36 / 50
逃亡
第三十六話 その頬に伝う涙を拭うのは自分だけ
しおりを挟む
キイイィィィン——。
突然鳴り響いた甲高い音に、日和は自由な方の手で耳を塞いだ。これには狷も驚いたようで、日和の腕から手を離す。その時だ。日和の周りをまたあの結界が覆って、その身を守らんとした。おかしい。これは自分の意思ではない。そう思った矢先、結界から同色の蔓がしゅるりと音を立てて何本も伸びた。これは、以前少年に襲われた時に見たものと同じものだ。
「なんで……?」
呟いたと同時、事態は一変した。蔓がぎゅるりと狷の体を絡め取って宙へ持ち上げたのだ。銀の刃がからん、と音を立てて地面に落ちる。日和は息を飲み結界へ張りついた。
「狷ちゃん!!」
「……ッ」
狷は蔓に縛り上げられ、苦悶の表情を浮かべている。今のこれは日和の意思とは関係なく動く。いくら止まれと願っても、蔓は狷を離すことはない。どうすればいいのか分からず、日和は必死になって結界に拳を何度も叩きつける。しかし蔓はゆっくりと蠢くと、狷を地面へ強かに打ちつけた。
「っぐ……」
「やめて! 狷ちゃんが死んじゃう!!」
何度も何度も。ぐしゃりぐしゃりと小気味の悪い音が響く。蔓はそのまま狷を放り投げる。地面を転がった狷は、苦しげに咳き込みながらもゆらりとその場に立ち上がる。……見ていられない。日和は溢れる涙を堪えられないままぎゅっと目を瞑った。どうしてこんなことになったのか。先程まで二人でただ話をしていただけだったのに。狷の冷たい目、優しい声。走馬灯のように記憶が蘇る。それでも、彼を傷付けたくなかった。だから三珠を彼へ渡そうと思ったのに。
蔓はうねりながら狷へと飛ぶ。新たに生み出した銀の刃で応戦する狷だったが、蔓の猛攻になす術がないようだった。徐々に押される狷は木に背を預ける形になる。身動きが取りにくくなった狷に、先端の鋭く尖った蔓が走る。
——ドスッ。耳を塞ぎたくなる音が耳に届く。蔓は狷の脇腹を貫き、木に縫いつけていた。
「……ッが」
「狷ちゃん!!」
日和の悲鳴にぎりりと歯を食いしばった狷は、蔓を掴んでそれを抜き去ろうと力を込めた。しかし蔓は深く木に突き刺さっていてぴくりとも動かない。
「お願い、もう……もうやめて……」
泣きじゃくりながら日和は誰にともなく懇願する。狷を傷付けているのは間違いなく自分だ。だって、三珠は自分なのだ。意思とは関係なく動くのは己の力。それすら自分の思うように操れないなんて。これまでは守った気になっていただけだったのだ。三珠の力を操った気になっていた。思い上がっていた。それは間違いだった。
「ごめ……、ごめんなさい……っ」
言葉が溢れる。その言葉を聞いた狷が眉を顰めたまま目を細めた。
「……謝るくらいなら、お前で何とかしてみろ……っ」
「っでも、どうしたら」
「考えろ! お前は自分の意思もないのか!」
叫ぶ狷に日和ははっと目を瞠った。この結界と蔓は自分を守るものだ。ならどうして狷を襲うのか。それは、一度でも彼を敵だと思ってしまったから。刃物を向けられた時、彼を自分を傷付ける対象と捉えてしまった。だから三珠は狷から身を守ろうとしている、のかもしれない。
「お願い、もうやめて!」
——彼は私の友達、仲間だ。そう願いを込めて、日和は今一度声を張り上げた。すると、それまで蠢いていた蔓がぴたりと止まった。しん、と辺りが静まり返る。少しして、結界が薄れたかと思うと、蔓も結界と共に消えていった。木に縫いつけられていた狷は拘束から解放され、ずるりとその場に座り込んだ。結界から出られた日和は一目散に狷の元へ駆ける。
「狷ちゃ……っ」
「……」
狷の脇腹は血で赤く染まっている。早く手当てをしないと。焦る日和は血を止めようと狷の傷に手を当てた。頭の上からくぐもった声が降ってきて、日和は慌てて手を離した。
「ご、ごめんなさい」
「……自分で治す」
痛みを耐えているのか、狷は苦しげに呟いて脇腹に手をやった。魔法を使うのだろう。しかし、こんな傷付いた状態で傷を癒せるのだろうか。日和はぐっと唇を噛みしめると狷の手に自分の手を重ねた。狷は驚いたように目を丸くする。
「……何のつもりだ」
「私には傷を癒す魔法は使えないけど……こうしてると私も狷ちゃんの傷、治せる気がして」
これはただの気休めにしかならないだろう。いや、気休めにもならないかもしれない。それでもいい。彼の傷に触れて、痛みを感じたい。そうしないといけないような気がしたのだ。日和は目を閉じる。その時、狷はまた目を見開いた。
「……そのまま続けろ」
「え……」
「……傷の治癒が早くなっている」
突然鳴り響いた甲高い音に、日和は自由な方の手で耳を塞いだ。これには狷も驚いたようで、日和の腕から手を離す。その時だ。日和の周りをまたあの結界が覆って、その身を守らんとした。おかしい。これは自分の意思ではない。そう思った矢先、結界から同色の蔓がしゅるりと音を立てて何本も伸びた。これは、以前少年に襲われた時に見たものと同じものだ。
「なんで……?」
