第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ

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沈む意識と海の中

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深い深い夢の中。
波のさざめく音がした。


一瞬、モアナに居るのかとその波音に導かれて暗い森を抜け、海岸線に出た。

しかし海岸線を見た瞬間、ここがモアナではないと分かり、落胆した。

モアナの砂浜は珊瑚が砕かれて出来たもので、真っ白な砂浜が何処までも続いている。しかし、今、目の前に広がっているのは灰色の砂浜。俺が今住む、ヴェレ王国に見られる砂浜だ。

ー 帰りたいな、モアナに…。

四歳までの四年間、俺はモアナで暮らしていた。
詳細に言うと産まれたのはヴェレだったが、俺の髪と目の色がヴェレ王族特有の金髪金眼ではなかった為。国王陛下の子ではない疑われて、流石に怒った母とともにその四年間だけモアナにいた。

しかし、母の事が大好きな国王陛下は、もう二度と浮気を疑わない事と周囲を黙らせる事を約束して、帰国する羽目になってしまったんだ。

俺以外の兄弟は金髪金眼。
俺だけ目の色も髪の色も違い、それが孤独で辛かった……って、事は全然ない。だって、別にヴェレ王族の誇りとかないし、国王陛下嫌いだから似なくて良かったな…なんて思ってた。

しかし、周りの反応はそうもいかない。

『お可哀想に。』

浮気疑惑が否定され、俺の髪の事や目の事を否定される事を禁止された周囲は今度、俺の容姿を憐れむようになった。

当時はそれが嫌で諦めて受け入れるまでに時間が掛かった。

だって、俺の容姿はモアナ王族の血を受け継いでいる証で、母も母方の祖父であるモアナ大王も喜んでくれていた。だから、この容姿は憐れまれるような姿じゃない。だから余計、悔しかった。


ふわりと夜の潮風が頰を撫でる。
ヴェレの海だけど、潮風の匂いだけはモアナに似ている。

そのまま夜の浜辺を歩き、船着場まで歩いた。

肺は潮風で満たされていて久々に心地いい。
ツヴァイ第二王子に押し付けられて、やって来た島だが、この潮風だけは気に入っている。

もっと潮風を感じたくて、船着場の先端まで歩いた。
後もう少しで先端って所で、縄が放置されていて、それをヒョイッとジャンプで飛び越えようとした時、はたと思い出した。

あっ…、俺、運動苦手だったんだ……と。

案の定、うまくジャンプで縄を飛び越えられず躓き、そのまま海に落ちた。

ザブンッと大きく水飛沫を上げて、身体は海の中へと沈んでいく。
落ちた瞬間は、もがこうとも思ったが、泳いだ事のなく、運動の苦手な俺がもがいた所で結局は沈むだけ。

なら、もういいか…と、早々に諦めた。


沈んでいく海中は夜なのにとても暖かく、魚もいなくて静か。

そういえば。干ばつで作物が取れないなら海産物で賄えないとかと島長に聞いた時に海が暖かすぎて魚が逃げてしまってるから島民全員を賄えるだけ獲れないと言ってたっけ。
確かにこんなに暖かかったら魚も住めないかもしれない。

今まさに死に掛けているのに死に際にそんな事を考えている自身に苦笑して、暖かな海に身を委ねた。

段々と降り注ぐ月明かりが遠くなり、暗くなる視界に誰かが手を伸ばす姿が見えた。




「ゴホッ…、ゴホゴホッ。…はぁ…、はぁ…。」

口の中が塩辛い。
ぜぇーぜぇーと荒い息とともに海水の代わりに空気が肺に入ってくる。

いつの間にかに俺は浜辺に居て、誰かが俺を抱き抱えている。

顔にピチャンッピチャンッと茶色い髪を伝い、雫が落ちてくる。
視線を上げると焦げ茶の瞳が睨んでいた。

「何でッ、…何でさ、もがこうともしなかった!! 」

俺を睨む焦げ茶の瞳からポタポタと雫が降る。
俺を抱き抱えていた少年は、俺が来た初日に腹を空かせて革靴を食べようとしていた少年だった。

何でと言われてももがいても助からないと思ったから。
そう素直に答えると頰を叩かれた。

何でそんなに出会ってまだ三日の相手に本気で怒れるのか? 
何でそんな相手の為に泣けるのか?

叩かれた事よりもそっちの方が衝撃だった。

その少年は本当に不思議で、その日から常に俺のそばから離れなくなった。
今までは、他の島民同様、救援に来たのが十一歳の子供で落胆や怒りを隠そうともしなかったのに好意的になり、笑顔を見せるようになった。

関わってみれば、その少年はとっても単純で、素直で、天然。
少年は何時も隣にいて、島にいたのはたったの二週間だったのに気づけば、少年が隣にいるのが当たり前になってた。

本当に不思議だった。
ツヴァイ第二王子に手柄を全て横取りされた時もその少年は隣にいて、怒って泣いていた。

何でそんなに怒ってるのかと聞けば、「王子さんさ、怒らないから怒ってる。王子さんさ、泣かないから泣いてる。」とこれまた不思議な答えが返ってきてビックリした。

人に大切な感情。
その感情の一部をその少年は担ってくれている。それじゃあ、まるでその少年は俺の一部みたいじゃないかと苦笑した。

それじゃあ、何か?
俺は少年ティモが欠けたら生きていけないじゃないか。そんなアホな。

そう一笑したが、実際に仕事を他に引き継いで、島から出る際はポッカリの心に穴が空いたような気がした。

『絶対さ、会いに行く。』

そう泣きながら見送るティモを見て、初めて泣きそうになった。

ああ、やだな。離れたくない。
ずっと一緒にいたい。

大概の事は諦めきれたのにそればかりがずっと頭を巡っていた。

だから、本当に嬉しかった。
ティモが本当に会いに来てくれた事も、一緒にいられる事も。

だから本当はもう離れたくない。
でも、俺が俺の我儘でティモを巻き込んでしまった。

その責任は取らなきゃいけない。
本当に王位に就きたくないと我儘言うなら一人で解決すべきだ。
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