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半獣人の王子

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「お頭ぁッ!! お頭!!! 」

ピーピーと情けなく泣きながら犬の獣人は隠し通路を通り抜け、を走り抜け、一つの部屋に逃げ込むように入った。

石で頑丈に出来た古城に大木を突き刺すオークのような悪魔と仲間達の猛攻を赤子の手を捻るように伸す人族の姿をした悪魔から命からがらなんとか逃げてきた。

この犬の獣人の頭の中では一人と一匹はもう既に悪魔という恐怖の対象になっている。


ブルブルと震え、尻尾を恐怖で巻きながら最終的には四つん這いで逃げてきた犬の獣人。
そんな犬の獣人を部屋の主は冷え冷えとした目で見ていた。

「た、助け…。悪魔が…。悪魔がッ!! 」

「アホンダラ。何故、ここに逃げてきた…。」

部屋の主は怒りに毛を逆立たせて、置いてあった檻を蹴った。

ガシャンッと激しい音とともに蹴られた檻の中に入っていた少年がビクッと身体を震わせる。
膝を抱えなければ身体が入り切らない檻の中で怯えて更に身体を小さくした。


その少年の姿を見て、部屋の主は支配欲が満たされ気持ちが少し高揚したが、恐怖で固まる犬の獣人部下を見て、怒りのボルテージが上がっていく。

「この部屋はな。隠し通路を使ってしか来れねぇんだ。…嗅ぎ慣れねぇ匂いがここに近付いてやがる。……分かるか? テメェがご丁寧に目の前で隠し通路を使って教えちまったって事だ。」

ギリギリと鋭い牙から歯軋りが聞こえる。
スッと通った長い鼻に皺がより、アイスブルーの瞳が射殺さんばかりに犬の獣人を睨む。

「で、でも、頭。アイツら強くて草食獣階級の獣人では歯がた、立たないんです。」

「それがどうした。この部屋の前にはアシェルの内乱に乗じて手に入れた商品の保管されてる商品庫があるんだぞ。」

「で、でも…、頭は狼犬の獣人。肉食階級の血を引く頭ならっ…。」

「人族の闇市に出せばあれだけの数なら億は行く。お前の命では到底払いきれない失態だ。」

「で、でも。」

「これだけ言っても分からねぇのか、愚図がッ。さっさと商品庫の商品どもを移動させろ。…それとも今ここで俺に噛み殺されてぇか。」

グルルと唸り声が上がり、大きな口の合間から涎が床へと垂れた。ヒッと上擦った悲鳴を上げると犬の獣人は一目散に商品庫へと逃げていった。

「これだから犬は嫌いだ。その血が俺に少しでも入ってると考えると虫唾が走る。」

尻尾を巻き、自身の仕事へやっと戻っていった犬の獣人部下を見送り、部屋の主は苛立ちを募らせ、チラリと檻の中の少年を見た。

耳を伏せ、ふわふわな尻尾を抱き、その身を恐怖に浸すリスの半獣人の少年。
草食獣階級の劣等種にしてその血は半分人族の血で汚れている。

「お前は今の扱いを不当だと思ってんだろ? 」

不当という言葉に反応してピクリと少年の耳が動く。その僅かな反応を部屋の主は見逃さず、目を細めてほくそ笑んだ。

「だけどなぁ、それが本当は正当な扱いなんだぜ、王子様? …草食獣の癖に、半獣人の癖に、お前が王宮で王子としてご丁寧に扱われてる方が異常だったんだ。」

足で檻を蹴り揺らすと少年は更に身体を縮こませて耳を塞いで自分を守る体勢に入った。が、部屋の主はそれを許さず、乱暴に手を掴み、耳にその長い口を寄せる。

「だっておかしいだろ? 母親の血が入っているだけで俺は貴族社会から追い出されたっていうのに、階級最下位のお前が第二王子なんてなぁ? おかしいだろ? おかしいよなッ!! 」


乱暴に檻を持ち上げるとドンッと壁を叩いた。
すると何もなかった壁に通路が現れた。
通路からは風が流れ込み、この通路が外に繋がっている事が分かる。

「億を捨てんのは残念だが、テメェを王様に差し出せれば俺は晴れて貴族の仲間入りだ。億を捨てるだけの価値はある。」

大木を投げるような化け物バケモンに勝てる訳ねぇからな。あんな奴らでも時間稼ぎにはなんだろ。そう嗤うと少年はみるみる内に青褪めていく。

「安心しろ。俺は優しいからな。ギロチンにかけられてお前の首が身体からお別れするまできちんと見守っててやるよ。」
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