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Chapter.1 【名も無き洞窟】
01.二人ぼっちの元勇者
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「出来っっったーーーーーーッッ!!」
──土臭い洞穴に、声が響き渡る。
人通りの少ない山奥だからこそ張れる大声を、惜しみない程に震わせた。
「出来た、遂に出来たぞ!! 苦節三年、この無情な地獄を覆す事が出来るんだ……!!」
思わず震える自分の声を正す事もなく、感情の赴くままに語り出す。
自分の右手から感じるマナの力は、確かに俺が思い描いていた魔力を形成している。この力があれば、自身を取り巻くこの忌々しい状況から脱却する事が出来るのだ。
誰も居ない事を良い事に、軽くステップを踏みながら洞窟内を練り歩く二十一歳の男性。それが俺、ソレイユというしがない元勇者である。
「……ソレイユ、さっきからうるさいニャ」
まるで騒がしいお隣さんに文句を言う農民のように、迷惑極まりない声色が俺の耳に入る。気づけば俺の足元には、夜闇のように黒々とした毛色を持つ一匹の黒猫が座っていた。
猫独特の顔を洗う動きが、寝ぼけ眼を擦っているように見えるのは決して見間違いではない。
「冷たい事言うなよ、ルナ。俺の三年の研究がようやく実を結んだんだぜ!?」
「だから何度も言ってるニャ。ソレイユ程度が組み立てた術式じゃアレはビクとも──」
首に付けた鈴が、チリンと子気味良い音を響かせる。透き通るような淡いグリーンの瞳が、俺の右手を射抜いた。
「ニャ、ニャァ!? その馬鹿みたいな魔力は一体全体何なのニャ!?」
「はっはっはっはァッ! だから何度も言ったじゃねぇか、絶対に成功するって!」
「馬鹿ニャ!! ソレイユにそんな魔法が扱える筈ないニャ!?」
流暢な言語で俺を完全に否定してくる黒猫。俺がルナと呼ぶこいつは、正式にはルナファリアという名前の精霊だ。
俺が以前、魔王を討伐する為に得た聖剣に宿っていたらしく、聖剣を手にして以来ずっと一緒に旅をしてきた相棒といえる。
驚くルナファリアに俺は人差指を振り、ニヒルな笑みを浮かべた。
「これも魔道国家で修業した成果さ、俺に不可能な事は無いんだっつーの」
「あ、ありえねーニャ……」
「でもこれで納得してくれたろ? 俺に、いや世界中に掛けられた“反転の魔王”の呪いは、必ず解けるんだよ」
「むむむ……!」
──数十年前、突如として世界に現れた化物。それが“反転の魔王”と呼ばれる魔族だった。
ただでさえ闇の神に愛されたと言われる程の魔力を持つ魔族が、魔王として強力なスキルを所有している。異常とも呼べる強さに、人間を始めとするエルフやドワーフ、獣人達は次々に殺されていった。
しかしこの世界には覆らない理屈が存在する。光があれば影が生まれるように──影があれば、必ず光は存在するのだ。
「勇者として戦って八年、ようやく“反転の魔王”を討伐したってのに……!」
「……ソレイユには同情するニャ。最後の最後に魔王が放った呪い、それが無駄に魔法抵抗力が高すぎたせいで思いもよらぬ形で発現したのは」
「そんな一言で片づけられるか! だって、だってよォ……!」
“反転の魔王”の呪い。
絶対的な対魔法のスキルを所持しているが故に、呪いは俺に掛かる事はなかった。その代償は俺以外の全人類。気になる効果はといえば。
「好感度が反転するって、そんなのありかよおおおおおォォツ!?」
「うーん、思い返せば思い返すほど本当に不憫だニャァ」
そう、そうなのだ。
俺以外の全ての人類に掛けられた呪いは、「勇者ソレイユへの好感度が反転する」という物。
全世界の期待を背負い、魔王を討伐した瞬間の俺の好感度がどれくらいか想像出来るかい? 自分で言うのも何だが、それはもう凄い事になってたんだろうさ。
だからこその、呪い。上りに上った好感度は文字通り正に“反転”したのだ。
「魔王を倒した瞬間からかつての仲間達が本気で殺しにくるんだぜ……」
