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再会は死んでから
其ノ八
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帰宅したのは午後八時を回ってからだった。加奈が倒れたことは予期せぬ事態だったため、何も準備せずに飛び出してきてしまった。当然、晩飯も作ってないから、ばあちゃんも腹を空かせているだろうかとか、勝手に出前でも取って食っただろうかとか、あと、今日は家の掃除してねぇなとか、急に日常の習慣が気になっていた。
彼女が語った友達とは姑獲鳥のことだったのだろうか? 聞いてみたいと思う気持ちもあったが、仮に聞き出せたとして、蘇芳にできることが何かあるのだろうか。蘇芳の知的好奇心を満たすためだけに過去を抉るようなことはしたくない。だから、早まった行動は取れなかった。
家の門をくぐると加奈の自転車が寂し気にポツンと止まっていた。その奥にはヨスガの姿がある。
「お兄さん、ターカナは、ターカナは大丈夫なの?」
待ち構えていたかのように姑獲鳥が猛烈な勢いで駆け寄ってきた。心境は表情を見れば一目瞭然で、その心労は伺い知れない。
「心配すんな。今はもう、容体も安定してる」
教えてやると、姑獲鳥は安堵の表情を見せた。
「はー、よかった。一時はどうなるかと思ったよ」
いちいち体を大きく動かすから、反応がはっきりとしていて分かりやすい。
「でも、ターカナのさっきの反応。あんなに話しかけてたのに、わたしに一切見向きもしなかった。いつもなら、すぐに何かしら返してくれてたのに、いったい、どうしてしちゃったんだろう」
姑獲鳥の言葉に、神社でのことを思い出す。加奈に再会でき大喜びではしゃいでいた姑獲鳥だったが、一方の加奈はというと、姑獲鳥のことが全く見えていないかのように振る舞っていた。おそらく彼女は、姑獲鳥の存在を認識出来てはいなかっただろう。そうなれば怪しくなってくるのは事実関係だ。姑獲鳥は加奈のことをターカナだと断じたが、本当にそうなのだろうか?
「そもそも、ターカナは加奈のことで間違いないのか?」
「もちろんだよ。そこは間違うはずない。なのに、どうしてなの……」
断言する姑獲鳥。彼女は心音を持って、ターカナの存在を確認していた。それがどれほどの精度なのか知る由もないけれど、迷うことなきまっすぐな眼差しは、生半可な自信ではないのだろう。
もし、姑獲鳥が言うように加奈がターカナだったとして、どうして加奈には姑獲鳥が見えていなかったのだろうか。ターカナはその昔、姑獲鳥のことを認識できていたはずなのに。
「見えなくなったんじゃないかな」
蘇芳の疑問に答えたのは、ヨスガだった。
彼女は奥からゆっくりこちらへと歩いてくる。
「きっと、もう見えてなかったんだよ。人間にはよくあること」
「それって、どういう意味だ?」
「本来、わたしたちみたいな霊的な存在を人間が見ることなんて不可能なんだよ。でも、例外的に見えてしまう人もいるの。精神的な問題とか、地理的な要素とか、理由はいろいろなんだけど。中でも多いのは幼い子供。基本的に魂は転生を繰り返していて、死んでもまたこの世で生まれ変わるんだけどね、幼いうちはあの世から魂がこちらに転生してきて間もないわけ。だから、まだこの世に馴染めていない魂とかも多くいるんだ。そういう子たちって、霊的な感覚を引きずってたりするから、たまに見える子もいたりするんだよ。でも、大抵の場合は大人になるにつれて次第に見えなくなっていくものなんだけどね。加奈ちゃんがどのパターンに当てはまるかは分からないけど、十年前よりは歳を取って魂も馴染んでいるはずだし、当時二人が会っていた場所と同じ環境がここにあるわけでもない。あらゆる状況が違っちゃってるから、普通の人間の加奈ちゃんが姑獲鳥ちゃんの存在を認識できなくなっていても、なんら不思議はないと思うの。少なくともあの時の反応を見る限りは、見えてなかったんじゃないかな」
