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過去を想ふ

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(ミドリ視点)

最初の頃は一人は寂しくて、認めてくれた君に固執した。
君が視界から消えると世界にひとりになってしまったみたいで怖くて、君が居れば心の底から幸せで安心できる。


『ミドリ。』

そう君に名をつけられた時、ボクは君のミドリになった。その日から世界は少しづつただのゴブリンだった頃より色付いて、ボクの君への感情にも名前が付き始めた。

不器用でぶっきらぼうな優しさ。
恥ずかしがり屋で、すぐ赤く色付く頰。
強がりな所も少し寂しがりやな所も全て愛おしい。

預けられた背の信頼に応えたくて強くなろうとした。信頼に応えたいから、この生活を守りたいから気持ちを心の奥底に隠した。

あの瑞々しい桃色の唇も。
冬に空から降る雪のように白い肌も。
すらりと伸びた綺麗な足も。
触れたいと伸びそうになる手を押さえつけて、君に抱く劣情も全て底に何度も沈めた。

想いを押し殺してでも守りたかった君との生活はある日突如軋み始めた。リザードマンとの喧嘩の後君が倒れたあの日から徐々に…。


気絶するように意識を手放し、眠るようになった君。抱き着こうとするのは困るけど見てるこっちまで幸せな気持ちになれたあの幸せそうな寝顔は何処かに消え、苦しそうに身体を縮こめるその姿にただボクは手を握り、看病する事しか出来なかった。

それでも君は苦しいなんて辛いなんて泣き言を言わずに何時でも気丈に振る舞った。不器用で優しい君の事だからきっとボクの事を思っての行動だったのだと思う。それでも苦しくて怖かった。

また失う事も。失う事も怖くて怖くて仕方がないのにボクには君を助けるだけの力も知識もなかった。

無力な自身が悔しかった。憎かった。
ついに白龍様の前で倒れてしまった時も何も出来なかった。


「君はよくやった方だと僕は思うけどねぇ。」

自身の無力さに打ちひしがれ、もう三日も目を覚まさずこんこんと寝続ける君の手を握っているとガウェインさんがミルクたっぷりの紅茶を渡し、そう励ましてくれた。

白龍様に投げ捨てられたコタを助けようとしたら何時の間にかに居た床が落ち葉じゃない立派なお家。その家主のガウェインさんはとても良い人であり、どうしようもない変態でもある。

「ねぇ、ミドリくん。今、君の心の中の僕の評価に余計な一文が入ってなかった!? 」

「……入ってないヨ。」

「ねぇ!! 何で目を逸らしたのミドリくん。酷いッ。こんなに献身的に君達の面倒を見ているのにっ…。」

ワッと泣きを始めるガウェインさんにどうして良いのか分からず、わたわたする。

ガウェインさんはよく泣く。
とんがった長い耳をダランと哀しげに下げ、一日数回は何も口にしていないのにボクの心の本音を察し取り傷付き泣く。本気でどうして良いか分からない。

そして三十秒泣くとチラリと全く赤く腫れていない翠の瞳でこちらを視認し、「ミドリくん…。君はなんて良い子なんだ。」と困り顔で頭を撫でてくる。その後、そこはテキトーにあしらって良いんだよとアドバイスをしてくるのだが、泣いている相手をテキトーにあしらえない。そんなの可哀想だ。


「ねぇ、ミドリくん。嘘泣きって知ってるかい? 」

と、切なげな表情でティースプーンをくるくる回し、何気なく隣に座ってくれるガウェインさん。彼が大概、ボクに話しかけてくる時は気持ちがドン底に落ちている時だとこの三日間でなんとなく感じている。

そんな良い人が嘘泣きなんてする筈がない。

「いや、してるんだよ。ミドリくん。」

そんな良い人を出会った直後にぶん殴ってしまったあの事件がとても心苦しい程に。

「……わかった。僕は君を揶揄うのをやめる。だから、自責の念で落ち込むのはやめて。ホント、君は揶揄っちゃいけないタイプのとっても真面目な子だねぇ!? 」


しんしんと泣くのはやめてと隣で背中をさすりながら紅茶を飲むように勧めてくるその優しさを噛み締めながら思い出すのはここに来た日。

ボク達が突如部屋に現れ、驚いたガウェインさんはガシャンッと高そうなティーセットを床に落とした。そして「あんのッ、クソ龍!! 」と突然ブチギレたと思ったら、コタの唇を奪っていた。

訳も分からず混乱する最中で、はたと頭に浮かんだのは『強姦』の二文字。唇を離し、顔を上げたガウェインさんの腹を殴ってしまったのは記憶に新しい。

『じ、人工呼吸だねぇ。生…命活動が停止、しそうなくらい魔力がすっからかんだったから、…供給しただけ……。酷い…ぐすっ。』

嘘だ…と最初は疑ったが、ガウェインさんの言う通りコタの顔色は良くなった。久々に幸せそうな顔で寝息を立て始めた時は安心したと同時に恩人への暴行という失態に今度はボクの顔色が悪くなったものだ。


スンッと鼻を鳴らし、自責の念に苛まれ、どん底に落ちる心を勧められた紅茶を一気に飲み、コタの真似をして両手で頰を挟むように叩き気合を入れる。頰が痛くてまたちょっと涙がちょちょ切れたがさっきよりは冷静になってきた。

「落ち着いたかい? 」と問われてコクリと頷けば、ガウェインさんは「それは良かったよ。」とニッコリと微笑み、懇切丁寧にコタの状況を教えてくれる。

「彼は異世界から召喚獣として喚びだされた人間でねぇ。今の彼は召喚主からこの世界に存在する為に必要な魔力供給を切られてしまっている状態なんだよ。」

クルクルとティースプーンを弄びながら分かるように噛み砕いて教えられるコタの事。それはコタ本人に説明しなかった事柄もあった。

召喚獣がこの世界に顕現出来るのは召喚主からこの世界で活動出来るように魔力をもらっているから。その供給が切られた場合、普通の召喚獣ならこの世界では確かに死ぬが、この世界に来られなくなるだけで実質、元の世界に強制送還という形らしい。

だか、コタにはそれが適応されず、この世界での死は本当の死に直結している。コタは大魔法使いが召喚陣な書き足した魔法で喚ばれた特殊な召喚獣だから召喚獣であって召喚獣でないのだ。

「彼は使命を持って喚ばれてしまっている。だからそもそも使命を達成しなければ元の世界には帰れない。…でもその使命は一朝一夜で達成出来るようなものじゃない。彼の使命は…。」

コタの使命は世界に変革をもたらす事。
その漠然とした使命にふと違和感を抱き、腕を組んで考えた。

大魔法使いの望む世界の変革したという判定はどの範囲なのだろう?
ほんの些細な変革ならやり方次第では数日は無理でも一年満たずに出来るような気がする。

わざわざそんな大層そうな人が組み込んだものならもっと明確な使命なようなものが気がする。懇切丁寧に説明してもらってるのに大切な所はぼやかされてる気がするのは気の所為だろうか?

そう考えているとふと何時もとは少し違う心の奥まで見ているような強い視線を感じた。
その表情は何処か楽しんでいるような期待しているような感情が乗っていて、何時もの笑顔より心の底からのものに見えた。
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