押しかけ花婿は邪竜の贄姫

きっせつ

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怨嗟

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叔父さんに向かって伸びた木々が叔父さんの魔力に触れ、朽ち果て腐り死していく。
ごめんねと木々達に謝りながら僕は死して行く木々の合間を飛び抜け、叔父さんよりも高く飛ぶ。

「《£¢;*″.》!! ハハハハハッ! また鬼ごっこか?」

獲物を狙う捕食者の目で僕を見ると叔父さんはじゅるりと涎を垂らして、僕を追い掛ける。

「ああ。本当にお前は美味そうだ、《£¢;*″.》。頭も尻尾も腕も腹も全て何処もかしこも芳醇な魔力の香りがする」

僕というご馳走様を前にうっとりとした顔で叔父さんは下拵えをするかのように咆哮を僕に向かって放つ。「ひぇっ」とつい恐怖のあまり軽く悲鳴を上げてしまったのはご愛嬌。
くるりとスレスレで咆哮を反転して交わす。交わしたついでに勢いよく降下してタックルをかます。

「痛い!! うぅ。気がするんじゃなくて真面目に痛い」

タックルして身体中が痛くてヒリヒリする。
涙目で叔父さんを睨めば、叔父さんは一瞬驚いたように目を丸くしたが、より邪悪な顔で嗤う。

「ほう…。今日は逃げないのか《£¢;*″.》。いつも通り逃げるお前を追って嬲り食いに興じるのも愉快だが、踊り狂うお前を食うのもまた一興」

「…僕は大人しく帰る事をオススメするよ」

「大人しく帰る? 馬鹿を言うでない。《£¢;*″.》。お前は相変わらず自身の価値を分かっておらぬ」

話に油断すれば、肩に噛みつかれて僕は悲鳴を上げた。鱗を貫通し、表皮を簡単に貫いた牙からは腐食の魔力が注がれて、腐食の痛みに涙が止まらない。だけど、引く訳には行かないので悲鳴を上げて口を開けたついでに叔父さんに噛み付き、ありったけの魔力を流す。

怖い。戦いたくない。痛い。逃げたい。
でも、それをしてしまえば、確実にこの土地は死に、この土地に住み、逃げない事を選択したクライス達も死んでしまう。

「ヤダ。絶対ヤダやらっ!」

何時かこの楽しい日々が終わるとしてもそれは今日じゃない。







空で紅葉色の竜と黒い竜がぶつかり合い戦っている。
黒い竜は紅葉色の竜より二回りも大きく、二体の竜の力は均衡しているとは言い難い。そもそも当人は当人が言っていた通り、戦いに向いてない。
相手が遥かに格下な人間相手でも相手が怪我をする事を恐れて反撃せず、叩かれ続ける事を選ぶアホ。


「お前。逃げるって言ってただろう」

クライスはその光景に思わず舌打ちする。
友達を怪我させたルーイを助ける為でさえ、クルシェ神官を怪我させるのを躊躇っていた奴だ。そんな奴がそもそもまともな喧嘩すら出来る訳がない。

無理矢理にでも逃すつもりでいた。なのに、誰よりも先に邪竜に向かって飛び出していってしまった。


「どうされますか。クライス様」

農民の一人がそう頭を抱えるクライスに声を掛ける。
農民の格好をしつつも不自然な程姿勢の良いこの男は農民に混じった騎士。その他にも商人や鍛冶屋、執事の中にもチラホラ。

彼等はクライスが竜神教が聖戦だと宣い、戦争を仕掛けてくる事を想定して秘密裏に雇った私兵達だ。

「どうしたもこうしたも仕入れた大量の大砲で撃ち落とすにも射程距離外だ。予定では撃ち落とした後、溶かした鉛の海に沈めてやる予定だったが…」

クライスはどうしたものかと空を見上げる。
正直、想定以上の化け物に見えるあの竜をそれで討ち取る事が出来るかと言えば、分からない。


「てっきり、邪竜とクルシェ神官長が手を組んで攻めてくるものだと予想していたのだが」

竜神教が兵を動かしたという連絡もルーイから特になく、突如やって来た邪竜。邪竜を何らかの方法で召喚したであろうクルシェ神官長の姿形もないところを見るに交渉は失敗したらしい。予想していた最悪の状況よりは幾分かマシ……と、言いたい所だが…。

枯れゆく木々の葉を見てクライスは冷や汗をかく。あれ程天高く飛んでいるというのに邪竜の魔力は大地の植物に影響を与えている。

邪竜の魔力は腐食と死。


「うわぁああっ!!?」

不意に領民達が悲鳴が響く。
まるで輪唱するよう周囲から上がる悲鳴にクライス達はやはり竜神教も来たかと剣を抜く。だが、敵は見渡しても銀の瞳に映る事は無く、同じく剣を構えたユランと背を合わせた。

「うわっ!?」

背を合わせたユランの悲鳴にクライスはバッと振り向き、ユランを見やるがユランの前に敵はいない。

「なん…だコレ?」

ユランの足に白い枝のようなものが巻き付いている。それは白く五つに枝分かれして、まるで人の手の骨のような……。

ユランの足を垂らされた一本の糸に縋るように掻きむしりながら土の奥底から這い出てくる。クライスは目を見開き、ただそれを見た。



千年前。邪竜は五十年に一度、目身の美しい女の贄を求めた。
白く細い骨に纏った白い花嫁衣装を彼女達はもう口も舌も朽ち果ててしまったというのに声にすらならない怨嗟をその口から吐き続ける。

その悍ましい姿にユランは「ヒッ…」と怯えたが、クライスはただ静かにその首を刎ねた。それでもまだ動こうとするその足を斬る。

「怯えるな、阿呆。相手はただの被害者だ」

目に映るのはオランジェに出会わなかった自分の姿。立てなくなった贄姫を横たわらせて、クライスは檄を飛ばず。

「休ませてやれ。今、この土地に生きるお前達の手で」

千年間で邪竜に捧げられた十九人の贄姫。クライスと同じように崖から落ち、かつて非業の死を遂げていった少女達。今も苦しみ続ける彼女達の猛攻に領民達と騎士は必死に応戦する。


「大砲を用意しろ。邪竜があの崖の上に叩き落とす。崖の上にも大砲は何台か用意していた筈だ」

「大砲は効きますかね?」

「知るかっ! あのままじゃ、あのポヤポヤ竜マジで喰われるぞ。……やるんだよ。落ちた邪竜がこと切れるまでありったけ撃ち続けるだけだ」

場は荒れ、贄姫の対処に追われる領民達。その間で邪竜を撃ち落とす為、ありったけの砲弾を積んだ荷台を運ぶクライス達。その頭上では何度もオランジェが邪竜に噛み付かれて、あの美しい鱗は取れ、ハラハラと空から降ってくる。

「憎…い。汚らわ…しい」

場は荒れていた。贄姫以外見えぬ程。
クライス達は焦っていた早く邪竜をオランジェから引き離そうと。


気付いた時にはクライスは剣で貫かれた腹を紅く染める。紅く紅葉よりも紅い色で。

「クライス様っ!クラ…、クライス兄ちゃん!!」

腹を刺した剣はゆっくりと抜かれ、ユランの腕の中に倒れ込むクライスをクルシェ神官長の金の瞳が睨んでいた。
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