姑獲鳥が遠路遥々赴いてやっとの思いで出会うことができたというのに、十年越しの再会だというのに、それが報われないのはやるせない。
「加奈がもう一度姑獲鳥を見る方法はないのか?」
「正直言って難しいと思うよ。やっぱり、人がこちら側を覗くためには、それ相応の力を持ってる必要があるの。それこそ、蘇芳くんみたいにね。でも、わたしが見た限り、あの子に大した力は感じられなかった。よっぽどのことがないと厳しいかな」
ヨスガの言葉に、蘇芳は軽い絶望を覚えた。
頭上の月は流れてきた雲にちょうど隠れて、影を落とす。
「なら、わたしはもう二度と、ターカナと言葉を交わすことはできないっていうの?」
「そうだね」
姑獲鳥が僅かにうつむいた。胸の内がきりきりと絞られているような気がする。
加えて、ヨスガが後に続けた言葉が、さらなるモヤモヤを連れてきた。
「でも、もしそうでなかったとしても、姑獲鳥ちゃんはもう二度と、加奈ちゃんにかかわるべきではないと思うけど」
意味が分からなかった。
それに、ヨスガの言い方には少し棘があるように思えた。だから、ついつい声を荒らげてしまう。
「それってどういうことだよ。どうして、姑獲鳥と加奈がかかわっちゃいけねぇんだよ。姑獲鳥は十年間ずっと加奈に会いたくて探し続けてたんだぞ。そんな言い方ねぇだろ」
蘇芳は厳しく睨みつけるが、ヨスガは微動だにしない。
「わたしは何も適当なことを言ってるわけじゃないよ。それに、強制するつもりもない。これは二人の問題だからね。でも、これからも姑獲鳥ちゃんがあの子にかかわり続けたいってことなら、人殺しになる覚悟はしておいた方がいいと思うよ」
ますます混乱して聞き返す。
「何言ってんだよ。人殺しって。かかわるだけだろ。それがどうして人殺しになるんだよ」
「姑獲鳥っていうのはね、病を運ぶ妖怪なんだよ。身近な人間を煩わせて死に至らしめてしまう。そういう妖怪。その子に自覚はないみたいだけど。だから、人間とかかわる以上、そこは理解しておいたほうがいい」
加奈が吐血し倒れた原因は姑獲鳥にある。ヨスガが云わんとしていることは、そういうことなのだろう。そんなこと、あってたまるものか。そんな理不尽、認められるはずないだろ。
そう思いたいのに、嫌な連想ばかりが浮かんでくる。加奈と姑獲鳥が出会った時期は? 加奈が病気を発症した年齢は? 加奈は最近咳き込むことが多かったけれど、姑獲鳥がこの街に来たのはいつだったっけ? 加奈が吐血し意識を失った時、姑獲鳥は彼女に何をした?
――ふざけんな。
嫌な懸念を掻き消そうと、蘇芳は自分の顔を一発ぶん殴った。
「待てよ。そんなことって、あまりに姑獲鳥が不憫すぎるだろ」
「でも、事実だよ」
うまく口が回らなかった。吐き出したい気持ちは山のように溢れてくるのに、今すぐにでも、このじめじめと胸に溜まってくる暗澹たる感情を叫んでしまいたいのに、全部喉に引っかかって出てきやがらない。
「わたしのせいなの? わたしがターカナを苦しめてるってこと?」
「悪い言い方をすればね」
「じゃあわたしは……わたしは……わたしはどうしたら……」
小さな両手で顔を覆い、悲痛に嘆く姑獲鳥。加奈との再会に喜んだ時とは声色が正反対で、彼女の憂いが際立って聞こえる。その心情を察するだけで、胸がズキズキと痛んで見ていられない。
「解決策は一つだけ。加奈ちゃんとの縁を全て切って、もう二度と顔を合わせないこと。わたしが知る限り、それ以外に加奈ちゃんを救う方法はないと思う。姑獲鳥ちゃんが望むなら、わたしたちが二人の縁を切ってあげることも可能だよ」
あまりに残酷過ぎやしないだろうか。もし神様がいるのなら、いますぐ張り倒して蹴り飛ばしてやりたい。
「……そんなこと、聞いてないよ。初耳だよ。……信じられるはずないよ」
姑獲鳥は今にも泣きだしそうだった。わなわなと声が、か細く震えている。
