シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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狙撃手

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「さて、どこから狙うかな」

 広場に着くと、暗殺者の首領、ナゼルは、すでに目星の付けてある数箇所の射撃位置を確認する。

 俺は、テロリストではなく、アサシンだ。無駄な殺しはしない。悪評が立てば、誰も相手にしてくれなくなる。

 政治や思想のために人を殺すわけではない、金のためだ。これがビジネスだ。受けた仕事の成功は、次の依頼につながる。

 広場では、屋台が片付けられつつあり、人々が全島から集まり始めている。

「聖女が出てくるとはな」

 ナゼルは、違和感を覚えながらも、その大胆さに苦笑する。

「舐められたもんだ。しかし、あの老人たちには俺でも敵わない。まあ、逃げ足の速さでは勝てるかもな」

 ナゼルは、聖女の狙撃のしやすさを感じつつ、殺意の届かない場所が一つしかないことに気づく。

「広場を見下ろす鐘塔だな」

 警備員の目を盗み、塔を駆け上がる。鐘のある場所に飛び移ると、死角に隠れて武器を取り出す。

「隠しておいて正解だったな」

 柱の影に身を潜めながら、広場の全景を眺める。夕焼けが広場を照らす。

孤児院の子供たちの讃美歌が響き渡る。

 風の島よ、精霊の島よ

 穏やかな海を抱く島よ

 今、歌い出すは精霊の歌

 光を導く、エリスのしもべ」

「風の島よ、精霊の島よ

 命を紡ぐ大地の力
 
 目覚めし王よ、我らを守れ

 天へ祈りを、捧げる時」

 その場にいる誰もがその稚拙な歌に耳を傾けている。

「くそっ」 普通の感情をなくしたはずのナゼルにも、その歌声が耳に残る。

 広場はすでに、聖女の登壇を待つばかりだ。誰もが静かに、空気が張り詰める中で。

「おい、警備がほとんどいないぞ」ナゼルは混乱した。

 暗闇に包まれ、民衆が一斉に手燭の蝋燭を灯し始める。

 司祭が、青ざめた顔で登壇する。

「私は、大罪を犯しました。悔い改めます。どうかお赦しを」

 司祭は、震える手で祈りを捧げる。

「くそっ」 ナゼルの中で、もはやこれは仕事ではないことに気づく。金は手に入らない。

 上空から風切り音が響く。民衆が見上げる。

「グリフォンだ。しかも、三匹も」

 民衆は、魔物の登場に驚きの声を上げるが、混乱は見られない。

「もっと早くしろ!」

「旋回しろ!見せつけろ!」

 背に乗る老英雄たちの姿が見え、彼らは遊んでいるのではない。会場中に目を光らせているのだ。

「一撃しか無理だな」 ナゼルは平常心を保ち、冷静に殺意を抑える。混乱していた心を落ち着ける。

 大きな波の前に、海の水が引くような感覚を覚える。そして、聖女が現れる。圧倒的な存在感を放ちながら。

 純白の衣装に、細かく砕いた魔石が縫い込まれている聖女の祭礼服は、セラの作ったものだ。

 誰もが、その美しさに一瞬目を奪われる。その瞬間に、ナゼルは長弓から魔法の矢を放った。

 遥か遠くから一直線に飛ぶ魔法の矢は、聖女の服に当たった。

「やったか!」

 しかし、聖女の服が光り輝き、まるでナゼルが狙ったことすら見透かしたかのように、彼女がナゼルを見たような気がした。

 セラの作った服に仕込まれた魔力を蓄える仕掛け、それは最上級の防御魔法だ。

「祝祭の夜に、忌まわしきものは滅びる」

 ネフェル聖女は、そう宣言した。



 ナゼルは塔を駆け下り、必死に逃げ出した。幸いにも、グリフォンたちはまだ鐘塔を取り囲んでいる。脱出するには今しかない。

 しかし、島の船着場に到着したナゼルは、思わず立ち止まった。そこには一艘の船も停まっておらず、誰一人として見当たらない。

「どうなっている?」

 掲示板に目を落とし、貼り出された張り紙を読む。

 警告

  船舶の往来は禁止する。シシルナ島への接近も禁止。

  また、シシルナ島から無許可で海に出ることも禁じる。

  これらに従わぬ者は、即刻処罰する。

 シシルナ島島主 ガレア・シシルナ

 この件については、以下の者が全ての責任を持つ

 ヴァレンシア商会長 ニコラ・ヴァレンシア

 その張り紙を見て、ナゼルは冷たい恐怖を感じた。島の全ての船、ヴァレンシア商会の船舶が出航しており、島を取り囲んでいるのが見える。

「嘘だろう…こんなことが許されるのか?」

 シシルナヨダカと呼ばれる、漁師が使役している夜目の効く鳥が、海上を飛び交っている。

 泳いで渡ることはできるかもしれないが、必ず捕まり、殺されるだろう。

「一日、いや、半日でも逃げ切れば何とかなるはずだ」

 そのとき、遠くから羽音が聞こえてきた。グリフォンが迫ってきている。焦る気持ちを抑えながら、ナゼルはその音を振り切るように足を速める。

「そうだ、カノンが言っていた……近くの魔物の森だ。あそこに隠れれば、何とかなるかもしれない」

 ナゼルは森に向かって走り出した。迫るグリフォンの足音が、後ろで響いている。



 ナゼルが、森に飛び込むのを、三英雄は見送った。

「頼まれた通りにしたが……」

「じゃが、あやつは強いぞ。小狼二匹では勝てんかもしれんな」

「そう言えば、さっきこんな物を拾ったな」

 魔術師の老人は、ナゼルが鐘塔で捨てた長弓を他の二人に見せた。

「おお、貸してみろ。それと魔矢を作ってくれ」

 武器使いの老人は弓を受け取り、矢を番えると、わずかに狙いを定めた。

「おいおい、殺しちゃいかんぞ」

「心配するな、矢を射るというのは、こうやるものじゃよ」

 弦を放った瞬間、矢は静かに森を駆け抜け、ナゼルの片足に命中する。わずかに遅れて、風を切る音が耳に届いた。

「これで、ゲームの負け分は払ったぞ!」三人は、声を出して笑った。
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