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リジェ
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ノルドが薬師になって初めて迎えた夏だ。朝早くから巣箱の世話を終え、クレイの手伝いも済ませると、彼はヴァルと港町へ向かった。
ノシロの店に魔兎を卸し、少しの間、調理を手伝う。その間、ヴァルは店番をしている。いつの間にか客たちに可愛がられ、よく食べ物をもらっていた。
「やっと完成したんです。保湿剤。使ってもらえませんか?」
「ああ、リジェ、お前が試してみろ」ノシロは妻のリジェに手渡した。彼よりも背の高いエルフの美人だ。
「まあ、綺麗な器ね」リジェは、小さなパステル柄の檸檬と草木のレリーフが施された器を見て、目を細めた。
「母が、商品はこういうところにこだわるべきだって」
リジェは保湿剤を少し手に取り、手の甲に塗ってみた。
「良い香り。檸檬の香りね」彼女は両手を擦り合わせ、感心したようにふうんと声を上げた。
「治癒効果もあるの?ノシロ、手を出して。」
ノシロは照れくさそうにしながら、手を差し出す。すると、彼の手にあった小さな切り傷が、まるで筆で掃いたように消えていった。
「一つ買うわ。いくら?」リジェが尋ねる。
「えーと……」ノシロが言葉に詰まる。
「おいおい、価格くらい決めておけよ!」
「いや、まさかこんなに簡単に売れるとは思ってなくて……」
「間違いなく売れるさ」ノシロが断言すると、リジェも頷いた。
「銀貨5枚、ですかね……」
「それは高すぎるな」
「ですよね……」ノルドは顔が青ざめた。実際、材料費だけでももっとかかっているはずだ。
「いやいや、普通の保湿剤ならその価格だが、治癒効果があるなら金貨20枚はするだろう」
「えっ?」
「他にも効果があるんでしょう?」リジェが尋ねた。
「はい。魔物に噛まれた傷に塗ると解毒できますし、皮膚の炎症も抑えます」
「やりすぎだ! それだと冒険者向けだぞ」
「やっぱり……?」実は、セラにも言われていた。しかし、ノルドは薬作りに夢中で、次々と効果を詰め込んでしまったのだ。セラも特に止めなかった。
「高額なリカバリーポーションや解毒薬用の素材まで使ってしまって……どうしよう。母さんに大損させてしまう……」
ノルドはさらに青ざめ、今にも倒れそうだ。
「おい、ノルド。これは保湿剤としては売りにくいが、冒険者向けなら問題ない。俺が金貨30枚で一つ買う」
「ええ、私も一つ買うわ。中級以上の冒険者なら絶対欲しがる。友達にも勧めておくわ」
その言葉を聞いて、ノルドは少し生気を取り戻した。
「次は普通の保湿剤を作ってきて。紹介したい人がいるの」
ノルドは感情の起伏に疲れた様子だったが、初めて薬が売れた喜びで、ヴァルと共に楽しげに帰っていった。
※
「ねえ、ノシロ。あの子、薬師になったばかりなのよね?」リジェは問いかけた。
「ああ、そう聞いてるけど。どうかしたか?」ノシロは平然と答える。まったく、のんきな人だわ……
「リカバリーポーションが幾らか知ってる?」
「ああ、金貨100枚くらいだったか? って、もしかしてノルドの薬、安く買いすぎたな。塗り薬とはいえ、もう少し高くてもいいかもな」
「そうね。今度話して、適正な価格にしてもらうか、何か他の形でお礼をした方がいいわ」
「もちろん、そのつもりだよ」
「それも気をつけないといけないんだけど……普通、リカバリーポーションなんて簡単に作れるものじゃないの。薬師だって、ベテランじゃなきゃ無理よ」
「じゃあ、なんでだ? リジェ、お前は鑑定スキルを持ってるだろ?」
「わからないわ。鑑定スキルも万能じゃないのよ。例えば、自分よりレアリティが高い存在だと、情報が隠されることがあるし、正確な職業もわからない時があるの」
「まあ、別に良いじゃないか。ノルドは良い子だし」ノシロはあまり気にしていない様子だ。
このおおらかさが彼の魅力でもある。リジェは苦笑するしかなかった。
(もう一つ気になるのは……リカバリーポーションの素材は、すごく高価なものなの。普通の家庭の人間が、たくさん買えるはずがないわ。一体、ノルドの母親は何者なのか……)