「わたしは何もしてないのに。わたしは何も悪くないのに。だって、わたしはターカナとただ仲良くしたかっただけなんだよ。それなのにわたしが病気を運んでいて、ターカナを苦しめてるって? どういう冗談? わたしは、縁なんて切りたくない。ターカナとはずっと繋がっていたいの」
姑獲鳥は言い残すと、そのまま逃げだしてしまった。
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家の門をくぐると加奈の自転車が寂し気にポツンと止まっていた。その奥にはヨスガの姿がある。
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待ち構えていたかのように姑獲鳥が猛烈な勢いで駆け寄ってきた。心境は表情を見れば一目瞭然で、その心労は伺い知れない。
「心配すんな。今はもう、容体も安定してる」
教えてやると、姑獲鳥は安堵の表情を見せた。
「はー、よかった。一時はどうなるかと思ったよ」
いちいち体を大きく動かすから、反応がはっきりとしていて分かりやすい。
「でも、ターカナのさっきの反応。あんなに話しかけてたのに、わたしに一切見向きもしなかった。いつもなら、すぐに何かしら返してくれてたのに、いったい、どうしてしちゃったんだろう」
姑獲鳥の言葉に、神社でのことを思い出す。加奈に再会でき大喜びではしゃいでいた姑獲鳥だったが、一方の加奈はというと、姑獲鳥のことが全く見えていないかのように振る舞っていた。おそらく彼女は、姑獲鳥の存在を認識出来てはいなかっただろう。そうなれば怪しくなってくるのは事実関係だ。姑獲鳥は加奈のことをターカナだと断じたが、本当にそうなのだろうか?
「そもそも、ターカナは加奈のことで間違いないのか?」
「もちろんだよ。そこは間違うはずない。なのに、どうしてなの……」
断言する姑獲鳥。彼女は心音を持って、ターカナの存在を確認していた。それがどれほどの精度なのか知る由もないけれど、迷うことなきまっすぐな眼差しは、生半可な自信ではないのだろう。
もし、姑獲鳥が言うように加奈がターカナだったとして、どうして加奈には姑獲鳥が見えていなかったのだろうか。ターカナはその昔、姑獲鳥のことを認識できていたはずなのに。
「見えなくなったんじゃないかな」
蘇芳の疑問に答えたのは、ヨスガだった。
彼女は奥からゆっくりこちらへと歩いてくる。
「きっと、もう見えてなかったんだよ。人間にはよくあること」
「それって、どういう意味だ?」
「本来、わたしたちみたいな霊的な存在を人間が見ることなんて不可能なんだよ。でも、例外的に見えてしまう人もいるの。精神的な問題とか、地理的な要素とか、理由はいろいろなんだけど。中でも多いのは幼い子供。基本的に魂は転生を繰り返していて、死んでもまたこの世で生まれ変わるんだけどね、幼いうちはあの世から魂がこちらに転生してきて間もないわけ。だから、まだこの世に馴染めていない魂とかも多くいるんだ。そういう子たちって、霊的な感覚を引きずってたりするから、たまに見える子もいたりするんだよ。でも、大抵の場合は大人になるにつれて次第に見えなくなっていくものなんだけどね。加奈ちゃんがどのパターンに当てはまるかは分からないけど、十年前よりは歳を取って魂も馴染んでいるはずだし、当時二人が会っていた場所と同じ環境がここにあるわけでもない。あらゆる状況が違っちゃってるから、普通の人間の加奈ちゃんが姑獲鳥ちゃんの存在を認識できなくなっていても、なんら不思議はないと思うの。少なくともあの時の反応を見る限りは、見えてなかったんじゃないかな」
姑獲鳥が遠路遥々赴いてやっとの思いで出会うことができたというのに、十年越しの再会だというのに、それが報われないのはやるせない。
「加奈がもう一度姑獲鳥を見る方法はないのか?」
「正直言って難しいと思うよ。やっぱり、人がこちら側を覗くためには、それ相応の力を持ってる必要があるの。それこそ、蘇芳くんみたいにね。でも、わたしが見た限り、あの子に大した力は感じられなかった。よっぽどのことがないと厳しいかな」
