第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ

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天然には勝てない

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ふわりと羽のように柔らかい金の髪が揺れる。

《社交界の天使》と称されるその少年は甘えるようにギュッと俺の右腕に抱きついて、俺が視線を送れば花咲くような笑みを返してくる。

「ふふふっ…。ツェーン様に早く会いたくて、つい、待ち切れずに出てきてしまいました。」

「そ、そうなんだ…。それはどうも。」

「僕、ツェーン様の事、大好きなんですよっ。父様だけでなく、僕ともいっぱいお話ししてくださいね? 」

馬車の中まで出迎えにきたロランは俺とティモの間に割って入り、歩き始めてもピッタリとくっ付き続ける。

その様子に妄想トリオ一号と三号は、妄想し続け、ティモのお目付役のレナードは眉を顰めている。

そしてティモは……。

「可愛いさ、子ですね!! ツェーンさ、友達? 」

キラキラと目を輝かせて、ロランが俺に出来た新たな友達だと思って喜んでる。

……ティモ。ロランと俺は友達じゃないし、多分ロランはティモに喧嘩売ってるよ? 

だって、ロランは俺に甘えつつも時折チラリとティモを見てるからね。ティモを意識して、わざと主張するよう擦り寄っている。

でも意に解さないティモはニコニコと嬉しそうにロランの手を握った。これには流石のロランも呆けていた。

「は?……え? な、何!? 」

「私の名前さ、ティモと申します。ツェーンさ、友達なら私さ、とっても友達ですんで、よろしくお願いしますッ。」

「………………ろ、ロラン・ジレーネです。よろしく。」

ロランの天使の笑顔が一瞬、外れて「何だこいつ。」と言わんばかりの苦い表情を浮かべていたのはちょっと面白かった。…天然って凄い。


「と、とにかく、お連れ様は使用人が邸をご案内致しますので。ツェーン様は父様の書斎に行きましょう。……父様!! 」

ロランは嬉しそうに握るティモの手から逃れながら助けを求めるように使用人と自身の父を呼ぶ。

使用人は「え? ツェーンさ、離れるの?? 」としゅんとした表情になってしまったティモとそれを慰める三号とレナードを連れて行ってしまった。

一号はこの状況に必死に笑いを堪えて、俺の後ろに控えているが、その顔は新しいネタを得て嬉しそう。もう勝手にしてくれ。

呼ばれたジレーネ公爵は表情が固く、何度かロランをチラチラと見ていたが、フッと息を一つ吐くと、意を決したように口を開いた。


「ツェーン王太子殿下。この度は我がジレーネの邸にご足労頂きありがとうございます。この国やジレーネ領地の今後について、殿下とはお話し出来たらと思っております。」

「はい。是非、お願いします。」

口を開いたはいいものの緊張でガチガチなジレーネ公爵。
果たして、俺相手に緊張している人が王位を引き受けてくれるのだろうかと疑念が頭に浮かんだが、その疑念を頭を振り追い出す。

最初からそんな弱気でどうする?
そんなだからアインホルンの鋼の意思に負けてしまったんだ…。

俺相手に緊張する相手なのだから押せば、上手く押し付けられるかもしれない。そう自身を鼓舞して書斎に入ったのだが……。

緊張してた割にはジレーネ公爵は話をはぐらかす、はぐらかす。

本題に入ろうとした瞬間、「四年に一度のトロッケ島の干ばつとうちの領地の大時化は因果関係はありますかね? 」と、違う話題ではぐらかしてくる。……俺が干ばつと大時化の因果関係なんて分かる訳ないだろ。専門家に聞け!!

これ絶対、俺の話聞く気ないなと悟り、「…帰ります。」と言えば、「夕食後、話しましょう!! 」と、止め、夕食後になれば、「明日ッ。明日なら大丈夫です。」、だってさ。明日も聞く気ないな、こりゃ。


そして極め付けは……。

「ツェーンさ、別行動だったのに、部屋も別? 」

スンッと鼻を鳴らし、ティモが涙目で俺の手をにぎにぎする。しかし、そのにぎにぎにも何時もの元気がない。

ティモの後ろに力なく、ダランと悲しげに垂れる尻尾が見えた気がした。

「……ジレーネ公爵は何がしたいのでしょうね。」

完全にティモの保護者ポジションに収まったレナードが、「ティモ様が可哀想です。ジレーネ公爵に抗議してください。」と、目で訴えてくる。

確かにワンフロア分、部屋が離れてるが、はたしてそれは抗議する程の事だろうか?


「ティモ。なら、同じ部屋で寝…。」

「ティモ様。お部屋の準備が出来たので行きましょうッ!! 」

俺の言葉を盛大に遮り、ひとりの侍女がティモの手を取り、引き摺っていく。
その侍女らしからぬ行為にポカンッと思わず、呆然と見送ってしまった。

「へ? あっ!? レナード、一号、三号、取り敢えずティモに付いてって。」

「かしこまりました。」

「はーい。」

「え? 私もですか!? 私はこれでも殿下の侍従と護衛兼ねてるのですが!? 」

「なんか心配だからついていって。俺は大丈夫だから。」

一号が終始、心配してこちらを振り返りながらレナード達とティモを追いかけて行くのを見送ると、ドッと今日一日の疲れが押し寄せてきて、用意された部屋に入り、ベッドに横たわった。


横たわった瞬間、強い眠気に襲われて、重い瞼が閉じないように格闘した。

今日は本当に精神をすり減らす一日だった。
ジレーネ公爵はさっきも言った通り、俺の話をはぐらかし、ロランはずっと俺にベッタリで甘えてくる。その上、侍女は客人を引き摺るときた。

思った以上にジレーネは面倒で。
ジレーネはどうやら俺からティモを離したいらしい。

もしかしたら、ティモに危害を加えられる可能性もゼロではない。
だからこその一号と三号もティモに付けた。


一号は侍従になる前は傭兵で、三号は薬師だったらしい。ついでにレナードも話してはくれないが、三年前までは違う職種だったらしい。

第一妃と第三妃から送られてきた侍従は二号以外全て、侍従と何かを兼任している。…レナードが何を兼任してるかは頑なに教えてくれないが。


ー まぁ、俺は狙われないから一人で大丈夫だろ。

あの三人を付けておけば、ティモの身に危険が迫る事はないし、俺に擦り寄りたいジレーネが俺に危害を加える訳がないので完璧な布陣だ。…これでやっと、ゆっくり寝れるな。


最後の力でパッパッと寝支度をして、久々に広いベッドで、ゆったりと転がる。

やっと本能に従って、重かった瞼を閉じる。
寝る時の癖で、手を唇にくっ付けると、親指が唇に当たり、微睡む頭にふと、ティモの親指の感触が甦った。

働き者のゴツゴツした手。
触れた指から脈が伝わってくる程、ティモはドキドキしていて、その指にするりと唇を撫でられると、妙に俺の脈も早まる。

あのまま、続けてたらどうなってただろう?
ティモは何をしたかったのだろう?

ふと、浮かんできた疑問も疲れて睡眠を欲する頭では答えは出ない。

答えが出ないまま、意識は夢の世界へと旅立って行った。


「はぁ。やっと、寝たよ。」

そんな誰かの呟きも聞こえない程。
深い眠りへと……。
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