完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
16 / 221

リジェ

しおりを挟む
ノルドが薬師になって初めて迎えた夏だ。朝早くから巣箱の世話を終え、クレイの手伝いも済ませると、彼はヴァルと港町へ向かった。

 ノシロの店に魔兎を卸し、少しの間、調理を手伝う。その間、ヴァルは店番をしている。いつの間にか客たちに可愛がられ、よく食べ物をもらっていた。

「やっと完成したんです。保湿剤。使ってもらえませんか?」

「ああ、リジェ、お前が試してみろ」ノシロは妻のリジェに手渡した。彼よりも背の高いエルフの美人だ。

「まあ、綺麗な器ね」リジェは、小さなパステル柄の檸檬と草木のレリーフが施された器を見て、目を細めた。

「母が、商品はこういうところにこだわるべきだって」

 リジェは保湿剤を少し手に取り、手の甲に塗ってみた。

「良い香り。檸檬の香りね」彼女は両手を擦り合わせ、感心したようにふうんと声を上げた。

「治癒効果もあるの?ノシロ、手を出して。」

 ノシロは照れくさそうにしながら、手を差し出す。すると、彼の手にあった小さな切り傷が、まるで筆で掃いたように消えていった。

「一つ買うわ。いくら?」リジェが尋ねる。

「えーと……」ノシロが言葉に詰まる。

「おいおい、価格くらい決めておけよ!」

「いや、まさかこんなに簡単に売れるとは思ってなくて……」

「間違いなく売れるさ」ノシロが断言すると、リジェも頷いた。

「銀貨5枚、ですかね……」

「それは高すぎるな」

「ですよね……」ノルドは顔が青ざめた。実際、材料費だけでももっとかかっているはずだ。

「いやいや、普通の保湿剤ならその価格だが、治癒効果があるなら金貨20枚はするだろう」

「えっ?」

「他にも効果があるんでしょう?」リジェが尋ねた。

「はい。魔物に噛まれた傷に塗ると解毒できますし、皮膚の炎症も抑えます」

「やりすぎだ! それだと冒険者向けだぞ」

「やっぱり……?」実は、セラにも言われていた。しかし、ノルドは薬作りに夢中で、次々と効果を詰め込んでしまったのだ。セラも特に止めなかった。

「高額なリカバリーポーションや解毒薬用の素材まで使ってしまって……どうしよう。母さんに大損させてしまう……」

ノルドはさらに青ざめ、今にも倒れそうだ。

「おい、ノルド。これは保湿剤としては売りにくいが、冒険者向けなら問題ない。俺が金貨30枚で一つ買う」

「ええ、私も一つ買うわ。中級以上の冒険者なら絶対欲しがる。友達にも勧めておくわ」

 その言葉を聞いて、ノルドは少し生気を取り戻した。

「次は普通の保湿剤を作ってきて。紹介したい人がいるの」

 ノルドは感情の起伏に疲れた様子だったが、初めて薬が売れた喜びで、ヴァルと共に楽しげに帰っていった。



「ねえ、ノシロ。あの子、薬師になったばかりなのよね?」リジェは問いかけた。

「ああ、そう聞いてるけど。どうかしたか?」ノシロは平然と答える。まったく、のんきな人だわ……

「リカバリーポーションが幾らか知ってる?」

「ああ、金貨100枚くらいだったか? って、もしかしてノルドの薬、安く買いすぎたな。塗り薬とはいえ、もう少し高くてもいいかもな」

「そうね。今度話して、適正な価格にしてもらうか、何か他の形でお礼をした方がいいわ」

「もちろん、そのつもりだよ」

「それも気をつけないといけないんだけど……普通、リカバリーポーションなんて簡単に作れるものじゃないの。薬師だって、ベテランじゃなきゃ無理よ」

「じゃあ、なんでだ? リジェ、お前は鑑定スキルを持ってるだろ?」

「わからないわ。鑑定スキルも万能じゃないのよ。例えば、自分よりレアリティが高い存在だと、情報が隠されることがあるし、正確な職業もわからない時があるの」

「まあ、別に良いじゃないか。ノルドは良い子だし」ノシロはあまり気にしていない様子だ。

 このおおらかさが彼の魅力でもある。リジェは苦笑するしかなかった。

(もう一つ気になるのは……リカバリーポーションの素材は、すごく高価なものなの。普通の家庭の人間が、たくさん買えるはずがないわ。一体、ノルドの母親は何者なのか……)

 リジェがノシロに聞いても、「すごいお母さんらしい」と、適当な答えしか返ってこないだろう。

 考えるだけ無駄だと悟ったリジェは、ノルドに貰った檸檬を一口かじった。


 
 ノルドは上機嫌でリコに会うため、魚市場の料理店を訪れた。

「リコがいなくなった?」

 料理店の店主にリコの行方を尋ねるが、店主は困惑した顔をして首を横に振るだけだった。

「うちで子どもに働いてもらうのはいいんだがな、警備員に『孤児院に入れるべきだ』って言われてよ。島主様の通達だから逆らえねぇ」

「それで?」

「島の孤児院から迎えが来たときには、もう姿が消えてたんだ。最近は、窃盗団も出没して物騒だし、私も心配してるんだが……」
 
 店主は申し訳なさそうに目を伏せた。

「どこに行ったか、本当にわからないんですか?」

「さあな……もし見つけたら知らせてくれ。
グラシアスさんから預かり金ももらってるし、私も困ってるんだよ」

 店主は肩を落とし、困惑を隠せない様子だった。

『じゃあ、もっと真剣に探せよ!』とノルドは思ったが、その言葉を飲み込み、店を出た。

「探そう!」ヴァルと共に、かすかな手がかりを求めて歩き始めたが、魚市場は強烈な匂いで満ちていて、しかも時間が経っていたため容易ではなかった。

「くそっ!」わずかな匂いを頼りに、ヴァルとノルドは町中を彷徨い歩いた。

 けれど、匂いは小高い山の豪邸が並ぶ高級住宅街の入り口で完全に途絶えてしまった。

 その山の上からは、ゆっくりと海に沈む大きな夕陽が見えた。ノルドの胸には、込み上げてくるものがあった。

 どれほど探してもリコが見つからない無力感と、日が暮れていく焦りが入り混じり、瞳に涙が滲んだ。

「これ以上遅くなると心配をかける。帰ろう」そう言ってみたものの、心のどこかで諦めたくない気持ちもあった。

 けれど、セラとの約束の時間もすでに過ぎていて、彼女は停留所で待っていた。

ノルドは、セラにこれまでのことを話し、心の内を吐き出した。

「島主様に捜索をお願いしてみましょう。元気を出して、ノルド」

 セラは優しく彼の小さな体を抱きしめた。

「……うん」

「本当に困ったときは、きっとあの子はここに戻ってくるわ」

【後がき】

 お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします!  織部
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

処理中です...