63 / 139
忍び寄る
しおりを挟む
あの人に会ったのは綺麗な月の夜だった。
少し癖のある赤髪が月明かりの下に咲いていて、俺を誘う琥珀の瞳は柔らかな光を帯びていた。
小さく、薄桃色の唇は弧を描き、トサリッと肩から落ちて露になった背のラインや慎ましい胸。その全てがとても艶やかで思わず魅入ってしまう程、美しく感じた。
それはまるで一夜の夢を見ている気分だった。
そして間違いなく、あの人を初めて愛しく思ったのもこの時で、あの夜がなかったら俺はあの人に恋をする事はなかった。
『あの夜、僕は貴方に睡眠薬を盛りました。貴方が僕と寝た記憶がないのは寝てないからです。貴方は僕に騙されているんです。』
レンリから渡されたあの人から手紙にはあの夜の真相が書かれていた。それは俺には受け入れ難い内容だった。
「なぁ、クラヴィス。もう関わるのはやめよう。きっと俺達には手に負えない。」
レンリは手紙を読む俺の肩を宥めるかのようにポンっと優しく叩いた。レンリの表情を見るにきっと俺は今、とても酷い顔をしているのだろう。
だけど……。
「俺は別に寝たからシグリさんを好きになったんじゃない。」
もう一度、あの人と話をしたい。
今度は一方的に自分の想いをぶつけるのではなく、きちんと話し合いたい。フィールとリステルの使者訪問が終わったら……。
◇
ヒュンッと剣が空を斬る。
あまり剣の稽古に熱心ではないレンリが無心に鍛錬場で剣を振っている。
護衛対象を死なせたのが相当堪えたようで、かれこれ、数時間は振り続けている。
『ミランが刺客だと見抜けたかったのはお前達だけの失態ではない。捕らえられなかったのは残念だが、その刺客の死に責任を感じる必要はない。…だが、任を全う出来なかった、守るべき者を守れなかったという事実だけは胸に刻んでおけ。』
騎士団長はそう言葉を俺達に掛けるだけで任を全う出来なかった事に対する処罰はなかった。だが、任を全う出来なかった俺達はまだ騎士としてここに居て良いのかという想いが頭を巡る。
本当ならアルトワルトを庇い、毒に倒れるのは俺達のやるべき事だった筈だ。あの場で血を流して倒れるべきは俺達だった筈だ。
『俺が護衛対象であるシグリを逃してしまったのが、そもそもの失態。責められるべきはお前達じゃない。俺だ。』
そうアーティハイト副団長は言っていた。自身がシグリの不意打ちを避けられていればこのような事にはならなかった…と。しかし、そもそもあの人が、シグリが庇わなければアルトワルトはミランに毒を打たれて、医師に診せる間もなく、死亡していただろう。
「好きな人、一人守れない騎士って、俺って何だろうな。」
騎士としてあまりにも未熟過ぎる。
人としても俺は未熟過ぎる。
あれ程、シグリの事を大事に出来ていないと思っていたアルトワルトでさえも助けようと《聖女》に頭まで下げた。宰相に掛け合っていた。
俺は果たしてあの場所で何を為せていただろうか?
不甲斐ない自身に溜息をつき、ふと魔術課のある棟を見た。すると窓から見えていた一つの光がふと消えた。
ー あれ?
先程まで魔術課のある棟に向かい、渡り廊下を進んでいた明かりが急に消えた。
この時間、明かりを持って廊下を歩いているのは夜勤の巡回任務にあたっている騎士だ。
ー 何故、消した?