呟いたと同時、事態は一変した。蔓がぎゅるりと狷の体を絡め取って宙へ持ち上げたのだ。銀の刃がからん、と音を立てて地面に落ちる。日和は息を飲み結界へ張りついた。
「狷ちゃん!!」
「……ッ」
狷は蔓に縛り上げられ、苦悶の表情を浮かべている。今のこれは日和の意思とは関係なく動く。いくら止まれと願っても、蔓は狷を離すことはない。どうすればいいのか分からず、日和は必死になって結界に拳を何度も叩きつける。しかし蔓はゆっくりと蠢くと、狷を地面へ強かに打ちつけた。
「っぐ……」
「やめて! 狷ちゃんが死んじゃう!!」
何度も何度も。ぐしゃりぐしゃりと小気味の悪い音が響く。蔓はそのまま狷を放り投げる。地面を転がった狷は、苦しげに咳き込みながらもゆらりとその場に立ち上がる。……見ていられない。日和は溢れる涙を堪えられないままぎゅっと目を瞑った。どうしてこんなことになったのか。先程まで二人でただ話をしていただけだったのに。狷の冷たい目、優しい声。走馬灯のように記憶が蘇る。それでも、彼を傷付けたくなかった。だから三珠を彼へ渡そうと思ったのに。
蔓はうねりながら狷へと飛ぶ。新たに生み出した銀の刃で応戦する狷だったが、蔓の猛攻になす術がないようだった。徐々に押される狷は木に背を預ける形になる。身動きが取りにくくなった狷に、先端の鋭く尖った蔓が走る。
——ドスッ。耳を塞ぎたくなる音が耳に届く。蔓は狷の脇腹を貫き、木に縫いつけていた。
「……ッが」
「狷ちゃん!!」
日和の悲鳴にぎりりと歯を食いしばった狷は、蔓を掴んでそれを抜き去ろうと力を込めた。しかし蔓は深く木に突き刺さっていてぴくりとも動かない。
「お願い、もう……もうやめて……」
泣きじゃくりながら日和は誰にともなく懇願する。狷を傷付けているのは間違いなく自分だ。だって、三珠は自分なのだ。意思とは関係なく動くのは己の力。それすら自分の思うように操れないなんて。これまでは守った気になっていただけだったのだ。三珠の力を操った気になっていた。思い上がっていた。それは間違いだった。
「ごめ……、ごめんなさい……っ」
言葉が溢れる。その言葉を聞いた狷が眉を顰めたまま目を細めた。
「……謝るくらいなら、お前で何とかしてみろ……っ」
「っでも、どうしたら」
「考えろ! お前は自分の意思もないのか!」
叫ぶ狷に日和ははっと目を瞠った。この結界と蔓は自分を守るものだ。ならどうして狷を襲うのか。それは、一度でも彼を敵だと思ってしまったから。刃物を向けられた時、彼を自分を傷付ける対象と捉えてしまった。だから三珠は狷から身を守ろうとしている、のかもしれない。
「お願い、もうやめて!」
——彼は私の友達、仲間だ。そう願いを込めて、日和は今一度声を張り上げた。すると、それまで蠢いていた蔓がぴたりと止まった。しん、と辺りが静まり返る。少しして、結界が薄れたかと思うと、蔓も結界と共に消えていった。木に縫いつけられていた狷は拘束から解放され、ずるりとその場に座り込んだ。結界から出られた日和は一目散に狷の元へ駆ける。
「狷ちゃ……っ」
「……」
狷の脇腹は血で赤く染まっている。早く手当てをしないと。焦る日和は血を止めようと狷の傷に手を当てた。頭の上からくぐもった声が降ってきて、日和は慌てて手を離した。
「ご、ごめんなさい」
「……自分で治す」
痛みを耐えているのか、狷は苦しげに呟いて脇腹に手をやった。魔法を使うのだろう。しかし、こんな傷付いた状態で傷を癒せるのだろうか。日和はぐっと唇を噛みしめると狷の手に自分の手を重ねた。狷は驚いたように目を丸くする。
「……何のつもりだ」
「私には傷を癒す魔法は使えないけど……こうしてると私も狷ちゃんの傷、治せる気がして」
これはただの気休めにしかならないだろう。いや、気休めにもならないかもしれない。それでもいい。彼の傷に触れて、痛みを感じたい。そうしないといけないような気がしたのだ。日和は目を閉じる。その時、狷はまた目を見開いた。
「……そのまま続けろ」
「え……」
「……傷の治癒が早くなっている」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜
黒城白爵
ファンタジー
異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。
魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。
そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。
自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。
後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。
そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。
自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる