好感度“反転”、思った以上に地獄説

袋池

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Chapter.2 【信仰国家リュミエール公国】

12.異端審問会

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 明くる日、信仰国家リュミエール公国に衝撃が走った。
 三か月程前に突如入団した、ライトと名乗る聖騎士。その正体は何と、三年前に聖剣を持ったまま行方を眩ませた極悪人ソレイユであった事が分かったのだった。
 最高司祭であるゴダマ・リュミエール・アラキスは翌日に、すぐさま大司祭を集めて議会を発足。公国中央、大神殿に十三人の面々が集っていた。

「──皆の者、もう話は聞き及んでいるな」

 重苦しいゴダマの言葉に、全員が固唾を飲みこむ。その中には嫡男であるマグニコア、そして枢機卿であるリスティリアの姿もあった。

「まさかあの聖騎士が極悪人だったとは……! クソ、何故私は気づけなかったのだ……!!」

 マグニコアは自身の頭を掻きむしりながら悪態をつく。だがその表情は、何処か作ったような顔である事に誰も気づかない。
 その向かいでは、リスティリアが青ざめた顔を浮かべながら身体を震わせていた。

「私など、あの者と同じ食卓まで囲んでしまいました。……最早、私の身は穢れてしまったのでは」

「両名、口を慎め。今は責任の所在を問うている場合ではない」

 リスティリアの悔恨に満ちた懺悔を、ゴダマは一蹴する。

「それより問題は、未だに奴が聖剣ルナファリアを手にしているという事だ。これについての詳細を、ラダム騎士団長に伺おうと思う」

 ゴダマの一声で、他の神官達が一人の男を会議の間へと通す。
 巨大な、そして分厚い鎧に身を包む男。聖騎士、第一部隊団長のラダム・バッグハートであった。

「ではラダム騎士団長、詳細を」

「はっ」

 重苦しい声で、ラダムは続ける。

「我輩が接触していたライトと名乗る男は、確かに二振りの剣を携えていたのである。元は二刀流であり、三年前に魔族との戦いで怪我をした折、一刀流へ転換したと。常に第一部隊の訓練で手にしていたのは、この国でも流通していた市販の鉄の剣であったと記憶しているのである」

「もう一振りの剣はどうだったのだ」

「抜刀した剣を見ておりませんので不確かではあるが、少なくとも我輩が記憶している聖剣の鞘とは異なっていたのである。……しかし思い返せば、刃渡りなどの特徴は聖剣と一致していたかと」

 ラダムの語る言葉に、円卓を囲む司祭達からは動揺の声が挙がる。
 神の寵愛を一身に受けるリュミエール公国にとって、聖剣とは光の鏡と同様に権威の象徴に等しい。この三年間、血眼になって探し求めていた物が、すぐ近くにあった。その後悔、怒りが彼らを襲っていた。
 同様にゴダマも唇を噛みしめる。

「口惜しい……! 聖剣を懐に招いておきながら、みすみす逃すとは……!」

「しかし、最高司祭。極悪人は、何故今になってこの国へ?」

「わからぬ。ラダム騎士団長、あの男に何か変わった事はあったか?」

「少なくとも我輩の目からは。……お恥ずかしながら、我輩を含め第一部隊はあの“ライト”という新参者に心を許していたのである」

 ラダムの嘘偽りない発言は、更に波紋を呼ぶ。あの極悪人に、心を許した。それも公国の最高司祭の懐刀、第一部隊がだ。

「静まれ、静まれ!! 何度も言うが、今は余計な責任を詮索する場合では無いッ!!」

「あ、あの、ラダム騎士団長。最後にあの男に任せたと言う任務は……?」

「極悪人に同行させた二人は無事に帰国済である。あの二人の証言によれば、極悪人は標的にビルグ・ワイズマンと親しげに話していたと言っていたのである」

 リスティリアの問いに、ラダムが応える。
 その瞬間、まるで水を得た魚のようにマグニコアは立ち上がり、大声を張り上げた。

「そうか、そうだったのかッ!! ビルグ・ワイズマンを動かしていたのはあの極悪人だったのだッ!!」

 ──真実は、否である。ビルグを扇動し、魔物を使って公国を攻撃させようと企んだのは他ならぬマグニコア本人。
 しかし、まるで全てのピースが組み合わさるかのように、司祭達の頭の中では一つの物語が出来上がっていた。