「好感度がゼロ……即ち、記憶が無くなる程度であればまだ良かったニャ。好きの反対は無関心だなんて嘘っぱちだったのがよく分かるニャ」
「あの呪いが精霊であるルナにまで掛かってたら確実に詰んでたな」
「ふふん、これは一生モノの“貸し”だニャ」
「わーってるよ。呪いが解けたら豪勢な猫まんま食わせてやるって」
「ル、ルナを猫扱いするニャーッ!!」
黒猫に言われても納得出来ない理不尽な怒りをスルーし、俺は洞窟の入口へと目を向ける。
どうやらそろそろ夜が明けるようで、僅かな朝日が入口から差し込んでいた。
「ま、後は成るように成れだな」
「……本当に行く気かニャ。絶対、絶対傷つく事になるニャ」
ルナの言葉が、俺の胸に突き刺さる。
そんな事は百も承知だった。魔王を倒した瞬間から、この洞穴に逃げ込んでくるまで。俺は一体何人から殺されかけたのだろうか。そんな事を数えていられる暇も無い程、俺は嫌われていた。
だが、それは同時に確信でもあった。皆が俺を嫌うという事は、この呪いがあるまでは確かに好いていてくれていたのだ。
そんな気の良い奴らが、魔王の呪いを一生背負う事がどうして許せるのか。
「ルナは。ルナはお前に隣に居てやれるニャ。それだけじゃ、満足出来ないのかニャ」
「ごめん、ルナ。それもそれで魅力的ではあるけど──」
それでも、首を立てに振る事は出来ない。
その返答をまるで分かっていたかのように、ルナは面倒臭そうに小さくため息をつく。鈴特有の甲高い音を鳴らし、俺の先を一歩、二歩と歩き出した。
「結局ソレイユは勇者なんだニャ。……まぁ、ルナは聖剣から離れられないし。引き続き話し相手くらいにはなってやるニャ」
一度も向き直る事は無かったが、ピンと立てた尻尾が揺れる。この三年間、荒んだ俺を励まし、癒してくれた唯一の相棒。
ルナの背を追いかけるように、俺もまた一歩を踏み出す。
この洞窟を抜ければ、また俺はあの世界へと舞い戻る事になる。誰一人として、俺を好ましく思ってくれる人がいないあの地獄へと。
だがそれでも、俺は戦い抜く。かつての仲間を、救ってきた人々を取り戻す為に。
──土臭い洞穴に、声が響き渡る。
人通りの少ない山奥だからこそ張れる大声を、惜しみない程に震わせた。
「出来た、遂に出来たぞ!! 苦節三年、この無情な地獄を覆す事が出来るんだ……!!」
思わず震える自分の声を正す事もなく、感情の赴くままに語り出す。
自分の右手から感じるマナの力は、確かに俺が思い描いていた魔力を形成している。この力があれば、自身を取り巻くこの忌々しい状況から脱却する事が出来るのだ。
誰も居ない事を良い事に、軽くステップを踏みながら洞窟内を練り歩く二十一歳の男性。それが俺、ソレイユというしがない元勇者である。
「……ソレイユ、さっきからうるさいニャ」
まるで騒がしいお隣さんに文句を言う農民のように、迷惑極まりない声色が俺の耳に入る。気づけば俺の足元には、夜闇のように黒々とした毛色を持つ一匹の黒猫が座っていた。
猫独特の顔を洗う動きが、寝ぼけ眼を擦っているように見えるのは決して見間違いではない。
「冷たい事言うなよ、ルナ。俺の三年の研究がようやく実を結んだんだぜ!?」
「だから何度も言ってるニャ。ソレイユ程度が組み立てた術式じゃアレはビクとも──」
首に付けた鈴が、チリンと子気味良い音を響かせる。透き通るような淡いグリーンの瞳が、俺の右手を射抜いた。
「ニャ、ニャァ!? その馬鹿みたいな魔力は一体全体何なのニャ!?」
「はっはっはっはァッ! だから何度も言ったじゃねぇか、絶対に成功するって!」
「馬鹿ニャ!! ソレイユにそんな魔法が扱える筈ないニャ!?」
流暢な言語で俺を完全に否定してくる黒猫。俺がルナと呼ぶこいつは、正式にはルナファリアという名前の精霊だ。
俺が以前、魔王を討伐する為に得た聖剣に宿っていたらしく、聖剣を手にして以来ずっと一緒に旅をしてきた相棒といえる。
驚くルナファリアに俺は人差指を振り、ニヒルな笑みを浮かべた。