魔術が発展しているのにも関わらず、未だに蝋燭の明かりを頼りに夜勤の巡回をしている騎士。一度火が消えると、付けるのが面倒なので、巡回中に明かりを消す事はほとんどない。
「何かおかしくないか? 」
無心に剣を振っていたレンリも異変に気付いた様子。
「様子を見に行こう。もしかしたら何か起こっているのかもしれない。」
明かりの消えた廊下へ向かうと普段、この時間に歩いていればすれ違う夜勤の騎士達と全く会わない。その異様さにピリピリと嫌な予感を感じながら明かりの消えた廊下へと走った。
「何だよ…。コレ。」
床に落ちたランタン。
そこには先輩騎士達が床に伏せていて、皆、耳から血を流している。
生きているか確認しよう脈をとる。
脈は正常に波打っていて、どうやら気絶しているだけのようだった。
それがまた異様に感じた。
怪我は耳からの出血だけで身体はほぼ無傷。
剣が床に落ちているのでどうやら相手と対峙したようだが、争った形跡がないのが不自然だ。
「クラヴィスッ。アレッ!! 」
バッとレンリが廊下の先を指差した。
その指差した先には倒れている騎士がいて、その前には一人の男が立っていた。
「アンセル大臣。」
こちらに気付いた大臣が慌てて走り出す。
レンリは複雑そうな表情を浮かべ舌打ちして、彼を追って走り出す。
「待て、レンリッ!! 相手は手練れだッ。迂闊に突っ込むなッ。」
そうレンリを止めようとした瞬間、耳に誰かの息がフッと掛かった。すると耳に痛みが走り、グラリと平衡感覚が失われる。
ー 何…だ?
身体が床に吸い込まれるように倒れて行く中、気配を感じて振り返ろうとしていた身体がグルリと後ろを向いた。
すると一人の女が俺の後ろに立っていて、俺と目が合うとニヤッと禍々しい笑みを浮かべた。
「無駄な殺しをする気はなかったけど、見られちゃったらしょうがないわね。」
まだ聞こえる片方の耳で聞き取った声。
それはまるで玩具を見つけた子供のようにはしゃいでいた。
少し癖のある赤髪が月明かりの下に咲いていて、俺を誘う琥珀の瞳は柔らかな光を帯びていた。
小さく、薄桃色の唇は弧を描き、トサリッと肩から落ちて露になった背のラインや慎ましい胸。その全てがとても艶やかで思わず魅入ってしまう程、美しく感じた。
それはまるで一夜の夢を見ている気分だった。
そして間違いなく、あの人を初めて愛しく思ったのもこの時で、あの夜がなかったら俺はあの人に恋をする事はなかった。
『あの夜、僕は貴方に睡眠薬を盛りました。貴方が僕と寝た記憶がないのは寝てないからです。貴方は僕に騙されているんです。』
レンリから渡されたあの人から手紙にはあの夜の真相が書かれていた。それは俺には受け入れ難い内容だった。
「なぁ、クラヴィス。もう関わるのはやめよう。きっと俺達には手に負えない。」
レンリは手紙を読む俺の肩を宥めるかのようにポンっと優しく叩いた。レンリの表情を見るにきっと俺は今、とても酷い顔をしているのだろう。
だけど……。
「俺は別に寝たからシグリさんを好きになったんじゃない。」
もう一度、あの人と話をしたい。
今度は一方的に自分の想いをぶつけるのではなく、きちんと話し合いたい。フィールとリステルの使者訪問が終わったら……。
◇
ヒュンッと剣が空を斬る。
あまり剣の稽古に熱心ではないレンリが無心に鍛錬場で剣を振っている。
護衛対象を死なせたのが相当堪えたようで、かれこれ、数時間は振り続けている。
『ミランが刺客だと見抜けたかったのはお前達だけの失態ではない。捕らえられなかったのは残念だが、その刺客の死に責任を感じる必要はない。…だが、任を全う出来なかった、守るべき者を守れなかったという事実だけは胸に刻んでおけ。』
騎士団長はそう言葉を俺達に掛けるだけで任を全う出来なかった事に対する処罰はなかった。だが、任を全う出来なかった俺達はまだ騎士としてここに居て良いのかという想いが頭を巡る。
本当ならアルトワルトを庇い、毒に倒れるのは俺達のやるべき事だった筈だ。あの場で血を流して倒れるべきは俺達だった筈だ。
『俺が護衛対象であるシグリを逃してしまったのが、そもそもの失態。責められるべきはお前達じゃない。俺だ。』
そうアーティハイト副団長は言っていた。自身がシグリの不意打ちを避けられていればこのような事にはならなかった…と。しかし、そもそもあの人が、シグリが庇わなければアルトワルトはミランに毒を打たれて、医師に診せる間もなく、死亡していただろう。
「好きな人、一人守れない騎士って、俺って何だろうな。」
騎士としてあまりにも未熟過ぎる。
人としても俺は未熟過ぎる。
あれ程、シグリの事を大事に出来ていないと思っていたアルトワルトでさえも助けようと《聖女》に頭まで下げた。宰相に掛け合っていた。
俺は果たしてあの場所で何を為せていただろうか?
