源氏異聞 〜桜と天狗の珍道中〜

きっせつ

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家族

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月夜の晩。
私は不思議な夢を見た。


「その腕では戦さ場では生きてゆけぬぞ。」

偉そうな男が山の中でゲキを飛ばす。
その男は顔が紅葉した葉のように紅く、鼻は胡瓜のようにとても長い。翼は闇夜に溶け込むように黒く、足にはこれまた長く高い一本下駄を履き、うねる木の根の上を器用に飛び移る。まさに天狗と言った姿。

私を助けた天狗は勿論鼻は長かったが、それでも人間の鼻の高さの域からは出ず、顔もどちらかというと白い。翼が付いていたから天狗だとは思ったが、私の思い描いていた天狗の姿とは違った。

「師匠、お覚悟!! 」

そんな天狗らしい天狗に一人の少年が斬りかかる。その少年の髪は月に照らされて艶やかに光り、刀を振る動作は流れるように美しい。

顔も私なんかと違い整っており、一瞬女と見紛う美しさだった。

「牛若ッ!! 踏み込みが甘いッ。お師匠様に押し切られるぞ。」

そうふわりと白い翼を羽ばたかせ、一人の天狗が牛若と師匠の合間に割って入った。その天狗はあの私を助けてくれた天狗だった。

「白露。牛若。汝等は束になっても儂を相手に出来ぬのか。軟弱者めッ!! 」

師匠は一本下駄で二人の足を払い、刀の峰で二人を薙ぎ払い吹っ飛ばした。吹き飛ばされ、地面に尻を付けた二人を一瞥し、「修行が足りぬ。」と言い渡し、夜の闇の中へと消えた。

師匠が姿を消した後、天狗と牛若は二人でどうすれば師匠に一太刀入れられるか考える。

「やはり、隙を突くべきではないか白露。」

「隙がないから困ってるのだろう。」

あーでもないこーでもないと二人は言い合っていたがやがて牛若が突然笑い出した。天狗はいきなり笑い出した牛若を「おかしな奴だ。」と訳も分からず、眉間にシワを寄せ、牛若を見た。すると牛若はそんな天狗に無邪気な笑みを向けた。

「もし兄弟がいたらこういうものなのだろうかと白露を見て思ったんだよ。何時か本当の兄弟ともこうして話して笑い合えるだろうか。」

牛若は木の根に腰を預け、夜空を見上げた。
夜空には幾千もの星々が輝き、満月が牛若達を照らしている。満月に照らされた牛若の顔は笑顔だったが、その笑顔が天狗には少し寂しいものに見えた。

牛若は物心つく前に寺に預けられたと聞いた。

だからだろうか牛若が天狗達にも家族の面影を探しているのは。牛若は師匠に父の面影を探していた。そんな牛若を師匠は少し哀れんだが、それでも優秀な弟子として牛若を愛している。

「天狗は父にはなれぬのだ。」

そう師匠は酒に酔いながら度々、弟子の天狗達に溢していた。しかし……。


「家族とはそれ程大事なものか? 」

天狗には分からなかった。
牛若がそれ程まで家族を求める気持ちが。師匠が牛若を哀れんだ理由が。 

天狗には家族と言える存在が居なかった。

人間だった頃から天狗は孤独でその当時は毎日、食べるものに困り、日々生き残る事に必死で家族なんて考えている暇などなかった。それは天狗になってからもあまり変わらない。今は立派な天狗になる為の修行で必死だ。

首を傾げる天狗を見て牛若は微笑んだ。
そして天狗の背中を容赦なく、バシッと叩いた。

「白露も俺にとっては家族のようなものだよ。まあ、よく縄張りの筈の山の中ですら道を見失うから……手のかかる弟枠だな!! 」

「儂はお前より歳上だッ。…あれは道を見失うなっているのではない。少し道から外れてしまっただけだ。」

「それを一般的に迷子と言うのだけれど…。」

天狗は拗ねてプイッと顔を逸らしたが、その顔は少し赤かった。

何よりも家族を欲する牛若に家族のようなものと言われて嬉しかった。牛若の特別になれた気がした。

ー 家族か。

家族なんて求めた事すらなかったのに自然と天狗の顔が綻ぶ。そんな表情を牛若に見られぬように天狗は美しい満月も見上げず、ずっと顔を伏せていた。



目蓋を開けると少しにやけ顔で寝る天狗の顔が目に入った。

どうやら私はこの天狗の夢に入り込んでいたらしい。


結局、この天狗がまた川の上流へと歩き出そうとしたのであまり歩みが進まなかった。何とか山を出て、川伝いに降りてきたが人里すらまだ遠い。

この天狗は本当に手がかかる。
まさか棲んでいる鞍馬山の中ですら道に迷っていたとは驚きだ。


空を見上げると幾千もの星々と満月が私達を照らしていた。それは夢に見た光景と少し似ており、夢の中の弟の幼き日の姿が目に浮かんだ。

私達が出会ったのは大人になってからだった。だから幼き日の弟の姿なんて知らない。
義経はよく笑う方だったが、天狗の夢の中の幼き日の弟もずっと笑っていた。

「お前と早くに、幼き日に私達と出会っていればお前の最期は変わっていたのだろうか。」

そんな馬鹿げた事を思い、その想いを心にしまう。

もしもなぞない。
最後に残るは結果のみ。

例え義経が頼朝の想いを汲めていても、頼朝が義経の想いが汲めていてもそれはその人の全てが分かっている訳ではない。

私も結局、頼朝が分からなかった。
頼朝の想いを汲み取って行動出来ていたつもりだったが、頼朝を理解はしていなかった。
きっとそれは幼い頃に頼朝と合流出来ていたとしても理解出来なかっただろう。

あの幼き日の記憶と変わらぬ姿ですうすうと寝息を立てる天狗に少し笑みを浮かべながら満月を見た。
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