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究極の選択

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 「ただいま。」

 『おかえり。』



 迎えてくれる人がいるというのは、ありがたいことだ。
 彼女のおかげで、慣れない東京暮らしも少しも寂しくなかった。
 今では彼女はなくてはならない存在だ。



 『良平、今日はちょっと話があるんだ。』

 「話?なんだい?」

 『実は、私…成仏しようかなって思って…』

 「えっ!?ど、どうして…」

 『うん、あんた、最近ずいぶん痩せたじゃない。
それって私のせいだよ。
 幽霊と接触してると、どうしても生体エネルギーが奪われちゃうからね…』

 「いや、俺なら大丈夫だ、そんなこと。気にすんなよ。」

 『ううん、良平に迷惑かけるのいやだし。
それに、良平と出会ってから、すごく気持ちも落ち着いたしさ。良平のおかげだよ。
 良平、本当にありがとう。元気でね…』



 結局、彼女はその晩、成仏してしまった。
 実に呆気ない別れだった。
 俺は、心の中に、ぽっかりと大きな穴が開いてしまったような寂しさを感じた。



 良く考えてみれば、東京に来てから、楽しかったのは彼女との会話だけだった。
バイト先では私語は厳禁だし、友達も出来ず、金もないから用事以外では出掛けることもなく…



憧れの東京暮らしは、何も良いことがなかった。



 彼女と良く故郷の話をした。
 都会よりずっと不便で、楽しいものも目新しいものも何もないけど…懐かしい思い出は、皆、穏やかなものばかりだ。



それに、東京に出て来なければ、俺も彼女も騙されることはなかった…




(……帰ろうかな?)



 格好悪いけど…
やっぱり、俺には田舎の方が合ってるのかもしれない。
そんなことに気付かせてくれたのは、彼女だ。



あの時、オンボロアパートの方を選んでいたら、きっとこんな心境にはならなかっただろう。



あの選択は正解だった。
 俺は自信を持ってそう言える。
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