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奴は、この世界に飛び込んできた。



それから、アラステアと一緒の日々が始まった。
奴は、私が『フィリス』とは似ても似つかない男性だと知って激しいショックを受けていた。
それも当然のことだろう。
 今まで見ていた女性は、おまえの理想の女性が投影されたものだと言って誤魔化した。



 奴は、愛するフィリスとの暮らしを夢見て、大切な親友を裏切るような真似をしてまで鏡の世界に飛び込んで来たというのに、ここにフィリスはいなかった。
その衝撃は計り知れないものだろうと思った。
しかし、そういう結果を招いたのもアラステア自身なのだ。



 奴とは鏡越しに数え切れない程の会話を交わし、だいたいのことはわかっていたつもりだったが、やはり相当に変わった奴だった。
 全く素直じゃなく、美しい容姿に恵まれ、ありあまる財産を持ち、病弱なことをのぞけば、誰からも羨ましがられるような人物だというのに、奴は自分自身を酷く憎んでいた。
 自分だけではない。
 人間を…生きることそのものをアラステアは憎んでいるようだった。
それなのに、奴の心は温かい…
こんな得体の知れない…しかも、奴の心を弄んでいた私にも優しくしてくれた。
 私に対して、怯えたこともなければ、嫌悪感を露わにすることもなかった。
こんな人間は初めて…いや…セシリアと奴だけだ。
 奴がここに来てくれたことが、私は本当に嬉しかった。
なぜ、奴に限ってそんなことが出来たのかはわからなかったが、ここに来たのが奴で本当に良かったと思った。
 奴が来てから、私は毎日がとても楽しかった。
すさんだ心に水が染み込むようだった。
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