右手と魔法!

茶竹 葵斗

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逃亡

第三十二話 師匠の日記

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「なぁ、一つ聞いてもいいか?」

 軽く手を上げた正影に、狷が切れ長い赤色の瞳を向ける。

「……何だ」
「ここ、魔法で外から見えなくしてるんだろ? ならここにずっととどまって、ウルペスコーポレーションの目から逃れればいいんじゃないのか?」

 確かにそうだ。日和もここへ来た時から疑問に思っていた。隠れることができるのなら、何も逃げ回らなくても良いのではないか。しかし、鳳凰が「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりに立ち上がった。彼はまだ正影に殴られた頭を押さえていた。

「そう思うだろ? でもさ、三珠みたまの力が強すぎて、痕跡が残っちまうんだ」
「奴らは三珠の痕跡を知っている。同じところに留まれば留まるほどその痕跡は濃くなっていく。だからここへは長くいられない。ここが見つかれば俺達の資金も調達できないだけでなく、師匠ののこした魔法の資料まで奪われてしまう」
「なるほどな……」

 自分達の腕にはまっている黒い腕輪三珠。これは思っているよりも強大な力を秘めているらしい。日和は改めて腕輪を見下ろし、それを指で撫でてみた。つやすら発していない黒く塗り潰された腕輪は、触れればひんやりとしていて丸いのだと初めて認識できる。こんなちっぽけなものにどれだけの力が秘められているのだろうか。ウルペスコーポレーションという謎の秘密結社——それも表では大きな企業が、これを狙っているのだ。

「三珠ってすごいんだね……」
「今更ながらだけどな。オレ達まで魔法を使えるようになったんだから」

 正影も腕を目の前まで上げて、感慨かんがい深そうに腕輪を眺めていた。

「魔法って何なんだろう……」
「……魔法、な。オレは何となく分かったけど、上手く言葉に表せない」
「そうなんだ。さすが正だね」

 正影は昔から何でもすぐに理解して吸収することができた。それは日和から見ても顕著けんちょで、いつでも勉強もできるしスポーツも万能だった。高校の時はよく課題を見せてもらっていたものだ。

「感覚なんだよな……うーん、これが分かれば日和も上手く魔法をコントロールできそうなんだけどな。まだ無意識なんだろ?」
「うん。よく分かったね」
「挙動を見てれば分かるよ」
「正影ってもしかして才能ある……?」

 鳳凰の言葉に日和はうんうんと頷く。彼女の物分かりの良さを分かってもらえるのは自分のことのように嬉しい。

「正はね、昔から何でもできたんだよ。私いつも正に教えてもらってた」
「なんでもってわけじゃないけどな……日和はやればできるから、教え甲斐があったよ」
「へぇー」

 昔話に花を咲かせていると、狷が三人へ声をかけた。彼の方を見ると、その手には鍵のかかった一冊の本があった。

「……師匠の日記だ。こんなものは初めて見た」
「おお! ちゃんと読めんの?」
「手記とつづられている。表紙だけなら読める」
「でも、鍵は?」

 日和の問いに狷はもう片方のてのひらを差し出した。小さな銀色の鍵が鈍く光った。それをじょうに差し込むと、鍵はかちりと音を立てて解けた。

「おっ」

 狷の師匠の日記。それも初めて見つけたと狷自身が言っている代物しろものだ。嫌でも興味が湧いてくる。ぱらりと表紙をめくった狷は、皆に見やすいようにそれを机の上に置いた。

「なになに……? 『弟子がうちに来た。今日から手記をしたためてみることにした。今日はあいにくの雨だ。飯が不味まずくなる』……」
「……めっちゃ普通の日記じゃん」

 何か魔法のことでも書かれているのかと思ったが、そういう訳でもなさそうだ。

「『今日は晴れた。弟子はいつも仏頂面ぶっちょうづらで愛想がない。伊佐いさのところの弟子とは大違いだ』……伊佐って?」
「オレのお師さんの名前だぜ」
「なるほど」
「『伊佐は弟子ができて嬉しそうだが、物分かりが悪そうな弟子なので心配だ。その点うちの弟子はよくできる方だと思う。魔法もすんなり覚えて、自分の姿を変える変身魔法メタモルフォーゼまで習得した。少しは期待が持てるかもしれない』」
「……物分かりが悪そうな弟子……」

 皆の視線が鳳凰に集中する。鳳凰はその視線に耐えかねたのか、顔を背けて聞かないフリをしていた。

「これ、本当に何の変哲へんてつもない日記だな」
「…………魔法のことについて何か書かれているかと思ったが、期待外れだった」

 狷はあきれたようにため息をつくと、日記を閉じて腕を組んだ。
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