「これも魔道国家で修業した成果さ、俺に不可能な事は無いんだっつーの」
「あ、ありえねーニャ……」
「でもこれで納得してくれたろ? 俺に、いや世界中に掛けられた“反転の魔王”の呪いは、必ず解けるんだよ」
「むむむ……!」
──数十年前、突如として世界に現れた化物。それが“反転の魔王”と呼ばれる魔族だった。
ただでさえ闇の神に愛されたと言われる程の魔力を持つ魔族が、魔王として強力なスキルを所有している。異常とも呼べる強さに、人間を始めとするエルフやドワーフ、獣人達は次々に殺されていった。
しかしこの世界には覆らない理屈が存在する。光があれば影が生まれるように──影があれば、必ず光は存在するのだ。
「勇者として戦って八年、ようやく“反転の魔王”を討伐したってのに……!」
「……ソレイユには同情するニャ。最後の最後に魔王が放った呪い、それが無駄に魔法抵抗力が高すぎたせいで思いもよらぬ形で発現したのは」
「そんな一言で片づけられるか! だって、だってよォ……!」
“反転の魔王”の呪い。
絶対的な対魔法のスキルを所持しているが故に、呪いは俺に掛かる事はなかった。その代償は俺以外の全人類。気になる効果はといえば。
「好感度が反転するって、そんなのありかよおおおおおォォツ!?」
「うーん、思い返せば思い返すほど本当に不憫だニャァ」
そう、そうなのだ。
俺以外の全ての人類に掛けられた呪いは、「勇者ソレイユへの好感度が反転する」という物。
全世界の期待を背負い、魔王を討伐した瞬間の俺の好感度がどれくらいか想像出来るかい? 自分で言うのも何だが、それはもう凄い事になってたんだろうさ。
だからこその、呪い。上りに上った好感度は文字通り正に“反転”したのだ。
「魔王を倒した瞬間からかつての仲間達が本気で殺しにくるんだぜ……」
「好感度がゼロ……即ち、記憶が無くなる程度であればまだ良かったニャ。好きの反対は無関心だなんて嘘っぱちだったのがよく分かるニャ」
「あの呪いが精霊であるルナにまで掛かってたら確実に詰んでたな」
「ふふん、これは一生モノの“貸し”だニャ」
「わーってるよ。呪いが解けたら豪勢な猫まんま食わせてやるって」
「ル、ルナを猫扱いするニャーッ!!」
黒猫に言われても納得出来ない理不尽な怒りをスルーし、俺は洞窟の入口へと目を向ける。
どうやらそろそろ夜が明けるようで、僅かな朝日が入口から差し込んでいた。
「ま、後は成るように成れだな」
「……本当に行く気かニャ。絶対、絶対傷つく事になるニャ」
ルナの言葉が、俺の胸に突き刺さる。
そんな事は百も承知だった。魔王を倒した瞬間から、この洞穴に逃げ込んでくるまで。俺は一体何人から殺されかけたのだろうか。そんな事を数えていられる暇も無い程、俺は嫌われていた。
だが、それは同時に確信でもあった。皆が俺を嫌うという事は、この呪いがあるまでは確かに好いていてくれていたのだ。
そんな気の良い奴らが、魔王の呪いを一生背負う事がどうして許せるのか。
「ルナは。ルナはお前に隣に居てやれるニャ。それだけじゃ、満足出来ないのかニャ」
「ごめん、ルナ。それもそれで魅力的ではあるけど──」
それでも、首を立てに振る事は出来ない。
その返答をまるで分かっていたかのように、ルナは面倒臭そうに小さくため息をつく。鈴特有の甲高い音を鳴らし、俺の先を一歩、二歩と歩き出した。
「結局ソレイユは勇者なんだニャ。……まぁ、ルナは聖剣から離れられないし。引き続き話し相手くらいにはなってやるニャ」
一度も向き直る事は無かったが、ピンと立てた尻尾が揺れる。この三年間、荒んだ俺を励まし、癒してくれた唯一の相棒。
ルナの背を追いかけるように、俺もまた一歩を踏み出す。
この洞窟を抜ければ、また俺はあの世界へと舞い戻る事になる。誰一人として、俺を好ましく思ってくれる人がいないあの地獄へと。
だがそれでも、俺は戦い抜く。かつての仲間を、救ってきた人々を取り戻す為に。
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