「……なるほど。邪法を扱う召喚士を用いて、このリュミエールを落とすつもりでいたのか」

「だとすれば、第一騎士団に入ったのは偵察か? ふん、ハトにもタカにもなびかなかったのはその為か!」

「あの勇者は死んでなどいなかった! むしろ、虎視眈々と我々の命を狙っていたのだ!!」

 荒れ狂うように叫ぶ神官達は、全ての責任を極悪人ソレイユと結びつける。
 結果ありきで語られる予想は彼らの中で真実味を増していく一方だ。ハトもタカも関係無くソレイユを罵倒する姿を見て、マグニコアは静かに嗤う。

「──そういえば、枢機卿。先ほど、あの男と食卓を囲んだと仰っていましたなぁ?」

 騒がしい室内に、マグニコアの声が鈴の音のように響き渡る。
 あれだけ大声を出していた神官達の動きはピタリと止まり、全員の視線がリスティリアへと注がれる。
 その目には、明らかに懐疑的な色が含まれていた。

「お、お待ちください!! それはハト派への加入の誘いであり、それ以上の事はございません!!」

「果たして本当にそうでしょうか。夜に二人で密談をしてまで、何を話されていたのでしょうねぇ」

「っ!! 何故、それを……!」

「枢機卿の御付きの神官ですよ。極悪人との疑惑についてお話を申し上げた所、先ほど全て喋ってくれました」

 これは、真実である。
 昨日、ゴダマよりライトが極悪人であるという話をいち早く聞いたマグニコアは、この時の為の準備を全て終わらせていた。
 ビルグの失敗は想定外であったが、その討伐に向かったのが極悪人ソレイユである事が功を成した。ならば後は、目の前のリスティリアを失脚させるだけで、全てが自分の思い通りとなるだろう。

「それは、本当に派閥に関わる話だったからですっ! 例え御付きだとしても、無所属である以上は派閥の話は聞かせられません!」

「ふむぅ。しかし、彼の話では随分と仲良くされていたそうじゃないですか。あの男の事を、救世主と呼んだとか」

 リスティリアの表情が、曇る。リスティリアに対し恋慕の感情を募らせていた御付きの神官は、あの夜の二人の話を盗み聞きしていたのだ。
 試すような物言いだった。決して、ライトを一方的に賛美する受け答えではなかった。だが一体誰がそれを信じてくれるというのだろうか。
 自分を射抜く全員の視線の真意が、リスティリアには嫌が応にも伝わってしまう。

「……裏切ったのか」

 一人の大司祭が、ポツリと呟いた。
 小さくしゃがれた声は、更に大きくなってリスティリアを襲う。

「裏切ったのか、小娘ェッ!!」

 一人、また一人と円卓を立ち上がり、リスティリアを囲んでいく。

「違います、これは何かの間違いです!! 私はあのような極悪人とは、何も……!!」

「嘘をつけ、この異端者め!! 面倒を見て頂いたゴダマ最高司祭への恩義を忘れたか!!」

 神官の言葉を受け、リスティリアは咄嗟にゴダマに視線を向ける。それはゴダマの名前が出てきたからではない。
 ゴダマに助けて欲しいと願って。この状況から、救い出してほしいと願って。
 リスティリアとゴダマの視線が交わる。ゴダマは相変わらず重苦しい口を開いた。

「──この女を独房に連れて行け。尋問は今日から始める」

 どこまでも冷たい声に、思わずリスティリアの瞳から涙が零れ落ちる。
 何処にも逃げ場は無い。謂れの無い罪を背負い、リスティリアは独房へと連れて行かれる。
 その小さな背中を見送りながら、やはり確かにマグニコアは醜く嗤ったのだった。
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