押しかけ花婿は邪竜の贄姫

きっせつ

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僕は食用じゃない

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何故、木の樹液がこんなに甘いのだろう。

クライスのベッドのように柔らかで、温かなパンケーキの上に琥珀色のメープルシロップが降り注ぐその素晴らしき光景についつい笑みが溢れる。

朝からこんなに素晴らしい事が待っているのなら僕も流石に朝寝は我慢する。
そうルーベンスに話し掛ければ、ルーベンスは「左様ですか」と小さく微笑んで、クライスに内緒でメープルシロップを足してくれる。

「……よく朝からそんな甘ったるいモノが食べれるな」

クライスが呆れた目でこちらを見て、コーヒーを一口飲む。
そんなクライスの朝食は同じくパンケーキ。だけど、メープルシロップは掛かっておらず、代わりにポーチドエッグなるトロトロな卵が上に乗っている。周りにはサラダと蒸し鶏が飾られたクライス曰く、健康的な食事。


「でも、クライスも甘いの好きでしょ?」

「アホ。限度ってもんを考えろ。んなもん、人間様が毎朝食べてたら確実に病気になるわ!」

ここ最近健康志向のクライスは色々なものをきちんと時間通りに食べる。
不思議だ。前は仕事の片手間にテキトーに食べていたというのに今や、誰よりも食事のバランスに関して煩い。

ナイフとフォークを使って綺麗な所作でゆっくりとクライスは食事を胃の中へと収めていく。

食べながらもクライスの栄養バランスの小言は続くが、僕には関係のない話。僕がもう聞きたくないと耳を塞ぐと呆れ返った顔で僕を睨み、諦めたのかルーベンスに声を掛けた。

「ルーベンス。ミゲルの奴はどうした」

「ミゲルは今、仕置き中です。昨日、クライス様から預かったコートをちょろまかそうとしてらっしゃったので、地下室に放り込みました」

ルーベンスの返答にクライスは苦虫を噛み潰したような顔をした。ルーベンスはいつも通り淡々としているが、少々怒りの感情が滲み出ているのが僕にも分かる。

「クライス様。恐れながら申し上げます。幾ら有能であってもアレはクライス様に害です」

淡々としつつもやはり、怒ってるルーベンス。ルーベンスはミゲルが嫌いだ。…いや、本人は嫌いではなく、生理的に受け付けないって前に言っていた。
複雑な人間事情に「変なの」と首を傾げつつ、パンケーキを頬張れば、クライスがルーベンスを宥める。

「ルーベンス。確かにアレは害だ。俺に怒られる事に喜びを感じ、あまつさえ、主人をオカズにするような従者と呼ぶのも他の従者に失礼な程のゴミで、変態だ」

「でしたらっ」

「だがな、ルーベンス。有能な変態程、野放しにして恐ろしいものはない。寧ろ、手綱を握っていた方が安全だ。ぼろ雑巾になるまで使い潰した方が世の為俺の為だ」

「ですが、何かあってからでは遅いのですよ」

「そう思うなら、何かがある余裕がない程、お前もアイツを存分に使い潰せ。どうせ、俺の名を出せば、喜んで使い潰されるぞ。あの変態は」

甘い幸せを噛み締めながら僕は今の話を聞かなかった事にする。

ミゲルは二年前からこの屋敷で経理を担当しているが、僕は彼が《変態》と呼ばれる種族である事以外ほぼ知らない。
他の使用人達と違い、ミゲルは人の姿をとってる時であっても僕に近づく事を許されていないから話す機会すらないのだ。なので、僕が彼を知る機会なんてない。
だが、僕自身、彼と関わりたいとは思えないから別に知る必要はきっとない。


もう一つ幸せを口に頬張り、その幸せが僕だけしか味わえてないのは勿体無いともう一回切り分けて、まだお話し中のクライスの口元に近付ける。

口元にあるパンケーキに気付いたクライスはチラリと僕をみて、困ったように頰を掻く。そして、話していたルーベンスに目配せすれば、ルーベンスはそっと壁のほうを向いた。その場にいた使用人達も全員、ルーベンスに習い、壁と向かい合う。

クライスは誰もこっちを見ていないか入念に確認してから、差し出したパンケーキを食べた。あれだけ、呆れた目で見てたのに自身が食べていたパンケーキより咀嚼が長い。

「…あのな。自分の食べてる分くらい自分で食べ切れよ。毎回、分けなくていいって」

「うーん。でも、そうすると僕が毎日三食頂く理由がなくなってしまうよ」

「何でだよ」

「だって、クライスと分けっこするのが楽しいんじゃないか。それ以外に僕が食事をする必要が無いよ」

クライスも相変わらず変な事を言う。
甘いものは確かに素晴らしいが、食事を必要としない僕が毎日楽しむ理由はない。

僕が毎日食べる理由は勿論、クライスと分けっこしたいからだ。分けっこは四年前、ユランに教えてもらったものだが、これが毎日やってても飽きないくらい楽しい。

そう言い切って、また楽しむ為にパンケーキを切り分けて今度は自身の口に運ぼうとした。しかし、口をキュッと結んだクライスが僕のパンケーキを持つ手を掴む。

もう一口食べたいのかと考えたが、何故かクライスの口は僕の口に近付くから訳がわからない。

「クライスは僕を食べたいの?」

困り果ててそう聞けば、クライスはピタリッと止まり、使用人の誰かが「ゴフッ!?」と吹き出す音が静かになった部屋に響く。次にブチッと血管が切れる音がして、烈火の如くクライスが怒り出す。

「なんて、なんて事を言うんだ。この、このッ、ポヤポヤ竜!!!」

「残念だけど僕は食用ではないよ。それに食べられるのはきっと痛いからお断りするよ」

「……竜なんて食べれるか、ボケ! お前はもう少し情緒というものを学んでこいッ」

何故、今の話に情緒が関係あるのか。
分からなくて首を傾げれば、「これ以上の説明を俺に求めるな」とクライスは怒って出て行ってしまった。困ってルーベンスを見やれば、「私ですか!?」という顔をして、言い辛そうに言葉を絞り出す。

「……いや。まぁ、クライス様も難しいお年頃ですからね」

「難しい年頃?」

「人には思春期という名の成長期がございます。身体も心も子供から大人になるその成長段階ですから。その…、ですからね」

「うーん?? つまり、あれかい。子を残す種族である君達が親になる為に通る精神の成長途中って事かい?」

「理解が早くて助かります」

ルーベンスはホッとした表情で説明を終えたが僕の疑問は消えてない。
だって、人は子を残す為に相手を食べる種族ではなかった筈だ。僕はそう認知している。

これはもう一度、ルーベンスに訊ねる必要がある。そう思い、口を開こうとした瞬間、ふと嗅いだ事のない人間の匂いがして僕は首を傾げた。

「今日は屋敷に外からのお客さんが来るのかい?」

「……いえ、今日の来客予定はございませんが」

ルーベンスは答えながらチラリと他の使用人達を見た。使用人達は一様に「知らされてない」と首を横に振った。
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