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逃亡
第三十七話 淡い恋ほど燃えるもの
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狷の言葉に日和は呆然とした。傷の治りが早くなっている。それは本当なのだろうか。日和は手を退けて狷の傷を確認しようとしたが、そのままでいろと言われたことを思い出し、慌てて手を彼の手に当てた。じっとしていると、何かあたたかい感触を覚えてはっと息を飲む。これは、傷を癒してもらった時に感じたあの感覚だ。日和の反応を見た狷が静かに口を開く。
「……これはお前自身の力だ。三珠の力ならあっという間に傷が癒えるはずだ。この魔法は弱い」
「私の……?」
「……心の力が強くなったんだろう。魔法と心は強く結びついている」
落ち着いて話す狷だったが、その表情は感心しているようにも見えた。
「狷ちゃん、もう痛くない……?」
「……ああ。もういい」
手を離そうとしたので、日和も手を下ろす。服は赤く染まったままだが、その下の傷は綺麗に塞がっていた。ほっと息をついた日和は思わず狷に抱きついた。
「よかった……ごめんね、狷ちゃん、ごめんね」
「……」
頭上で狷が戸惑ったような気配を感じたが、日和は彼を離さなかった。いくら謝っても謝りきれないのは分かっている。だからこそ、こうして触れてその気持ちを示したかった。
「……服を洗う。離れろ」
「あ、うん……」
そっと狷から離れた日和は、彼の服の裾を指で摘んでその顔を見上げた。
「……もう、あんなことしない?」
日和の問いに狷はただ黙って頷いた。そっか、と答えて手を下ろす。あの時の彼は本気だった。冷めた視線を思い出すと背筋を冷たいものが走って、狷から目を逸らす。狷は日和を見下ろしていたものの、踵を返すと木々の中へ向かっていく。それに慌ててついていくと、少し行ったところに小さな池があった。狷は一直線にそちらへ歩く。池のそばで立ち止まった彼は、何の躊躇もなく血で汚れた服を脱いだ。
「!」
日和はかっと顔を赤くして狷から視線を外した。突然のことにばくばくと心臓が高鳴る。しばらく水の中に服を泳がせる音がして、それはすぐに止んだ。おそるおそる顔を上げると、日和はちらりと狷を見やる。木の葉の間から漏れる月の光に浮き上がる、程よく筋肉のついた白い体躯、伏し目がちな顔。見惚れる。そうしていると、ルビーの瞳がこちらを向いた。
「……何だ」
吸い込まれるように近付く。ひたりと彼の滑らかな肌に触れる。そして——唇を、奪った。
「……!」
狷の手から濡れた服が滑る。それはばさりと音を立てて草の上に落ちる。夏虫の鳴く声だけが響く。少しして顔を離した日和は、自分の犯したことの重大さにかあっと赤くなった。自分でしておいて何だが、全くこんなつもりではなかったのに、無意識に動いていたのだ。
「あ……」
至近距離で狷と向き合う形になる。彼もまた驚いた表情をしていた。ああ、やってしまった。日和は視線を彷徨わせる。その場に縫いつけられたように動けないでいると、狷の手が肩に触れてびくりと体を強張らせた。彼を見ることができない。
「……悪いが、俺はお前の期待には答えられない」
静かに告げられた言葉に、日和はようやく顔を上げた。そういうつもりではなかった。……と思いたかった。気付いてしまった。自分は、彼が、狷が好きなのだ。でもそんな思いも呆気なく、一瞬にして散ってしまった。頬をあたたかい何かが伝う。涙だと気付くのに、少し時間がかかった。狷はまた目を丸くしたが、すぐにいつもの表情に戻って日和から手を離した。
「……すまない」
謝るつもりなんてないはずなのに、狷はそう口にする。それすら悲しくて、日和は涙を止めることができなかった。
「謝らないでよお……」
震える声で呟く。きっと彼を困らせているだろう。でも、溢れる気持ちを抑えられなくて。
「狷ちゃんのバカ……っ」
「……」
狷はそっと腕を上げて、日和の体を抱きしめようとした。しかし狷はそうしなかった。腕を上げたまま動きを止めた狷は、泣きじゃくる日和を見つめて目を細めた。腕を下ろすと、狷は日和から距離をとって口を開く。
「……お前を守れるほど、俺は強くない。それに、俺はお前を傷付けないと約束することは出来ない。やめておけ」
「そんなの……みんな一緒だよ。……狷ちゃんは、私のこと、どう思ってるの? それだけでいいから……教えてよ」
本当にわがままだと思う。でも、どうしても淡い期待を持ってしまうのだ。狷は困ったように視線を逸らしたが、躊躇いながら言葉を零す。
「俺にはそういう感情が分からない。お前の期待には答えられない。……すまない」
「……分からないなら、私が教えてあげるから。だから……、私と一緒にいてください」
日和の言葉に、狷は黙り込んだ。
「……これはお前自身の力だ。三珠の力ならあっという間に傷が癒えるはずだ。この魔法は弱い」
「私の……?」
「……心の力が強くなったんだろう。魔法と心は強く結びついている」
落ち着いて話す狷だったが、その表情は感心しているようにも見えた。
「狷ちゃん、もう痛くない……?」
「……ああ。もういい」
手を離そうとしたので、日和も手を下ろす。服は赤く染まったままだが、その下の傷は綺麗に塞がっていた。ほっと息をついた日和は思わず狷に抱きついた。
「よかった……ごめんね、狷ちゃん、ごめんね」
「……」
頭上で狷が戸惑ったような気配を感じたが、日和は彼を離さなかった。いくら謝っても謝りきれないのは分かっている。だからこそ、こうして触れてその気持ちを示したかった。
「……服を洗う。離れろ」
「あ、うん……」
そっと狷から離れた日和は、彼の服の裾を指で摘んでその顔を見上げた。
「……もう、あんなことしない?」
日和の問いに狷はただ黙って頷いた。そっか、と答えて手を下ろす。あの時の彼は本気だった。冷めた視線を思い出すと背筋を冷たいものが走って、狷から目を逸らす。狷は日和を見下ろしていたものの、踵を返すと木々の中へ向かっていく。それに慌ててついていくと、少し行ったところに小さな池があった。狷は一直線にそちらへ歩く。池のそばで立ち止まった彼は、何の躊躇もなく血で汚れた服を脱いだ。
「!」
日和はかっと顔を赤くして狷から視線を外した。突然のことにばくばくと心臓が高鳴る。しばらく水の中に服を泳がせる音がして、それはすぐに止んだ。おそるおそる顔を上げると、日和はちらりと狷を見やる。木の葉の間から漏れる月の光に浮き上がる、程よく筋肉のついた白い体躯、伏し目がちな顔。見惚れる。そうしていると、ルビーの瞳がこちらを向いた。
「……何だ」
吸い込まれるように近付く。ひたりと彼の滑らかな肌に触れる。そして——唇を、奪った。
「……!」
狷の手から濡れた服が滑る。それはばさりと音を立てて草の上に落ちる。夏虫の鳴く声だけが響く。少しして顔を離した日和は、自分の犯したことの重大さにかあっと赤くなった。自分でしておいて何だが、全くこんなつもりではなかったのに、無意識に動いていたのだ。
「あ……」
至近距離で狷と向き合う形になる。彼もまた驚いた表情をしていた。ああ、やってしまった。日和は視線を彷徨わせる。その場に縫いつけられたように動けないでいると、狷の手が肩に触れてびくりと体を強張らせた。彼を見ることができない。
「……悪いが、俺はお前の期待には答えられない」
静かに告げられた言葉に、日和はようやく顔を上げた。そういうつもりではなかった。……と思いたかった。気付いてしまった。自分は、彼が、狷が好きなのだ。でもそんな思いも呆気なく、一瞬にして散ってしまった。頬をあたたかい何かが伝う。涙だと気付くのに、少し時間がかかった。狷はまた目を丸くしたが、すぐにいつもの表情に戻って日和から手を離した。
「……すまない」
謝るつもりなんてないはずなのに、狷はそう口にする。それすら悲しくて、日和は涙を止めることができなかった。
「謝らないでよお……」
震える声で呟く。きっと彼を困らせているだろう。でも、溢れる気持ちを抑えられなくて。
「狷ちゃんのバカ……っ」
「……」
狷はそっと腕を上げて、日和の体を抱きしめようとした。しかし狷はそうしなかった。腕を上げたまま動きを止めた狷は、泣きじゃくる日和を見つめて目を細めた。腕を下ろすと、狷は日和から距離をとって口を開く。
「……お前を守れるほど、俺は強くない。それに、俺はお前を傷付けないと約束することは出来ない。やめておけ」
「そんなの……みんな一緒だよ。……狷ちゃんは、私のこと、どう思ってるの? それだけでいいから……教えてよ」
本当にわがままだと思う。でも、どうしても淡い期待を持ってしまうのだ。狷は困ったように視線を逸らしたが、躊躇いながら言葉を零す。
「俺にはそういう感情が分からない。お前の期待には答えられない。……すまない」
「……分からないなら、私が教えてあげるから。だから……、私と一緒にいてください」
日和の言葉に、狷は黙り込んだ。
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