好感度“反転”、思った以上に地獄説

袋池

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Chapter.2 【信仰国家リュミエール公国】

08.“姫巫女”の笑顔

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「失礼致します」

 重苦しい扉を開く。既に時刻は二十二時を周っており、辺りに鉄の扉が擦れる音が響いた。
 部屋の中は縦横十メートル程の広めの部屋。絨毯などは敷かれておらず、石造りの床がむき出しになっている。簡素なテーブルが中央に鎮座し、その部屋一帯を松明の灯りが優しく照らしていた。

「ようこそ御出でくださいました、ライト様。突然のお呼び立てにも関わらず、お受け下さった事に感謝致しますわ」

「こちらこそお招き頂きありがとうございます。──フロストバイン枢機卿」

 あの時と同じく。
 リスティは水色の髪をはためかせ、俺に向けて優雅に微笑みを作った。惜しんだ別れから約十年ぶりの再会だが、彼女の美しさは何も変わらない。いや、むしろ色んな場所がとんでもない事になっていた。

「……どうかされましたか、ライト様?」

「い、いえいえ! 何でもございません!!」

 少し上ずった声は、恐らく御付きの神官には筒抜けだっただろう。少し咎めるような視線を俺に向ければ、神官はワイングラスを二つ取り出した。

「公国近辺にあります、ラダの村と呼ばれる農村で作った葡萄酒です。芳醇な香りは、きっとライト様も満足なされる事でしょう」

 聞いてもいないワインの侯爵を垂れながら、神官は俺とリスティのグラスにワインを注ぐ。
 透き通る紫色の液体が松明の灯りを反射し、リスティの横顔を照らした。……本当に、恐ろしいくらい綺麗になった。

「ありがとう。少しライト様と話したい事柄がありますので、お下がり下さい」

「え、えぇ!? お、お二人でお話をされるつもりですか!?」

「……派閥に関わる事もありますから」

 真剣な声色で告げるリスティの声に、御付きの神官はくぐもった声を挙げた。

「どうか、枢機卿に失礼がありませんよう」

 苦々しい声で俺にそう一言釘を差せば、未練たらしい足取りで部屋を退室する。
 松明の油が弾ける音だけが響く部屋に、俺とリスティだけが取り残された。

「ライト様。既に、マグニコア大司祭とはお話を?」

「ええ、仰る通り。私が第一部隊に組み込まれ、僅か数日で御声掛けを頂きましたよ」

「そう……ですか。では派閥についての御説明は不要ですね」

 リスティの声に、俺は黙って頷いた。
 ハト派とタカ派。教会に属さない俺にとってはあまり興味の無い事柄だが、リスティがハト派のトップだというのならば話は別だ。

「単刀直入に申します。ライト様、どうかハト派への加入を公言して頂けませんか」

「理由を覗っても?」

「恐らくご推察の通りです。マグニコア大司祭はライト様の武力を以て、代替的に魔物の撲滅を掲げるおつもりでしょう。それを阻止したいのです」

「ですが、魔物の撲滅は悪い事ではないのではないですか?」

「確かに放置して良い事柄ではありません。……ですが、今はそれよりも急を要する民が居ます。彼らの日々の安全の確保を優先せず、魔物狩りに騎士を派遣するのは愚の骨頂です」

「なるほど。概ねマグニコア大司祭とは真逆の意見である事は心得ました」

「如何でしょう。勿論、相応の報酬も用意させて頂きます」

「それは?」

「貴方を大司祭へ取り立てる事が可能です」

 突然の言葉に、思わず口が開く。仮面を付けているため表情は読み取られていないだろうが、それでもこの狼狽はリスティへ伝わっただろう。

「お、俺にそこまでの価値があるとは思えないのですが」

「いいえ、私はそうは思いません。失礼ですが、ライト様の足取りを全て追わせて頂きました。元々グランバルド帝国の傭兵という話は、嘘でしょう」

「……何故そうお思いに?」

「全て追わせて頂いた、と申し上げた通りです。『ライト』と名乗る傭兵、冒険者は数多くいます。しかし貴方はあのラダム騎士団長に勝利した腕前です。その実力は、一握りに限られます」

 少し、驚いた。幼い頃から聡明な人物である事は分かっていたが、十年でここまでに成るとは。
 確かに俺の出自は確かに嘘だ。だがその真偽を調べる為には、並外れた労力では賄えない。だとすれば、やはりリスティはこの「ライトという偽名を使う剣士」に、何かしらの価値を見出したという事だろう。

「現在は鎖国状態にある東方の国々を覗いた全ての国の冒険者ギルドに、現在登録されている者のリストを調達して頂きました。ラダム騎士団長を下す程の実力者である二刀流使いで、ライトという名義。それに該当する人は、一人しか居りませんでした」

「それが俺だとは?」

「有り得ません。そのお二人は既に、グランバルド帝国へ仕官しています」

「……なるほど。枢機卿のお力は十分に伝わりました。ですが、何故そこまで俺に労力を割いたのです」

「──勘です。私は、貴方が“どちらか”だと思っています」

「どちらか?」

「この国にとって、救世主となるか。それとも、極悪人となるか」

「っ!」

 リスティが語る言葉に、思わず固唾を飲みこんでしまう。

「し、失礼しました。……極悪人という言葉は、不適切でしたね。何もそこまで醜悪なお方だとは思っておりません」

 俺は今ほど、仮面を着用していて良かったと思えた事は無い。俺を励まし、孤独な時期に共に歩んでくれた彼女から、醜悪という言葉を突きつけられて。
 どんな顔をしているのか、自分でもわからない。
 この話をすり替えたい。だがどうしても、勝手に口が動いてしまう。

「枢機卿。貴女は……勇者を、どのようにお考えですか」

 突然返された俺の疑問に、リスティは大きな瞳を瞬きし、一瞬考えるような仕草を取る。
 俺の質問の意図を思案するのだろうが、そこに大きな意味はない。これは駆け引きでも何でもないのだから。
 しばらく目を瞑ったリスティは、透き通った瞳を俺に向け、笑顔でこう言った。

「──最低最悪の、野蛮人だと思っていますよ」

          ☆☆☆

 それからの記憶は曖昧だ。
 リスティとはいくらか話を交わした後、俺は自分の小屋へと戻っていた。ローブも仮面も脱ぎ去り、まるで魂の抜けた人形のようにベッドに横たわる。

「ソレイユ。お前、リスティリアに聞いたかニャ」

「……ああ」

 ベッドの脇に座るルナは、呆れたように息を吐いた。

「何べんも言ったニャ。魔王の呪いに抗える人間なんて、この世にはいないニャ」

「わかってたさ。わかってたけど……!!」

 悔しさに、拳を握る。遂に俺は、初恋の相手にさえも誹りを受けてしまった。彼女はもう、俺の事を殺したい程憎く思っているのだという現実が、一気に自分にのしかかる。

「会えたならすぐに呪いを解呪しちまえば良かったニャ」

「時間が掛かるんだ。……枢機卿の位にいる彼女が、そんな怪しい魔法に安々と掛かってくれるとは思えない」

「面倒なもんだニャァ」

 それだけ魔王の呪いは根深く掛かる。勇者である俺が、自分の知識と経験を全て動員したとしてもこれ以上の効果の魔法を作る事は出来ないだろう。
 今打てる、最善の手を打ってきた。現状を打破するための魔法も作りだした。それなのに。

「畜生……!! やっぱ、辛ぇなァッ……!!」

 どうしても、この涙が止まらない。
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