忘れもの

神在琉葵(かみありるき)

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カウンターの中にいた初老のマスターは、僕が入ってきたことにもまるで気付いてないみたいに、何も言わずにコーヒーを点てていた。




(……感じ悪いな。)




そうは思ったけれど、さんざん歩いてようやく見つけた喫茶店だ。
このあたりには他に店はなさそうだし、お腹も相当減っている。
愛想が悪いことくらいなんだ。
何か食べるだけ食べたらすぐに出れば良い…
そう割り切って、僕は奥の席に着いた。




扉の近くの席にいた中年の男は、なにかを一心に書いていたが、僕が座ってしばらくすると、それを書き終えたのか、その紙を封筒に入れて、コーヒーを一口飲み、大きなため息を吐いた。



「あの…すみません。メニューは…」

「お客さん、もしかして間違えられたんじゃないですか?」

マスターはパイプをくわえながら、そんなことを口にした。




「えっ?ここは喫茶店でしょう?」

「確かに喫茶店ですが、ここは……」

マスターがなにかを話そうとした時だった。
もしかしたら、無銭飲食なのだろうか?
そう思うくらいに、件の男はものすごい勢いで店を飛び出して行ったのだ。




「あっ!忘れもの……」

僕は、テーブルに置かれた書類の入った封筒に気が付いた。
あんなに一生懸命書いていたものだ。きっと大切なものに違いない。




「お止しなさい。」

僕が立ち上ると、マスターが小さな声でそう言った。




「え…?」

「それはゴミです。きっといらないものだから置いていかれたんですよ。」

「そ、そんなわけないじゃないですか。
さっきの人は、一生懸命に書かれていた。」

「いや、そうじゃない。
あの人はそれがいらないから…」

「もうけっこうです!」

気が急いていたこともあったし、マスターの言うことや態度にもさっきからどうもいやな印象を抱いていたから、僕はもうその店で食事をすることを諦めた。

そんなことよりも、あの封筒をさっきの男に届けてやらないと…



その強い想いにかられて、僕は封筒を掴んで、店の外に飛び出した。
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