仮初夫婦と因習村の狐神

メカラウロ子

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狐隠村調査録:一日目

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俺は民俗学を研究している八雲仁と共に、狐の神を祀っているという不思議な村へ潜入調査する事になった。

憲兵直属からの依頼でもあり、神道国教化*に利用しようとしているのだろうか。本当のことは俺の預かり知らぬ所である。


出発前夜、阿久津が俺たちの元へ訪ねてきた。

村に協力者が居るから、彼らを頼るようにとの事だった。

俺は行き当たりばったりでなくて、心底ホッとした。とてもじゃないが、仁と二人だけでやり切れるとは思えなかったからである。

教えられた場所の地図を片手に、仁と共に村へ向かう。

「お稲荷様の像が増えてきましたね。見たところ、比較的新しそうです」

「狐神はずっと昔からいる氏神様じゃないのか?」

「いえ、彼らが今の狐様を祀り始めたのはつい最近の事みたいですよ」

「どいつもこいつも、本当に目が動いているみたいで不気味だな」

「目が一般的に見かけるものよりギラギラしていて怖いですね。察するに、この像は何かを監視する役割があったのではないかと思います」

「監視って、余所者をろくに入れないくせに何を監視するってんだ?」


そうこうしているうちに、巨大な鳥居が見えてきた。

「おや、あれが本殿みたいですよ。と言う事は、我々は既に村に着いているようですね」

心なしか仁がわくわくしているように見える。

「学者先生は、田舎に来るのは初めてか?」

「時々、フィールドワークに出かけはしますが……やはり交通の便がないと難しいですね」

仁は興味深そうにキョロキョロと周りを見渡した。

一見、至って普通の過疎地の村だ。
まっすぐ畝が整えられた田畑に、ぽつぽつと柿の木が植えられている。

カラスが捨てられた野菜に群がり、俺たちに気づくとカアカアとやかましく声を上げ飛び立った。

「しかし、わっかりにくい村だなぁ……せめて『ようこそ狐隠村へ』と書かれた看板を置いてもらいたいもんだ……」

すると、背後から気配がした。

「お、お、お狐様ぁ?」

腰の曲がった、やけに小さい老婆が手に持っていた備中鍬を落とし、腰を抜かした。

「お、おい。婆さん、大丈夫か?俺たちは……」

俺は急いで老婆に駆け寄ると、方言なのか、訳の分からない言葉を喚き立て、俺の手を払った。

すると、仁が背筋を正し、老婆に近寄った。

「お前、四軒目の確か、名は……」

「ああ……タヱと言います」

「お主、足と腰が動かなくなってきているようだな。無理をするでない」

「お狐様……お狐様じゃ……」

老婆は仁に向かって両手を合わせ、念仏を唱え始める。宗派が違うのではないだろうか。

一方、仁は、満足気に腕を組んで仁王立ちしている。

何だこれは。突然の豹変ぶりに俺は開いた口が塞がらなかった。仁は本番に強かったのか。

仁が再び神妙な面持ちで、今度は老婆の前で手を合わせ、お辞儀をしてからまた顔を上げる。

「面を上げよ。うぬの苦労が見える。夫を亡くし、子供五人を一人で育て上げた美しい手だ。何も言うな。全て見ておる」

「あぁ…!お狐様……お狐様ぁ!!」

老婆はさめざめと泣き出した。

「村の者どもに伝えよ。神の子が戻ったとな」

「は、はぃ、はいぃい!!!」

老婆はさっき転んだとは思えない速さで村へ戻って行った。足腰が弱っているんじゃないのか。

「…………なんだぁ、ありゃ」

俺はこの茶番についていけないでいた。

「お前、学者先生なんかより、宗教家にでもなった方がいいんじゃないか?なんであのご婦人が夫を亡くしたと分かったんだ」

「そんなもの、阿久津さんから事前に情報を受け取っていたからに決まっているではありませんか」

「はぁ?何だそりゃ、詐欺じゃねえか!!」

「結果的に、お狐様と信じてもらえたからいいじゃありませんか。実は信じてもらうためにいくつかトリックを用意していたのですが、火を使うものだったから、やらなくて良かったです」

「それにしても、よくもまあ、あんな顔色一つ変えずに嘘がつけるもんだ。あのご婦人は、心底お前を信じ切った顔をしてたぜ」

「……必要な処置です。彼らは『狐神』以外に対しては閉鎖的である。だけど内側に入る事が出来れば容易に情報を提供してくれるでしょう。阿久津さんの計画通りです」

「あのぉ~」

俺と仁は突然声をかけられてビクッとする。

声の主に振り返ると、20代前半くらいの若者がそこに立っていた。

「ばあちゃんがお狐様が~っと騒いどったんですが、アンタらが学者先生か?」

「…!!!では君が協力者の?」

「警察からお話は聞いとります。ウチの失踪事件ば"科学的観点"から見てくださるそうで」

「はい、民俗学を研究している八雲と申します。こちらは私の助手の池内さんです」

いつの間に俺は仁の助手になったんだ。

「遠いところ、よくお越しくださいました。俺は豊田って言います。一応村長の孫で、先生方の宿はウチでって決めとりますんで、どうぞこちらへ」

俺たちは豊田と名乗る男について行った。豊田は本人も言った通り村長の孫で、数年前に父が亡くなり、長男である彼が跡取りになったそうだ。

そして、失踪者の中に弟がおり、祖父に内緒で協力すると決めたのだという。

「弟は、頭がいいから、いつか村を出て勉強してえなって言ってたんだけど、だからといってまだ15だからとても一人で出て行くなんてできねぇよ」

兄弟関係は至って良好で、家出をするような性格でもないらしい。

「じいちゃんはヨソもの嫌いで有名ですからねぇ、くれぐれも、本人の前では東京から来たなんて言わねえでください」

「分かりました」

道すがら、俺は仁の袖をちょいちょいと突いた。

『おい、しっかり喋れるじゃねえの。いつ俺が助手って事になったんだ?』

『阿久津さんと事前に決めておいたのです。あと、私……口下手なんて言ってませんよ?』

「先生方、着きましたよ」

「あ、はい。わあ。すごく立派なお屋敷ですね」

さすが村長の家といったところか。庭師に整えられたツツジの木に、立派な松、その中心に構えた本家は家紋の入った瓦が左右にギラギラと金色に輝いていた。

「ささ、どうぞどうぞ」

俺たちは促されるまま屋敷に上がった。


ーーーーーーー

神道国教化*
明治初期に起こった廃仏毀釈により、神と仏は分けられ、神様中心の国家にしようという国の考え
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