ヨスガの言葉に、蘇芳は軽い絶望を覚えた。
頭上の月は流れてきた雲にちょうど隠れて、影を落とす。
「なら、わたしはもう二度と、ターカナと言葉を交わすことはできないっていうの?」
「そうだね」
姑獲鳥が僅かにうつむいた。胸の内がきりきりと絞られているような気がする。
加えて、ヨスガが後に続けた言葉が、さらなるモヤモヤを連れてきた。
「でも、もしそうでなかったとしても、姑獲鳥ちゃんはもう二度と、加奈ちゃんにかかわるべきではないと思うけど」
意味が分からなかった。
それに、ヨスガの言い方には少し棘があるように思えた。だから、ついつい声を荒らげてしまう。
「それってどういうことだよ。どうして、姑獲鳥と加奈がかかわっちゃいけねぇんだよ。姑獲鳥は十年間ずっと加奈に会いたくて探し続けてたんだぞ。そんな言い方ねぇだろ」
蘇芳は厳しく睨みつけるが、ヨスガは微動だにしない。
「わたしは何も適当なことを言ってるわけじゃないよ。それに、強制するつもりもない。これは二人の問題だからね。でも、これからも姑獲鳥ちゃんがあの子にかかわり続けたいってことなら、人殺しになる覚悟はしておいた方がいいと思うよ」
ますます混乱して聞き返す。
「何言ってんだよ。人殺しって。かかわるだけだろ。それがどうして人殺しになるんだよ」
「姑獲鳥っていうのはね、病を運ぶ妖怪なんだよ。身近な人間を煩わせて死に至らしめてしまう。そういう妖怪。その子に自覚はないみたいだけど。だから、人間とかかわる以上、そこは理解しておいたほうがいい」
加奈が吐血し倒れた原因は姑獲鳥にある。ヨスガが云わんとしていることは、そういうことなのだろう。そんなこと、あってたまるものか。そんな理不尽、認められるはずないだろ。
そう思いたいのに、嫌な連想ばかりが浮かんでくる。加奈と姑獲鳥が出会った時期は? 加奈が病気を発症した年齢は? 加奈は最近咳き込むことが多かったけれど、姑獲鳥がこの街に来たのはいつだったっけ? 加奈が吐血し意識を失った時、姑獲鳥は彼女に何をした?
――ふざけんな。
嫌な懸念を掻き消そうと、蘇芳は自分の顔を一発ぶん殴った。
「待てよ。そんなことって、あまりに姑獲鳥が不憫すぎるだろ」
「でも、事実だよ」
うまく口が回らなかった。吐き出したい気持ちは山のように溢れてくるのに、今すぐにでも、このじめじめと胸に溜まってくる暗澹たる感情を叫んでしまいたいのに、全部喉に引っかかって出てきやがらない。
「わたしのせいなの? わたしがターカナを苦しめてるってこと?」
「悪い言い方をすればね」
「じゃあわたしは……わたしは……わたしはどうしたら……」
小さな両手で顔を覆い、悲痛に嘆く姑獲鳥。加奈との再会に喜んだ時とは声色が正反対で、彼女の憂いが際立って聞こえる。その心情を察するだけで、胸がズキズキと痛んで見ていられない。
「解決策は一つだけ。加奈ちゃんとの縁を全て切って、もう二度と顔を合わせないこと。わたしが知る限り、それ以外に加奈ちゃんを救う方法はないと思う。姑獲鳥ちゃんが望むなら、わたしたちが二人の縁を切ってあげることも可能だよ」
あまりに残酷過ぎやしないだろうか。もし神様がいるのなら、いますぐ張り倒して蹴り飛ばしてやりたい。
「……そんなこと、聞いてないよ。初耳だよ。……信じられるはずないよ」
姑獲鳥は今にも泣きだしそうだった。わなわなと声が、か細く震えている。
「わたしは何もしてないのに。わたしは何も悪くないのに。だって、わたしはターカナとただ仲良くしたかっただけなんだよ。それなのにわたしが病気を運んでいて、ターカナを苦しめてるって? どういう冗談? わたしは、縁なんて切りたくない。ターカナとはずっと繋がっていたいの」
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