右手と魔法!

茶竹 葵斗

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第一章 落とし物

第二話 女の子に手を上げる男は尻子玉抜かれればいい

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「あーーーー!! ないないないない! 三珠みたまがない!」

 青い空の下にこだました悲痛な叫び声。声の主である金髪の少年は、大袈裟に頭を抱えて地面にしゃがみ込み、呻き声を上げる。

「どうしよう、オレヤバいことしちまった……。 絶対けんに怒られる」
「……誰に怒られるって?」
「ぎゃひい!?」

 突然声をかけられ、少年はその場から猫のように飛び退いた。視線の先にいるのは、対照的な銀色の髪の少年だ。切れ長く赤い瞳がじとりと金髪の少年を睨んでいる。……バレているようだ。

「……鳳凰ほうおう。お前、三珠を失くしたのか」
「違うんだって! き、気付いたらポケットからなくなってて、それで」
「それを失くしたと言うんだ、馬鹿が」

 鳳凰、と呼ばれた少年は慌てふためいて身振り手振りが大きくなっている。馬鹿と言われたことすらスルーである。銀髪の少年はあきれたようにため息をついた後、鳳凰の胸倉を掴んで引き寄せた。

「貴様、あの珠が奴らの手に渡ったらどうなるか分かっているのか? すかすかの脳みそに何を詰め込めば、その馬鹿が治る?」
「ごごごごごめんって、分かってるって! だから離してくれよ狷っ!」

 鳳凰の必死の懇願こんがんに、少年、狷はやっと手を離した。だが許したわけではないのだろう、彼の目つきは蛇のごとく鋭いままだ。まさに睨まれたカエルのように、鳳凰は萎縮いしゅくしてごめんなさい、と謝るばかり。

「……どこかで落としたなら、身に覚えはないのか」
「それが分かんねぇんだ。痕跡を辿れば見つかると思うけど……ああ、マジ最悪」

 それはこちらの台詞だ、と狷は言いたかったが、もう鳳凰の馬鹿さ加減がどうでもよくなって、口にするのをやめた。しかし言いたいことはそれだけではない。というより、そんなことよりも言いたいことが山ほどある。

「三珠は貴様が思っているよりも重要なものだ。奴らには渡さん。他の誰が拾っても、そいつに不幸が降りかかるだけだろう。貴様はそれを分かって管理をおこたったのか?」
「う……」
「やはり馬鹿には任せられん。今度はないぞ。三珠は俺が持ち歩く」
「はい……すんませんでした」
「分かったら痕跡こんせきを辿れ。しくじるな」
「はい……」

 しょぼくれて小さくなった鳳凰は、ぐうの音も出ない。何も言い返せずただ説教を聞かされて沈んでしまったが、彼はそれでも歩き出した。三珠の痕跡を求めて。



 その頃、日和は今にも崩れそうなボロ屋敷に連れ込まれ、拘束されたまま、冷たい床に放り出されていた。三人のうち、側まで歩いてきた一人の男に口のテープを無理やり剥がされ、日和は小さく悲鳴を上げる。息がしやすくなって、日和はいきなり空気を飲み込みすぎ咳き込んだ。

「いいか、質問に正直に答えるんだ。お前の仲間は今どこにいる?」
「なか、ま?」

 男の問いの意味が分からず、日和はおずおずと聞き返す。すると、その男は迷うことなく日和の頬を叩いて声を荒げた。

「お前は三珠を持っているだろう! 知ってるんだぞ、三珠がそのカバンに入っているのもな」
「……っ」

 話が飲み込めない。自分は誰かと勘違いされているのだろうか? だが、確かに三つの珠の入った巾着袋を拾って、リュックにしまい込んだのは事実。彼らの目的はその珠なのだ。理解した瞬間、日和は巾着袋を拾ったことを後悔した。

「ひ、拾っただけです……。私、何も知らない……っ!」
「とぼけるな。女でも容赦しないぞ」
「本当なんです! 人違いです!」
「こいつ……」

 男が鼻にしわを寄せて、手を振りかざした。その時、パリンッ、と何かが割れる音がして、その場の空気が凍りついた。
 側で二人を見ていた男の一人が巾着袋を広げている。その隣の男は足元を見て固まっていた。その視線の先には粉々に砕けた、珠があった。日和の側にいた男は、それを見るなり、血相を変えて二人のもとへ駆け寄った。

「お前ら、まさか三珠を割ったのか!?」
「ち、違う! こいつが取り出そうとして割ったんだ」
「おい、言いがかりはやめろよ! お前が袋を上手く持ってなかったからだろ!」
「お前ら二人ともだよ! なんてことしてくれたんだ!! 一つか? 割れたのは一つだけか!?」

 男達は大騒ぎだ。日和はただ呆然ぼうぜんとその様子と珠だった粉々の物体を交互に見ていた。すると、その珠だったものがさらさらと砂のように崩れていくではないか。日和は驚いて目を丸く見開いた。男達はそれに気付いていないようで、まだ口論を繰り広げている。その足元を縫うように、砂になった珠が移動していく。日和の視界の端まで行って見えなくなった後、男達はようやく珠がなくなったことに気付いて慌て始めた。

「おい、珠の破片がないぞ」
「何!? 何が起きたんだ」
 先程まで日和の側にいた男が、日和へ視線を移して顔をしかめた。鋭い目に日和は息を飲む。
「おいお前、隠したんじゃないだろうな?」
「……っ!」

 必死で首を横に振ったが、時すでに遅し。男はとんだとばっちりを日和に向け、拳を振り上げる。ガツンと鈍い音がした後、日和の悲鳴が部屋の中に響いた。思いきり頬を殴られ、口の中に血の味が広がる。じんじんと痛む頬を押さえることもできないまま、日和は涙を滲ませ嗚咽おえつを漏らした。

「もっとしっかり分からせてやらないと駄目みたいだな」
「っ、やめて……」
「正直に吐けばいいんだ、よ!!」

 男がまた大きく腕を振り上げた、その時。

「おらあああああああ!」
「うぐっ!?」

 聞きなれない叫び声の後、男が日和の前から後ろへと吹っ飛んでいった。それまで男が立っていた場所には、金髪の少年が立っている。
——それは三珠を落としたあの少年、鳳凰だった。
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