1 / 1
二月二十九日
しおりを挟む二月二十九日
バレンタインも去った、二月の二十九日。日めくりカレンダーを捲った彼女は、ぱちくりと目を瞬かせて「あー」と意味のない声を漏らした。
「そっか、今年って閏年だったんだ」
四年に一度の閏年。特に休日でもないその日だが、なんだか特別な気もして日めくりカレンダーをまじまじと見つめる。
「……今日って何の日なんだろう」
ただいま、と声を上げると、ぱたぱたと足音を立てて彼女が出迎えてくれた。同居を始めてから数ヶ月、仕事から帰ると彼女はいつも玄関先まで出迎えに来てくれる。そうして自分の顔を見た時の彼女の、なんと可愛らしいことか。ぱあっと太陽のような笑顔を咲かせるその様を見ると、仕事の疲れなど空の彼方へと飛んでいってしまう。
「おかえりなさい、蒼ちゃん!」
「待った?」
「うん、待ってたよ」
その言葉に心が擽られて、思わず微笑む。靴を脱いで廊下に上がると、彼女——麗奈は手を引いてリビングへと歩く。
「今日ね、友達とコーヒーショップに行ったんだよ。そしたら店員さんが試飲させてくれたんだー」
「へえ、よかったな。美味しかった?」
「うん! 蒼ちゃんにも買ってきてあるよ、ほら」
そう言って、麗奈は机に置いてある袋を指差した。
「何を買ってきたんだ?」
「ドリップコーヒーだよ。店員さんがおすすめしてくれたの」
店員さん、店員さんと言う麗奈の表情はふにゃふにゃに綻んでいた。その店員さんとやらが余程気に入っているのだろうか。正直どんな人物だったのか気になるところではあるが、あまり気にしないでおこうと思う。
「そうだ、ご飯できてるけどどうする? 先にお風呂にする?」
「うーん、できてるなら先にご飯にしようかな」
「はーい」
ご機嫌に笑って、麗奈はキッチンへ向かう。歩く度に揺れるセミロングの茶髪は、彼女が目の前を通った時にシャンプーの甘い香りがした。
しばらく待っていると次々料理が並べられて、食卓の上は一気に華やいだ。一つの大皿にはマカロニサラダにコロッケと唐揚げ、キャベツの千切りが添えられていて、見た目にも豪華だ。小鉢には豆腐の炒め物がちんまりと収まっていて、黒いお椀の中はもずくの味噌汁で満たされている。
「すごいな、こんなに作ったのか?」
「うん、頑張って作ったよ!」
そこで考えた。はて、今日は何かの記念日だっただろうか。どれだけ考えても答えは出てこない。
「今日って何かあったっけ」
「ううん? 強いて言うなら、二月二十九日だってことかな?」
「二月二十九日……? あ、そうか」
——閏年。
二人して口を揃え声を上げた。なるほど、そう言うことだったのか。四年に一度の——まあ、これといって何かあるわけではないが——二月二十九日。一年の日数は正確には三百六十五日ではないらしく、そのズレを調整するために設けられた日だったはずだ。
「だからってこんな豪華な料理を?」
「うーん、まあ気分かな?」
そう言う麗奈は終始にこにこと嬉しそうに笑っている。自分の反応が嬉しいのだろうか。こんなに豪華な料理を作ってもらえるのはこちらとしても嬉しいし、彼女のそんな顔を見られるのならいくらでも喜んであげたいものだ。
「蒼ちゃん、あのね」
「うん?」
そこで一拍間を取った麗奈は、目を細めてふにゃりと笑った。
「二月二十九日は四年に一度しかないけど、こういう日もたまにはあってもいいよね」
「ん……? そうだな」
「だからね、これからもずうっと一緒にいてね。約束だよ?」
「う、うん……?」
ふとそんなことを言われて、思考が止まった。今度は何かと思えば、ぽふんと抱き着かれる。——一体全体どういうことだろう。普段からスキンシップは取る方だが、こんなに突拍子もないと少しばかりどぎまぎしてしまう。
「ふふふ」
「……れ、麗奈? 何かあったのか?」
「ふふ、ううん。なーんにも?」
「そう、か……?」
「ほら、ご飯食べよ! お風呂上がったらコーヒー一緒に飲もうね」
「うん」
——この時は知らなかった。ある国では四年間のうちにこの日だけ、女性から男性へのプロポーズが伝統的に容認されていたのだということを。
今も彼女は自分の横にいて、太陽のよう爛漫な笑顔で笑う。——二人の薬指には、あの日の約束を形にした指輪が輝いていた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる