1 / 50
第一章 落とし物
第一話 落とし物を交番に届けるのは暇な時がベスト
しおりを挟む日和は自宅近くの森に囲まれた神社で、バードウォッチングを楽しんでいた。野鳥の声は美しい。よく耳を凝らすと、様々な歌が聞こえてくる。笛のような声に、鈴をたたくような声。日和は、野鳥を観察するのが好きだった。大学生活に努めながらアルバイトでお金を貯め、デジタル一眼レフも購入した。父親から譲り受けた双眼鏡は少し年季が入っているが、まだまだ現役だ。
「あ、キビタキの声」
日和は小さく零すと、首にかけていた双眼鏡で声のする方を見上げる。鳥を探すのは難しい。肉眼で捉えていても、双眼鏡を覗けばたちまち違う視界に入れ替わる。それはカメラも同様で、液晶モニターやファインダー越しでは、また違う世界が広がってしまう。
「うーん……見えない……」
声はするものの、キビタキは見つけられない。プロでもなんでもないただの素人である日和は、いつもうーんうーんと唸りながら鳥を探す。しかしそうしている時が楽しみの一つでもあり、何より時間を忘れて熱中できる。やはりキビタキの姿は捉えられず、日和は双眼鏡から目を離した。そうして顔を上げたまま少し歩いていると、何やらなにかを蹴った音がして、反射的に視線を落とした。そして日和はわあ、と声を上げる。
少し先の地面に、美しい西陣織の巾着袋が転がっていた。蹴ってしまって松の細い枯葉にまみれてしまったが、とても綺麗な模様が描かれているのがよくわかる。日和は辺りを見渡し落とし主がいないか探してみた。しかし人気はなく。少し考えて、日和は巾着袋を拾い上げた。とてもしっかりした生地だ。きっといいものなのだろう。日和は一瞬迷ったものの、中が気になり、そっと紐を解いてみた。
「珠? すごい、真っ黒だ」
巾着袋の中に入っていたのは、ただただ真っ黒い三つの珠だった。それはよく見ても表面の艶すら確認できなかった。まるで平面のように見える色。日和は好奇心で一つを取り出して見てみた。やはり感触はひんやりとした球体で、日和は不思議な気持ちになる。
「なんだろう……きれい」
一体誰が落としたのだろう? こんなに立派な入れ物に入った綺麗なものなら、きっと落として慌てているはずだ。交番へ届けようと思い、日和はそれを背負っていたリュックの中にしまい込んだ。
その後も日和は、バードウォッチングを続けていた。最初に聞いたキビタキの声はもう聞こえない。野鳥は午後になると見つけにくくなるらしい。朝早く来たつもりだったが、もう陽も高く登っていて、上を見上げるのも眩しくなってきた。
「そろそろ終わりかなあ」
そう呟いて、リュックから水筒を取り出そうとした時だった。
「動くな!」
男の鋭い声と、複数の足音。間髪入れずに後ろから首に腕を回され、口を手で塞がれた。リュックがばさりと音を立てて地面に落ちた。声を上げられないまま、日和は息を止める。心臓が早鐘のように打ち、全身の血が末端から凍りつくような感覚を覚えた。恐怖を感じているのだと、少し経ってから気付いた。
「少しでも声を上げればお前の頭をぶち抜く。分かったか?」
「……っ!」
男の言葉に、日和はただ何度も小刻みに頷くことしかできなかった。他の男はその間にも、日和の腕を後ろに組み、結束バンドで締め上げたり、テープを用意して日和の口を塞いだり。一体なにが起きているのか。日和はパニックに陥り、訳がわからないまま半分引きずられながら連行される。神社の駐車場に停められた、黒いバンの後部座席にリュックと共に押し込まれた。周りに誰かいないのだろうか。急いで窓から外を確認するが、人は誰もいない。その内男達がバンに急いで乗り込んできて、車を急発進させた。
「んー! んぅー!」
「静かにしろ! 死にたいのか!」
男はそう言って、日和の頭にガチリと銃口を突きつけた。冷たく硬い感触に、息が詰まる。本物、だろうか。そんなことを考えて、日和は固く目を瞑った。
「……」
「そうだ、大人しくしてろ」
どこへ連れて行かれるのだろう? 彼らは何者なのだろう? どうしてこんなことに? 身代金目当てかな。こんなありえないことが起きているのに、どうしようもないことしか頭に浮かんでこない。縛られた手首が痛くて、恐ろしくて、涙が滲み出た。
どうして、私が、こんなことに。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
《カクヨム様で15000PV達成‼️》悪魔とやり直す最弱シーカー。十五歳に戻った俺は悪魔の力で人間の頂点を狙う
なべぞう
ファンタジー
ダンジョンが生まれて百年。
スキルを持つ人々がダンジョンに挑む世界で、
ソラは非戦闘系スキル《アイテムボックス》しか持たない三流シーカーだった。
弱さゆえに仲間から切り捨てられ、三十五歳となった今では、
満身創痍で生きるだけで精一杯の日々を送っていた。
そんなソラをただ一匹だけ慕ってくれたのは――
拾ってきた野良の黒猫“クロ”。
だが命の灯が消えかけた夜、
その黒猫は正体を現す。
クロは世界に十人しか存在しない“祝福”を与える存在――
しかも九つの祝福を生んだ天使と悪魔を封印した“第十の祝福者”だった。
力を失われ、語ることすら封じられたクロは、
復讐を果たすための契約者を探していた。
クロは瀕死のソラと契約し、
彼の魂を二十年前――十五歳の過去へと送り返す。
唯一のスキル《アイテムボックス》。
そして契約により初めて“成長”する力を与えられたソラは、
弱き自分を変えるため、再びダンジョンと向き合う。
だがその裏で、
クロは封印した九人の祝福者たちを狩り尽くすための、
復讐の道を静かに歩み始めていた。
これは――
“最弱”と“最凶”が手を取り合い、
未来をやり直す物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる