らしや借金の形に売られる者も増えてるらしい」

 その声は、今も耳の奥にこびりついて離れない。
 ガルドは、母に聞いた。アルカナは嘘を言うかもしれない。

「第二王妃とその取り巻きの諫言で第一王子のお前を廃嫡、殺害して、生まれたばかりの赤子に王位を譲ろうと、先王はなされようとした」

「でも、先王亡き後、伯父上が察知して事なきを得たと聞きました」
 母は怒りに震えた声で、王を見た。そして衝撃の言葉を言った。

「第二王妃の子、ノルドは、シシルナ島で楽しく生きているそうよ。あなたは、暗殺者に怯えて生活しているのにね。そのうち、あなたの王位を奪いに来ると預言者が言っていたわ」

 ガルドの喉が鳴った。背筋に冷たい汗が流れる。
「伯父上、ノルドが生きていると聞きました。なぜ、生かしているのですか?」
「それは、憐憫の情ですよ。ノルドはあの島から出れない、監獄島ですよ」

 だが、アルカナの顔色が一瞬、わずかに曇ったことに、ガルドは気がついた。
 そして、そんなノルドが島を出たという話が、ガルドの耳にまで入った。

 沈黙が落ちる。
「……城の警備を強化せよ。そしてノルドの行方も探れ。必ずだ」
 ガルドは震えながら言った。アルカナは微笑んだ。

「御意のままに」

 その笑みの意味を、ガルドは読み取れなかった。
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