偽物勇者は愛を乞う

きっせつ

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「これは義務でも責務でもない」

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「ありがとね。お家まで送ってくれて」

転移魔法でおばあさんを家まで送り、ニルは冒険者ギルドの前に立っていた。
そこはかとなく町に流れる張り詰めた空気は勇者時代に戦場で感じた空気と少し似ていて、何があったのか何となくニルは悟った。

(大方、魔王軍の動きが活発になったんだろう)

昨日から感じていた嫌な予感もきっと、その所為だ。どうやら、戦場から離れても培われた直感は鈍ってはいないようだ。

ずっと、希望勇者を演じ苦痛でしかなかった戦いの中で得たものだと思うと少し複雑な気持ちだと思ったが、それを否定するようにもう勇者ではないニルは首を横に振った。

(本当に苦痛しかなかったのだろうか? )

深呼吸をして、ギルドの扉に手を掛けた。


扉を開けば、ギルドの中は人で溢れかえっていた。
掲示板は埋め尽くされる程幾重にも討伐依頼が貼られ、険しい顔で駆け回るギルド職員。この前の陽気さは消え、緊張の糸が張り詰めた重苦しい雰囲気を纏う完全武装し冒険者達。

(確認しないと…)

彼等の中を進み、その足は情報の掲示板へと向く。

「ニルさっ……。ニル殿!」

不意に名前を呼ばれて、ニルは振り向く。
すると、ひとりの男が人混みをかき分け、こちらに掛けてくる。片足を引きずっているような独特な歩き方のその男にニルは見覚えはない。

「ニルさ、…いや、ニル殿。フラム殿は少し前に家に帰られましたよ」

彼を誰だか知らないものの、彼の足を心配したニルが彼の元に歩み寄ると、彼は何故かまたニルの名を言い直し、慌てた様子でフラムの所在を告げる。

「……えっと、フラムの知り合いの方ですか? 」

そう問えば彼は「えーと」と何やら言い辛そうに頰をかいた。

「その…、足を怪我する前は冒険者をしておりまして、魔王軍との戦線でお世話になった…者です」

「そう…ですか」

なる程、あの戦線でフラムと知り合ったのかと納得しつつ、その引きずる足に視線を落とす。

おそらく、その戦線で怪我して引退したのだろう。
そこまで考察して、ニルが眉を下げれば、その様子にニルの心情を察した彼は慌てて首を横に振った。

「き、気にしないでください。寧ろ、この足の怪我は私にとって誇りなのです。幸運にも助けられ、生き残った証」

「怪我が幸運の証…」

「はい。この足を見る度に、感謝してるのです。いつか、この恩を返せる日が来ればと何度も、何度も願って……」

響き渡った彼の声にギルドに居た人達全員の視線が向く。注目された彼は言葉を切り、顔を真っ赤にして、こほんっと咳払いした。

「…すみません」

「い、いえ…」

はははっ…と誤魔化し笑いを浮かべたニルは会釈をして、今度こそ情報掲示板の方へと向かう。
彼はニルの動向に目を見開き、止めようとニルの肩を掴もうとした。だが、その手はニルの肩を掴む事なく、迷うように宙を彷徨い、苦しげに俯いた。



張り出された大量の情報をニルの目が追う。
悪化していく戦況情報や情勢を遡るように必死に辿っていく。

(無事だろうか? )

ただ知りたかった。
最後に自身に向けたられたのが侮蔑の目だとしても、関係が義務的なものだったとしても、優しかったあの頃の彼等を思い出してしまったから。目に見えていたものが全てじゃないと知ってしまったから。

自身の冒険の話を語るあの笑みも。
素直じゃない優しさも。
隠し過ぎて見えなかった愛情も。
まだ気付けていない思いやりも全て知りたいと思ってしまったなら手を伸ばさずにはいられない。


《勇者失踪》

その記事を見つけて、ニルは目を零れんばかりに大きく見開いた。その衝撃に一瞬、思考が停止して、ハッと我に返って自身の右手の甲を見やる。
しかし、目に映るのはいつもと変わらない何の変哲もない右手だけ。ここに居るのは勇者ではないただのニル。


先程の彼はニルの一挙一動に恐る恐る様子を伺いつつも、不安で堪らず声を掛けた。

「ニル様…」

「おっ、ニルじゃん! 右手なんて見つめてどーしたよ?」

気遣わしげに呟かれた声を遮り、聞き慣れた声とともに肩に腕が回される。
ニカッと悪戯っけのある笑みを浮かべたザキの顔がニルを覗き込む。

ニルはヒラヒラと右手を振り、「なんでもない」と眉を下げて笑った。

「少し不安になっただけ」

「そっか。まぁ、勇者がいなくなったら不安になるわな」

「…そう、だね」

「でも、まぁ、何とかなるさ!」

そう豪快に笑うザキにニルは目を丸くする。
ニルの目に映るザキは硬い表情の冒険者達を親指で指差し、やれやれと肩をすくめた。

「勇者がいなくなっただけで何気負ってんだか。冒険者なんて危険が付き物…だろ? だったら、いつも通り自分なり足掻くだけだろ」

な、とニルの背中をバシバシと叩くザキ。
その言葉にひくりっと表情を強ばらさせ、硬い表情を浮かべていた冒険者達が苛立たしげに指を差す。

「お前…、ザキ、喧嘩売ってんのか!?」

「馬鹿。D級冒険者のお前なんて戦線駆り出されたら足掻く前に即死だ、即死!!」

「ふっふっふー! 俺はもうD級じゃない。今日からC級だ」

誇らしげに挙げられた冒険者カードには確かにC級と書いてあった。よく見れば、ザキの装備は汚れていて、その顔は疲労が見える。

「事欠かないくらい依頼があるからな。徹夜で受けてやったぜ! だから、今の俺は昨日の俺ではない。それに今はまたとないチャンスだ。D級なんかじゃいられないだろ!」

バンッと情報掲示板を叩き、挑戦的にニヤリッとザキは笑う。

「だってさ、相手はこの世で一番強い魔王だろ? 誰も到達した事のない魔王城だぞ? とんでもない宝も、誰も見た事のない景色も、今なら総取りだ。これに乗らない冒険者がどこにいんだよ?」

現実を知らないからそう言える。
きっと、フラムならそうバッサリ切り捨てる。その有様がありありと脳裏に浮かびつつも、ニルは眩しいものを見るように目を細めた。

張り詰めていた空気は解け、笑い声がギルド内にこだまする。

「お、まえ…。C級になったばかりで魔王討伐とか、…くくっ。ヤベェな。頭大丈夫か?」

「うっせー。見てろよ。明日にはB級になってやらぁ」

「はいはい。お前が明日、B級になれるってんなら、俺は明日には魔王でもなんでも討伐してやるよ」

「言ったな!? 絶対やれよ!!」

「「「ぜってぇ。出来ねーから言ってんだよ、アホザキ」」」

肩の力が抜け、にぎやかな雰囲気を取り戻した冒険者達は大量の討伐依頼を前にいつも通りに依頼を受注していく。

ホッと胸を撫で下ろした先ほどの彼は「ギルド長」と、職員に声を掛けられた。まだ後ろ髪引かれつつもザキのいつも通りの笑顔に「しょうがないな」と苦笑して自身の仕事へと戻っていく。


「な? ちっとは何とかなっただろう?」

そう景気良くザキが背を叩く。ニルは少しよろけつつも頷き、情報掲示板を見上げる。

「ねぇ、ザキ」

「ん?」

「この記事にある光の粒になった勇者は帰りたい場所に帰れたかな」

「よく分かんねーけど、帰れたんじゃない?」

「そっか…」

「そうだよ」

知らんけど、と付け加えて笑うザキの軽さに苦笑する。先程より軽くなった心で掲示板の戦況の記事に指を滑らせ、ニルは転移魔法を床に構築する。
見知らぬ魔法に「おおっ! 何だそれ」と驚くザキに回復薬を手渡した。

「幾ら、またとないチャンスだからといって、無茶は駄目だよ、ザキ。程々に」

「えー…。じゃあ、ニルも一緒に行こうぜ。俺、約束通りC級になったし」

「はは…。んー、ちょっと大きな用事が出来ちゃったから当分無理かな」

「じゃあっ! その用事が終わったらパーティ組んでくれんの!!」

「まぁ。一回くらいなら」

「よしっ。約束だぞ! 絶対だかんなっ!」

大きな進歩だと喜ぶザキに別れを告げ、ニルは家に飛んだ。
トンッと地面に着地すると勿忘草の青い花びらが散る。

さて、どう探したものか? 
剣をいつも差していた腰に触れ、剣の在処に頭を悩ませていると肩に乗っていたアオが飛び降り、着いてこいと言わんばかりにこちらを振り向きながら走り出す。

アオを追いかけ、森の奥へと進む。
森の奥に進むたびに一角兎が一匹、また一匹と増え、ニルを守るように側に寄り添う。
白い毛玉達に誘われて、鬱蒼とした森の奥深くへと進んでいくと、先行していたアオが「ぷうっ」とニルを呼ぶように鳴いた。

森の奥の更に深く。
幾重にも重なる木々の合間から木漏れ日が入り込み、一つの泉を照らす。

キラキラと美しく輝く水面の奥で陽の光とは別に輝く淡く優しい光。その慣れ親しんだ光を見て、思わず頰を緩ませる。
ニルが水面に足をつけようとした瞬間、強く煌めき、光はニルを守るように泉の水を押し退けた。

光に裂かれた泉の中。
その氷のように美しい青い剣は錆びることも無く、そこに在り続ける。

それは勇者の剣に在らず。
ニルだけを待ち続け、ニルだけを主人と認め、ニルの手を離れても尚、ニルだけの為に在り続ける。
勇者の為の剣ではない。ニルだけの剣。

その剣の柄を持てば、自然と手に馴染み、あの優しい守護の光でニルをまた包んでくれる。

「ごめん、こんな所に置き去りにして。また俺を護ってくれる?」

ニルの言葉に呼応するように剣は守護の光を瞬かせた。
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