不甲斐ない自身に溜息をつき、ふと魔術課のある棟を見た。すると窓から見えていた一つの光がふと消えた。
ー あれ?
先程まで魔術課のある棟に向かい、渡り廊下を進んでいた明かりが急に消えた。
この時間、明かりを持って廊下を歩いているのは夜勤の巡回任務にあたっている騎士だ。
ー 何故、消した?
魔術が発展しているのにも関わらず、未だに蝋燭の明かりを頼りに夜勤の巡回をしている騎士。一度火が消えると、付けるのが面倒なので、巡回中に明かりを消す事はほとんどない。
「何かおかしくないか? 」
無心に剣を振っていたレンリも異変に気付いた様子。
「様子を見に行こう。もしかしたら何か起こっているのかもしれない。」
明かりの消えた廊下へ向かうと普段、この時間に歩いていればすれ違う夜勤の騎士達と全く会わない。その異様さにピリピリと嫌な予感を感じながら明かりの消えた廊下へと走った。
「何だよ…。コレ。」
床に落ちたランタン。
そこには先輩騎士達が床に伏せていて、皆、耳から血を流している。
生きているか確認しよう脈をとる。
脈は正常に波打っていて、どうやら気絶しているだけのようだった。
それがまた異様に感じた。
怪我は耳からの出血だけで身体はほぼ無傷。
剣が床に落ちているのでどうやら相手と対峙したようだが、争った形跡がないのが不自然だ。
「クラヴィスッ。アレッ!! 」
バッとレンリが廊下の先を指差した。
その指差した先には倒れている騎士がいて、その前には一人の男が立っていた。
「アンセル大臣。」
こちらに気付いた大臣が慌てて走り出す。
レンリは複雑そうな表情を浮かべ舌打ちして、彼を追って走り出す。
「待て、レンリッ!! 相手は手練れだッ。迂闊に突っ込むなッ。」
そうレンリを止めようとした瞬間、耳に誰かの息がフッと掛かった。すると耳に痛みが走り、グラリと平衡感覚が失われる。
ー 何…だ?
身体が床に吸い込まれるように倒れて行く中、気配を感じて振り返ろうとしていた身体がグルリと後ろを向いた。
すると一人の女が俺の後ろに立っていて、俺と目が合うとニヤッと禍々しい笑みを浮かべた。
「無駄な殺しをする気はなかったけど、見られちゃったらしょうがないわね。」
まだ聞こえる片方の耳で聞き取った声。
それはまるで玩具を見つけた子供のようにはしゃいでいた。
10
あなたにおすすめの小説
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ブレスレットが運んできたもの
mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。
そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。
血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。
これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。
俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。
そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?
炎の精霊王の愛に満ちて
陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。
悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。
ミヤは答えた。「俺を、愛して」
小説家になろうにも掲載中です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
婚約破棄されたから能力隠すのやめまーすw
ミクリ21
BL
婚約破棄されたエドワードは、実は秘密をもっていた。それを知らない転生ヒロインは見事に王太子をゲットした。しかし、のちにこれが王太子とヒロインのざまぁに繋がる。
軽く説明
★シンシア…乙女ゲームに転生したヒロイン。自分が主人公だと思っている。
★エドワード…転生者だけど乙女ゲームの世界だとは知らない。本当の主人公です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる