右手と魔法!

茶竹 葵斗

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第一章 落とし物

第一話 落とし物を交番に届けるのは暇な時がベスト

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 日和ひよりは自宅近くの森に囲まれた神社で、バードウォッチングを楽しんでいた。野鳥の声は美しい。よく耳を凝らすと、様々な歌が聞こえてくる。笛のような声に、鈴をたたくような声。日和ひよりは、野鳥を観察するのが好きだった。大学生活に努めながらアルバイトでお金を貯め、デジタル一眼レフも購入した。父親から譲り受けた双眼鏡は少し年季が入っているが、まだまだ現役だ。

「あ、キビタキの声」

 日和は小さく零すと、首にかけていた双眼鏡で声のする方を見上げる。鳥を探すのは難しい。肉眼で捉えていても、双眼鏡を覗けばたちまち違う視界に入れ替わる。それはカメラも同様で、液晶モニターやファインダー越しでは、また違う世界が広がってしまう。

「うーん……見えない……」

 声はするものの、キビタキは見つけられない。プロでもなんでもないただの素人である日和は、いつもうーんうーんと唸りながら鳥を探す。しかしそうしている時が楽しみの一つでもあり、何より時間を忘れて熱中できる。やはりキビタキの姿は捉えられず、日和は双眼鏡から目を離した。そうして顔を上げたまま少し歩いていると、何やらなにかを蹴った音がして、反射的に視線を落とした。そして日和はわあ、と声を上げる。
 少し先の地面に、美しい西陣織にしじんおりの巾着袋が転がっていた。蹴ってしまって松の細い枯葉にまみれてしまったが、とても綺麗な模様が描かれているのがよくわかる。日和は辺りを見渡し落とし主がいないか探してみた。しかし人気はなく。少し考えて、日和は巾着袋を拾い上げた。とてもしっかりした生地だ。きっといいものなのだろう。日和は一瞬迷ったものの、中が気になり、そっと紐を解いてみた。

「珠? すごい、真っ黒だ」

 巾着袋の中に入っていたのは、ただただ真っ黒い三つの珠だった。それはよく見ても表面の艶すら確認できなかった。まるで平面のように見える色。日和は好奇心で一つを取り出して見てみた。やはり感触はひんやりとした球体で、日和は不思議な気持ちになる。

「なんだろう……きれい」

 一体誰が落としたのだろう? こんなに立派な入れ物に入った綺麗なものなら、きっと落として慌てているはずだ。交番へ届けようと思い、日和はそれを背負っていたリュックの中にしまい込んだ。


 その後も日和は、バードウォッチングを続けていた。最初に聞いたキビタキの声はもう聞こえない。野鳥は午後になると見つけにくくなるらしい。朝早く来たつもりだったが、もう陽も高く登っていて、上を見上げるのもまぶしくなってきた。

「そろそろ終わりかなあ」

 そう呟いて、リュックから水筒を取り出そうとした時だった。

「動くな!」

 男の鋭い声と、複数の足音。間髪入れずに後ろから首に腕を回され、口を手で塞がれた。リュックがばさりと音を立てて地面に落ちた。声を上げられないまま、日和は息を止める。心臓が早鐘はやがねのように打ち、全身の血が末端から凍りつくような感覚を覚えた。恐怖を感じているのだと、少し経ってから気付いた。

「少しでも声を上げればお前の頭をぶち抜く。分かったか?」
「……っ!」

 男の言葉に、日和はただ何度も小刻みに頷くことしかできなかった。他の男はその間にも、日和の腕を後ろに組み、結束バンドで締め上げたり、テープを用意して日和の口を塞いだり。一体なにが起きているのか。日和はパニックに陥り、訳がわからないまま半分引きずられながら連行される。神社の駐車場に停められた、黒いバンの後部座席にリュックと共に押し込まれた。周りに誰かいないのだろうか。急いで窓から外を確認するが、人は誰もいない。その内男達がバンに急いで乗り込んできて、車を急発進させた。

「んー! んぅー!」
「静かにしろ! 死にたいのか!」

 男はそう言って、日和の頭にガチリと銃口を突きつけた。冷たく硬い感触に、息が詰まる。本物、だろうか。そんなことを考えて、日和は固く目を瞑った。

「……」
「そうだ、大人しくしてろ」

 どこへ連れて行かれるのだろう? 彼らは何者なのだろう? どうしてこんなことに? 身代金目当てかな。こんなありえないことが起きているのに、どうしようもないことしか頭に浮かんでこない。縛られた手首が痛くて、恐ろしくて、涙が滲み出た。
 どうして、私が、こんなことに。
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