リジェがノシロに聞いても、「すごいお母さんらしい」と、適当な答えしか返ってこないだろう。
考えるだけ無駄だと悟ったリジェは、ノルドに貰った檸檬を一口かじった。
※
ノルドは上機嫌でリコに会うため、魚市場の料理店を訪れた。
「リコがいなくなった?」
料理店の店主にリコの行方を尋ねるが、店主は困惑した顔をして首を横に振るだけだった。
「うちで子どもに働いてもらうのはいいんだがな、警備員に『孤児院に入れるべきだ』って言われてよ。島主様の通達だから逆らえねぇ」
「それで?」
「島の孤児院から迎えが来たときには、もう姿が消えてたんだ。最近は、窃盗団も出没して物騒だし、私も心配してるんだが……」
店主は申し訳なさそうに目を伏せた。
「どこに行ったか、本当にわからないんですか?」
「さあな……もし見つけたら知らせてくれ。
グラシアスさんから預かり金ももらってるし、私も困ってるんだよ」
店主は肩を落とし、困惑を隠せない様子だった。
『じゃあ、もっと真剣に探せよ!』とノルドは思ったが、その言葉を飲み込み、店を出た。
「探そう!」ヴァルと共に、かすかな手がかりを求めて歩き始めたが、魚市場は強烈な匂いで満ちていて、しかも時間が経っていたため容易ではなかった。
「くそっ!」わずかな匂いを頼りに、ヴァルとノルドは町中を彷徨い歩いた。
けれど、匂いは小高い山の豪邸が並ぶ高級住宅街の入り口で完全に途絶えてしまった。
その山の上からは、ゆっくりと海に沈む大きな夕陽が見えた。ノルドの胸には、込み上げてくるものがあった。
どれほど探してもリコが見つからない無力感と、日が暮れていく焦りが入り混じり、瞳に涙が滲んだ。
「これ以上遅くなると心配をかける。帰ろう」そう言ってみたものの、心のどこかで諦めたくない気持ちもあった。
けれど、セラとの約束の時間もすでに過ぎていて、彼女は停留所で待っていた。
ノルドは、セラにこれまでのことを話し、心の内を吐き出した。
「島主様に捜索をお願いしてみましょう。元気を出して、ノルド」
セラは優しく彼の小さな体を抱きしめた。
「……うん」
「本当に困ったときは、きっとあの子はここに戻ってくるわ」
【後がき】
お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします! 織部
ノシロの店に魔兎を卸し、少しの間、調理を手伝う。その間、ヴァルは店番をしている。いつの間にか客たちに可愛がられ、よく食べ物をもらっていた。
「やっと完成したんです。保湿剤。使ってもらえませんか?」
「ああ、リジェ、お前が試してみろ」ノシロは妻のリジェに手渡した。彼よりも背の高いエルフの美人だ。
「まあ、綺麗な器ね」リジェは、小さなパステル柄の檸檬と草木のレリーフが施された器を見て、目を細めた。
「母が、商品はこういうところにこだわるべきだって」
リジェは保湿剤を少し手に取り、手の甲に塗ってみた。
「良い香り。檸檬の香りね」彼女は両手を擦り合わせ、感心したようにふうんと声を上げた。
「治癒効果もあるの?ノシロ、手を出して。」
ノシロは照れくさそうにしながら、手を差し出す。すると、彼の手にあった小さな切り傷が、まるで筆で掃いたように消えていった。
「一つ買うわ。いくら?」リジェが尋ねる。
「えーと……」ノシロが言葉に詰まる。
「おいおい、価格くらい決めておけよ!」
「いや、まさかこんなに簡単に売れるとは思ってなくて……」
「間違いなく売れるさ」ノシロが断言すると、リジェも頷いた。
「銀貨5枚、ですかね……」
「それは高すぎるな」
「ですよね……」ノルドは顔が青ざめた。実際、材料費だけでももっとかかっているはずだ。
「いやいや、普通の保湿剤ならその価格だが、治癒効果があるなら金貨20枚はするだろう」
「えっ?」
「他にも効果があるんでしょう?」リジェが尋ねた。
「はい。魔物に噛まれた傷に塗ると解毒できますし、皮膚の炎症も抑えます」
「やりすぎだ! それだと冒険者向けだぞ」
「やっぱり……?」実は、セラにも言われていた。しかし、ノルドは薬作りに夢中で、次々と効果を詰め込んでしまったのだ。セラも特に止めなかった。
「高額なリカバリーポーションや解毒薬用の素材まで使ってしまって……どうしよう。母さんに大損させてしまう……」
ノルドはさらに青ざめ、今にも倒れそうだ。
「おい、ノルド。これは保湿剤としては売りにくいが、冒険者向けなら問題ない。俺が金貨30枚で一つ買う」
「ええ、私も一つ買うわ。中級以上の冒険者なら絶対欲しがる。友達にも勧めておくわ」
その言葉を聞いて、ノルドは少し生気を取り戻した。
「次は普通の保湿剤を作ってきて。紹介したい人がいるの」
ノルドは感情の起伏に疲れた様子だったが、初めて薬が売れた喜びで、ヴァルと共に楽しげに帰っていった。
※
「ねえ、ノシロ。あの子、薬師になったばかりなのよね?」リジェは問いかけた。
「ああ、そう聞いてるけど。どうかしたか?」ノシロは平然と答える。まったく、のんきな人だわ……
「リカバリーポーションが幾らか知ってる?」
「ああ、金貨100枚くらいだったか? って、もしかしてノルドの薬、安く買いすぎたな。塗り薬とはいえ、もう少し高くてもいいかもな」
「そうね。今度話して、適正な価格にしてもらうか、何か他の形でお礼をした方がいいわ」
「もちろん、そのつもりだよ」
「それも気をつけないといけないんだけど……普通、リカバリーポーションなんて簡単に作れるものじゃないの。薬師だって、ベテランじゃなきゃ無理よ」
「じゃあ、なんでだ? リジェ、お前は鑑定スキルを持ってるだろ?」
「わからないわ。鑑定スキルも万能じゃないのよ。例えば、自分よりレアリティが高い存在だと、情報が隠されることがあるし、正確な職業もわからない時があるの」
「まあ、別に良いじゃないか。ノルドは良い子だし」ノシロはあまり気にしていない様子だ。
このおおらかさが彼の魅力でもある。リジェは苦笑するしかなかった。
(もう一つ気になるのは……リカバリーポーションの素材は、すごく高価なものなの。普通の家庭の人間が、たくさん買えるはずがないわ。一体、ノルドの母親は何者なのか……)
リジェがノシロに聞いても、「すごいお母さんらしい」と、適当な答えしか返ってこないだろう。
考えるだけ無駄だと悟ったリジェは、ノルドに貰った檸檬を一口かじった。
※
ノルドは上機嫌でリコに会うため、魚市場の料理店を訪れた。
「リコがいなくなった?」
料理店の店主にリコの行方を尋ねるが、店主は困惑した顔をして首を横に振るだけだった。
「うちで子どもに働いてもらうのはいいんだがな、警備員に『孤児院に入れるべきだ』って言われてよ。島主様の通達だから逆らえねぇ」
「それで?」
「島の孤児院から迎えが来たときには、もう姿が消えてたんだ。最近は、窃盗団も出没して物騒だし、私も心配してるんだが……」
店主は申し訳なさそうに目を伏せた。
「どこに行ったか、本当にわからないんですか?」
「さあな……もし見つけたら知らせてくれ。
グラシアスさんから預かり金ももらってるし、私も困ってるんだよ」
店主は肩を落とし、困惑を隠せない様子だった。
『じゃあ、もっと真剣に探せよ!』とノルドは思ったが、その言葉を飲み込み、店を出た。
「探そう!」ヴァルと共に、かすかな手がかりを求めて歩き始めたが、魚市場は強烈な匂いで満ちていて、しかも時間が経っていたため容易ではなかった。
「くそっ!」わずかな匂いを頼りに、ヴァルとノルドは町中を彷徨い歩いた。
けれど、匂いは小高い山の豪邸が並ぶ高級住宅街の入り口で完全に途絶えてしまった。
その山の上からは、ゆっくりと海に沈む大きな夕陽が見えた。ノルドの胸には、込み上げてくるものがあった。
どれほど探してもリコが見つからない無力感と、日が暮れていく焦りが入り混じり、瞳に涙が滲んだ。
「これ以上遅くなると心配をかける。帰ろう」そう言ってみたものの、心のどこかで諦めたくない気持ちもあった。
けれど、セラとの約束の時間もすでに過ぎていて、彼女は停留所で待っていた。
ノルドは、セラにこれまでのことを話し、心の内を吐き出した。
「島主様に捜索をお願いしてみましょう。元気を出して、ノルド」
セラは優しく彼の小さな体を抱きしめた。
「……うん」
「本当に困ったときは、きっとあの子はここに戻ってくるわ」
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